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青の物語 ~その大陸で最も平凡な伝説~  作者: 広越 遼
第一章 ~伝説の始まり~
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 話はカン軍の動向についてのものになり、本格的な戦争はもう避けられない状況だと分かった。コール王国へと使者を出し、後ろからカンを突けないか交渉をしているということだったが、それも正直ほとんど期待できないようだ。


「いまいましい限りです。なにもこの時期にルーメスが現れなくても良さそうなものですが。アーティスに残された唯一の希望はアレーの質でしょう。アラレルをはじめとして、あなたやドゥールやシャルグ、それにヒルドウ。あとはライトも今アラレルに鍛え込ませていただいております。しかし今のカンの将軍はヒルドウを破るほどの手前。……全くいまいましい限りです」


 珍しくビースは苛立ちも露わにそう言った。それだけ苦しい状況なのだろう。ビースは唇を噛み、怒りから来る震えを懸命に押さえていた。


「まだ確かな確認が取れたわけではないのですが、カン王家が貴族らに喚起を促す使者を出したという話もあります」

「そろそろ徴兵をかける時期ですね」

「ええ。また多くの方を死地へ追いやるのかと思うと……」


 致し方のないことだったけれども、暗い会話だ。しかしアーティスはまだ運のいい方だと言えるだろう。上に立つものが兵士たちの死を悼むことなど、恐らくカンやヨーテスでは起こり得ないことだ。……だからといって何が変わるわけでもないかもしれないが、少なくとも命を賭けて戦争に臨むのだ。例えわずかであっても報われるというものだろう。


 もしも全ての人がビースと同じ気持ちを持っていたら、戦争なんて起こらないのに。


 ルックはふとそんなことを考えた。恐らく決して起こることのない現実感のない理想だったが、少なくともシュールも同じような想いを抱いているだろう。ルックより深く戦争の悲惨さを目の当たりにしているはずの彼には、よりその想いが強いかもしれない。


 ちなみにもしも、アラレルやビースが伝え聞いているアルの考え出した体術を皆に広く教えたとする。そうすれば今度の戦争では恐らく、アーティスは大勝利を掴むことだろう。シュールやビースの胸にちらりとでもそれが浮かばなかったはずはない。しかし、彼らはどちらもそれを口にはしなかった。もしそうなれば、人の口には戸が立てられない。その体術は大陸中に広く伝わることとなり、新たな戦争や動乱の火種を生むのだ。

 本当に今このとき、進化を止める力の弱まっているなら、二人にはその選択肢も選べたはずだ。しかしビースはシュールに違う提案をした。


「ご負担かとは思うのですが、シュール。あなたに一軍の指揮をする権限を与えてもよろしいですか?」


 ビースは久しぶりにシュールと話し、この人ならばという思いをより強めたのだろう。意を決したようにシュールの瞳をじっと見つめて言った。

 シュールは目を見開き彼の言葉に驚きを示したが、すぐにはなにも語らずに、ただ黙し、深く熟慮していた。ルックもこの唐突なビースの申し出には驚いた。大好きなシュールがそう申し出られたことを誇らしくも思ったけれど、同時にその重責をシュールが請け負うことを不安に思った。

 優しいシュールには、戦争の指揮取りなど、勝っても負けても辛いだけだと思えたのだ。十年前の戦争のときがどうだったのか聞いたことはない。ただきっとシュールなら、敵を殺すときも、仲間が死ぬときも、心を痛めたのではないかと思った。

 実際ビースの言葉を聞いたシュールは険しい顔をしていた。心持ちは大分複雑だったのだろう。息も詰まる様な沈黙が、長く長く続いた。


「ヘルキスやリカーファも意欲を示しておりますが、主力の軍を任せるとなると力不足でございます。アラレルとルーザーにも引き受けていただくつもりですが、彼らでそれぞれ一軍ずつは難しいでしょう。アラレルは頭が、ルーザーは名声が足りません。地位のある他の貴族は、嘆かわしい話ではありますが、すでにこの首都から自分の領地へ逃げ出しました。どうしても今、アーティス国には指揮官が足りないのです」

「俺がやるしかないんですね」


 奥深く、計り知れない悲しみがシュールの目にはうかがえた。


 そういえば、シュールは僕が初めて人を殺したときも、こういう目をしていたな。


 ルックはその目を見て、そんなことを思い出した。抗いようのないことだ。この時代を生きる限り、避けては通れない道なのだ。葛藤する心が彼の目には渦巻いていた。


「あなたでなければならない理由はありません。ただ、あなたが一番適任だと、……この小生が思うたにすぎぬこと」


 ビースは真摯にそう言った。シュールは彼のその物言いにわずかに苦く笑みを見せた。


「……さすればそれを断れますまい」


 妙に形式ばった言い方だ。ルックには分からない事だったが、どうやら二人の間にはしっかりと通じるものがあるようだ。

 二人はそして互いの瞳を見交わした。語るよりも深く、互いの心が共感しあっているようだった。




 ルックにとって戦争は、ほとんど小説や物語の中の出来事だった。

 十年前に戦争によって両親を失っているが、そのときの記憶はすでに曖昧だ。だから現実の戦争がどういうものかはまるで知らない。

 先ほどシュールたちの会話から受けた戦争の印象は、ずいぶん自分の持っていたイメージと違う気がした。そのことをシュールに尋ねてみたいと思ったが、ビースと別れてからもずっとシュールは険しい顔をしていた。今は話しかけにくい気がして、ルックは黙々と歩を進めた。


 城を出て二つの防壁をくぐったとき、シュールが言った。


「ルック。俺はこれから寄るところがあるんだ。先に一人で帰ってくれるか? みんなには帰りは明日の十の刻くらいになると伝えてくれ」


 シュールともっと話したいと思っていたルックは、シュールの頼みに一瞬だけためらいを見せてしまった。

 それを見たことで思い直したのか、シュールが続ける。


「それかルックも一緒に来てみるか?」

「どこに行くの?」

「青年会だ。まだ若い識者が集まって、国政や戦争について様々な議論を交わす集いだ。他国の状況なんかは俺らよりも深く理解しているやつも多いと思うからな。情報を仕入れに行くんだ。それにちょっと思惑があってな」


 シュールはそう言いながらまた重たい表情をした。彼にはまだ様々な葛藤があるのだろう。しかし自分がするべきことは見失わず、指揮官になるための準備をしようとしていた。


「そっか」


 ルックは今まで見たことがないシュールの表情に、多くは語れなかった。しかしそれでもシュールと一緒にいたいと思い、青年会について行くことにした。

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