③
青年会は月に二度か三度ほど不定期に開催される。もともとは二の郭にあるアラレルの家で行われていたが、今は参加者が増え、国営の宿の広間で開催されている。新しい参加者は無申請で二の郭に入れる権限を持たないものも多く、いちいちの手続きが面倒だったのだ。
ルックが青年会に着いたとき、参加者の男性がそんな説明をしてくれた。シュールが宿の人間に挨拶をするため離れたので、広間までその参加者が案内してくれることになり、廊下を歩く途中に聞いた話だ。
「アラレルの家で開催されてたんですか?」
大きな宿で、広間は本館の裏口を出て、敷地内の別館にあるらしい。ルックは青年会が識者の集いだと聞いていたので、アラレルの家というのに疑問を感じたのだ。
「うん、そうだよ。残念ながら勇者が参加したことはないけどね。もともとその家にはシュールが住んでいたんだ」
案内の男性はアラレルの愚かな一面を知らないようだったが、ルックの疑問が解決する答えをしてくれた。
「そっか。それじゃあ青年会ってシュールが立ち上げた会なんですか?」
「ううん、青年会の前進となったのは、当時まだ文官だったビースが二人の平民から意見をもらいたくて開いた集まりだったらしいよ。その平民二人の内一人がシュールやアラレルの師匠だった人なんだって」
「へえ。そんな話聞いたことなかったです」
青年会はその後多忙になったビースや首都を離れた平民二人の手から離れ、シュールたち若い世代に託されたらしい。
そんな話を聞きながら二クランほど歩くと、別館の広間に着いた。
広間は縦長の大部屋だった。向かい合った二つの長いテーブルが置かれ、部屋の奥が一段高くなっている。壇上には議論をしたいテーマのある参加者が立ち、最初に自分の私見を述べるのだという。そこからそれぞれの識者がその私見に指摘や意見を出し合い、皆で議題に対する見識を深める。中にはかなり専門的な知識を持つ人もいるので、識者たちには有意義な時間となるらしい。
「やあ、そっちの子は誰だい? アレーみたいだけど、文官志望なのかな?」
ルックと案内の男性が広間に入ると、また違う若い男性が声をかけてきた。その男性も案内の男性も、部屋の中にいる他の十人ほどの男女も、全員茶色の髪のキーネだった。
「いえ、僕は文官志望じゃないです。今日はシュールの付き添いで来たんです」
「ああ、シュールのところの子か。もしかして十歳でフォルになったっていう、ルックかな?」
尋ねて来た男性は物知りなようで、三年前に少し話題になっただけのルックのことを知っていた。
「え! 君フォルだったのかい?」
「はい。シュールが育ててくれたんで、早めにフォルの試験を通過できました」
それからルックは男性二人からも自己紹介を受け、青年会開催の準備を手伝うことにした。参加者はルックとシュールを入れて二十四人になっており、足りない椅子を本館から運んだ。青年会は不定期の開催で、会員には手紙で開催を報せるらしい。今回のシュールのように当日に参加を決めたり、紹介者を連れて来たりすることがあるため、あらかじめ人数分の椅子が用意できていなかったのだ。
ルックが二脚目の椅子を広間に持ってくると、宿への挨拶を終えたシュールがいた。シュールは青年会でも信頼が厚いらしい。参加者のほとんどに次々と声をかけられて、忙しそうだった。
「よし、これで全員揃いましたね。それでは始めて行きましょう。皆さんそれぞれ好きなところに座って下さい」
物知りな男性が手を叩きながら言うと、全員近くの椅子に腰を掛けた。ルックはシュールのそばに座りたかったが、その席は人だかりができていたのですぐに取られてしまった。
二十四人の参加者はやはりほとんどがキーネだった。ルックたちの他にアレーは一人しかいない。
「今日はまずそれぞれに議題をあげてもらって、その中から明日討論を行うものを選出。討論は明日の朝からまたここで行います。
では、早速議題がある人を募ります」
物知りなアレーがそう言うと、複数人が手を上げて政治や戦争についての議題を持ち出した。
「私が今回テーマとして上げたいのは、魔装兵の時代からアレーの時代になり、戦争が経済に与える悪影響が少なくなったことについてです」
「俺は戦争における各拠点の意味、役割についてを議論したいと思います」
「私は貴族、とくに領土を持つ貴族の税についてを議論したいです」
「今回の戦争はカンとヨーテスの連合軍が攻めて来るとの情報を得ました。なので私はそれぞれの国の政治について意見を持ち寄りたいと思います」
「私はコール王国の参戦の可能性について考察して参りました。それについて皆様から意見を頂きたい」
様々な議題があげられたが、時期が時期なためほとんどが戦争についてのものだった。議題を持ってきた参加者は壇上に上がり、丸めていた大きな樹紙を開いてそれぞれのテーマについて自身の考察を説明している。
隣に座っていた案内をしてくれた男性がそれを聞きながら解説をしてくれた。ルックが初参加の子供だったため、色々と気をつかってくれているのだろう。
「今回は三つか四つに議題を絞る予定なんだ。ルックは何か議論したいテーマはないかい?」
一通り議題の提出が終わると、からかい半分にそんな話を振られた。ルックは少し考えてから答えた。
「そうですね。ガッチ鳥の卵の美味しい食べ方なんかはみんな興味があるんじゃないですか?」
ルックが冗談を返すと男性は軽く笑い声を立てた。
「いいね。早いところこんな暗い議題がいらない平和を取り戻して、存分にガッチ鳥について議論しよう」
議題は三つに絞られた。やはり三つとも今回の戦争に関する議題だ。
一つ目は予想される戦争の期間について。
二つ目はアラレルに対する敵の戦略について。
三つ目はカンとヨーテスの政治について。
どれもルックが今まで感じていた戦争のイメージより、俯瞰的な捉え方で戦争を見ているようだった。ルックは戦争を怖くて悲惨で危険なものだと思っていた。しかし青年会での戦争は様々な要素の絡み合うボードゲームのような、現実味の薄いものだった。まるで小説の中の戦争のようで、ルックは不謹慎にも面白そうだと感じた。
その日は宿の本館にシュールと一緒に部屋を借りた。その部屋は二人部屋にしては少し広く、ベッドがある寝室と机とテーブルのある居間の二部屋だった。
シュールの表情は相変わらず暗く、口数は少なかった。二人で軽い夕食を済ませたあと、彼は今回の議題について、何か書き物をしながら熟考し始めた。
ルックもシュールの思考を邪魔するのは悪いと思い、早めにベッドに寝ころび、目を閉じて議題について考えることにした。
戦争の期間は、ルックの読んでいた騎士の物語だと、長いと三十年にもおよんでいた。しかし十年前の戦争は二年程度で終わった。フィーン時代の戦争は領主同士の小競り合い程度のものだったはずで、国同士の戦争だった十年前の方が規模は大きい。それなのに十年前の戦争はたった二年の内にカン軍はアーティス国の喉元まで迫り、そこからアラレル軍が敵に落とされた各拠点を取り戻したのだ。
ああ、そっか。
ルックはその疑問の答えにすぐに気付いた。
アレーの出現により、この大陸の戦争は大きく変わったのだ。アレーは百人に一人程度しか産まれない。当然魔装兵より数を用意することは難しい。
今回は見送られた議題に、今の時代は戦争での経済負担が少ないという話があった。昔は多いと百万もの軍隊が戦争をしていたらしい。奴隷兵を除いたとしても、兵士への支給は相当な額になったはずだ。
さらにその百万の男たちを食わせる必要がある。その食糧を運ぶための人員も必要だったはずだ。
しかし今の時代の戦争は、アレーが数百、多くて数千、そこに魔装兵が数万いるかどうかという規模で行われる。
仮にアレーが千もいれば、魔装兵もいないフィーン時代の騎士と歩兵と魔法師部隊の百万と対等に渡り合うだろう。だから騎士は費用がかさむだけで無意味な存在となり、今の時代には存在しない。
戦争に参加する人数が少なくなったからこそ、戦争の期間は短くなった。
ルックは考え及ばなかったことに、軍の移動速度のことや、一度の戦闘の継続時間などもある。また砦への籠城戦も、数年におよぶことはほぼない。
時間があればルックもそこまで考えられたかもしれないが、気付くとルックは眠ってしまい、朝が来ていた。




