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青の物語 ~その大陸で最も平凡な伝説~  作者: 広越 遼
第一章 ~伝説の始まり~
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「ルック、おはよう。よく眠れたか?」


 先に起きていたシュールがそう声をかけてきた。


「うん。おはよう。布団が気持ちよくてすぐ寝ちゃったよ」


 ルックが答えると、シュールは頭の上に手を置いた。ルックの背はシュールと頭一つくらいの差になっており、小さい頃ほどは頭をなでられる回数は減っていた。しかしルックはこうして頭に手を置かれるのが、今でもとても好きだった。

 それからシュールと二人で朝食を食べた。朝食の間は明るい話題を選んだが、シュールはまだいつもより口数が少なかった。


 朝食のあとは朝の身支度を済ませ、二人で青年会の広間に向かった。

 広間には昨日の案内をしてくれた男性がいて、ルックを手招きして隣の椅子に座らせた。壇上から遠い席で、シュールはもっと前の席に座った。


「今日は僕が書記をするから、僕が発言している間だけルックに手伝ってもらいたいんだ。文字は書けるよね?」

「文字は書けるけど、上手に文章をまとめられる自信はないです。記録を付けるんですよね?」

「そうだね。記録を付ける意味と、場合によっては内容をビースに報告することもあるよ。まあ滅多にないけどね」


 男性の依頼はルックには荷が重いような気がした。ルックの書く文章は誰かに宛てた手紙がせいぜいで、公式な書類の作成方法などは学んでいなかった。

 しかし議論の間に作るのはただのメモで、記録に残すのはそこから清書したものだと言われ、ルックは承諾した。初参加で最年少の自分は発言をすることもないので、一番適任なのは間違いなかったのだ。


 だがルックはすぐにその判断を後悔することになった。


 青年会の議論は白熱し、みな早口で展開が早かった。男性もたびたび発言をし、その発言に対して反論や意見がある間は書記の手が止まっていた。その間はルックが補助をしなければならなかったのだ。慣れないルックにはかなり大変な仕事だった。


 一つ目の戦争の期間についての討論は昼頃まで続き、終わる頃には二本も筆がダメになり、小瓶の中の墨が半分もなくなった。戦闘で痛みには慣れているはずなのに、筆を持っていた手の痛みに気が滅入った。


「ごめんごめん。ほとんど任せることになっちゃったね。僕は次の軍略や他国の政治に関しては門外漢だから、ここからはほぼ任せてくれて大丈夫だよ」

「それは助かります。マナで筆が動かせないか本気で考え始めるところでした」


 朝の議論の内容はほとんど頭に入って来なかったが、青年会では戦争の期間は長くても一年と見越していた。考えてみると、リリアンも同じような推測をしていたのではないかと思えた。もし戦争が二年も三年も続くようなら、リリアンと待ち合わせをした十五の誕生日は過ぎてしまうのだ。


 それから広間に昼食が運び込まれ、議論は一時休憩となった。青年会は全員シビリア教の教えを守り、食卓は和やかで明るいものになった。

 しかし昼食が終わってからの議論はより白熱したものとなった。


 十年前の戦争ではアーティスはカンと一対一の状態だった。しかし今回カンにはヨーテスという大国の味方がある。対してアーティスはティナの百名程度の援軍のみだ。アレーの数でも優に三倍は違うだろう。さらにカンにはキーン時代からの名残で、今でも大量の魔法具が生産されている。魔法具部隊の数ではアーティスの数十倍も差があるはずだ。はっきり言ってしまえば、アーティスにはほぼ勝ち目がない。


「シュールからの報告によれば、敵にヨーテスがいるのはまず間違いがない。ティナ軍の指揮官となった女将軍の話でもヨーテスは敵方に付いているとのことらしい。しかし僕たちはこの戦争に勝てると仮定した上で議論を進めて行きたい。そのことにはみんな異論はないよな?」


 昼の議論はそうした前置きの上で始まり、まずはアーティスの勝利の目についての話になった。


「アーティスがカン・ヨーテス連合軍に勝つには、前回の戦争と同様にアラレルの活躍が必須だと思う。そしてそれは向こうの国も確実に意識しているはずだ。

 今日はルーザーは来ていないけど、よりアラレルのことをよく知るシュールが来ている。

 シュール、敵はアラレルの活躍を押さえるためにどのような策を講じると思いますか?」


 意見を求められたシュールは、昨日書いていたメモを取り出し、慎重に考えながらそれに答えた。


「知っての通り、アラレルの戦士としての技量は人並みはずれている。十年前の戦争で指揮官としての才も見せた。この点では今回さらにルーザーがアラレルの副官をすることが決定しているため、盤石の状態だ」


 アラレルに指揮官の才があると聞いて少し首を傾げそうになったルックだが、なんとかそれはこらえた。アラレルは国の希望でなければならないのだ。そして続くシュールの言葉でルックの疑問も解消した。


「ルーザーがいればアラレルは指揮を離れ、圧倒的な武力で敵軍を押さえ込むことができるはずだ。しかし当然のことだが、アラレルは一人しかいない。だからアラレルの対策を立てるのは実は難しいことではないんだ」


 シュールは落ち着いた表情で淡々と語った。


「俺は敵軍は二つ以上の軍に別れ、二方向から行軍をしてくると思っている。十年前は敵は北西から一直線にアーティスを攻めてきた。だからこそアラレル軍一つで一気にカンまで押し返すことができたんだ。アラレルに対抗するには、敵はカン側とヨーテス側で同時に進軍を開始し、どちらか一方がアラレルの足止めをしている内に、もう一方がこの首都を落とせばいい」


 シュールの発言を皮切りに、また喧々囂々の議論が開始された。


「つまり我々も軍を二つ以上に分け、カン軍とヨーテス軍と長期戦をする方策を取らねばなりませんね。どちらかの軍をアラレルが打ち破り、もう片方に援軍を送るというのが理想の形です」

「それは確かに理想だが、アラレルとはいえ百人の軍で千人の軍は相手できないだろう? もしもアラレルが苦戦することになれば、もう片方の軍は最悪全滅することになるぞ」

「馬鹿なことを言わないで下さい。アラレルが苦戦をすることなんてありえませんよ」

「そちらこそ馬鹿を言うな。アラレルの力を過信して万が一があれば、戦局はもう取り返しが付かない状態に陥るぞ」

「それならばアラレルはまず敵軍の人数が少ない方を一気に落とし、もう片方の軍にできるだけ早く駆けつけられるよう、適切に軍を配備しなければなりませんね」

「いやいや、待ってくれ。それは博打が過ぎないか? 敵がどこをどんな規模で攻めてくるのかなんて確実なことは分からないだろ?」

「まさか。アーティスだって密偵や細作を放って情報は集めているはずだ。そこは分かる前提で話を進めてもいいだろう。それに戦力で大きく負けている状況なんだ。博打は必要だよ」


 シュールの様子を見てみると、彼はこの議論にはそれほど興味を示していなかった。青年会ではそもそもの前提からして正しい情報を持っていないのだ。ビースと直接繋がりがあるシュールには、彼らよりはるかに鮮明に戦況が見えているのだろう。

 敵の行軍ルートはカンとの国境にある都市シェンダーと、ヨーテスとの陸続きの国境で、かつシェンダーから最も離れた王国中央部からになるだろうとの結論になった。そしてヨーテスはアルテス以外の全ての大国と領土を面しているため、それほど大きな軍編成はできないだろうという見立てになった。


「じゃあ敵軍は二つの軍に別れて国境を越えてくる。アーティス側はまずはヨーテス軍を叩いて、それからシェンダーでアラレル軍とシェンダーの軍で合流し、カン軍を撃破する。大体はこの流れになるってことだ。異論はあるかな?」


 ルックはそのまとめを聞いて、やはり大前提として青年会がアラレルのことを英雄視しすぎているように思った。先ほどアラレルの力を過信することを警告した参加者すら、異論をあげない。

 しかしルックが考えをまとめる前に、シュールから異論の声があがった。


「大筋では悪くないと思うが、何点か気になる点はあるな」


 全員がシュールに注目をする。青年会には三十近い年齢の参加者もいたが、全員シュールには一目置いているようだ。


「まず敵の進軍ルートが二つとは限らない。一つでは間違いなくないだろうが、三つや四つになる可能性はある。

 それと、アラレルとはいえ敵の軍を一つ叩くのに一日や二日では足りない。半月くらいはかかると思う。だからもう一方の軍は長い期間持ちこたえられるようにしっかりとした人数を揃えなければならないんだ。そうするとまたアラレル軍の規模は小さくなって、敵を打ち破るのにさらに時間がかかる。

 先ほど誰かが博打と言っていたが、それは良い着眼点だろうな。アーティスが勝つためには博打が必要だが、一つ読みを外したら取り返しが付かないような博打は打てない。だから最悪の場合はアラレル軍が守りに徹して、もう一つの軍が敵を打ち破り、アラレル軍と合流をして敵を叩けるようにもするべきだろうな」


 シュールの意見に、今まで絶え間なく意見が飛び交っていた広間に、しんとした静寂が行き渡った。全員が深く考え込む表情をしている。


 シュールの発言は結論を導くためのものではなく、議論の盤面をいたずらに複雑にするもののように思えた。

 そもそもこの青年会で戦略について語ることの意味は薄い。将来的にはこの青年会から文官となり、国を導く存在が誕生するかもしれないので無意味とは言えないが、少なくとも今回の戦争には全く役に立たない。


 シュールとビースの話を聞いていたルックには、シュールがこの場で全ての情報を話していないことが分かっていた。また青年会の参加者たちと違い、アラレルの正確な実力と、弱点である頭の弱さについても知っていた。


 だからルックにはシュールの思惑が見えてきた。


 あとでシュールに確認しようと思いながら、ルックは火の消えた論争の場を眺めた。

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