『少年時代最後の平和』①
第一章 ~伝説の始まり~
『少年時代最後の平和』
麓の農家で一泊したあと、彼らが首都へと戻ると、街はすでに間近に迫る戦争のため重たい空気に包まれていた。彼らは彼らの家へと向かう。その道の途中で、依頼を受けたルックとリーダーのシュールが城へと報告へ向かうため、一行を抜け出した。
「ドゥールもあれで懲りてくれるといいね」
「はは、そうだな。だけど彼は生きてる目的がああだからな。またほとぼりが冷めて機会があったら同じことをするんじゃないか」
「そっか。それもそうだね。ドゥールは子供のときからああだったのかな? なんかドゥールの子供のときって想像付かないな」
先日も通された客室で、猫足のテーブルに座った二人は他愛もない話をしていた。
「さあな。盗賊団に拐かされた話は聞いたことはあるが、実際どんな子供だったんだろうな」
「シュールは? シュールはどんな子供だったの?」
ルックは興味本位でそう尋ねた。シュールとの会話をもっと続けたいと思ったのだ。
「俺はそうだな。自分で言うのもなんだが、正義感の強い子供だったな。アラレルやシャルグにはかなわなかったが、同じチームにいた他の同い年の子供には負けなかった」
「そっか、シュールはアラレルと同じアレーチームにいたんだよね。他にも子供がいたんだ?」
ルックは今まで自分を育ててくれたシュールが、自分のことを話すところをあまり見たことがない。ルックの歳なら仕方のないことだが、今まで七年一緒にいたが、過去よりもがぜん今が大事で、尋ねようと思ったこともなかった。
「ああ。俺たちと同い年の仲間はもう二人いた。二人はあまりシャルグとは面識はないが、今でもアラレルとはよく会っているんじゃないかな」
「ふーん。面識がないって、シュールたちのチームは僕たちみたいに一緒に暮らしてたんじゃないの?」
「ん? ああ。シャルグは俺たちのチームの仲間ではなかったんだ。まあ、確かに一緒に暮らしてはなかったがな」
シュールとシャルグ、アラレルが幼なじみだと聞いていたので、ルックは三人が同じチームにいたのだと思っていた。しかしそれは間違いだったようで、ルックの話でそれに気付いたシュールが訂正を入れた。
ルックは意外な話に少し驚いた。
「え、そうだったんだ。知らなかったな。あんまり三人の仲がいいから、ずっと同じチームなんだと思ってた」
「仲がいい? はは、俺とシャルグはよく喧嘩をしていたけどな。それに俺たちはいつもアラレルを馬鹿にして、これは俺が言ったと言うなよ? あいつのことをよく泣かしていたんだ」
「勇者アラレルを? あはは、でも想像できるね」
ルックはおかしそうに笑った。子供の頃の、きっと今よりも情けなかったアラレルが、頭のいいシュールと、厳しいシャルグにやりこめられている姿が、ありありと頭に浮かんだ。
こうして話しているとなにもかもいつも通りな気がして、ライトがチームを抜けることも、これから戦争が始まることも、すべてがうそのように思えた。
「ねえ、シュールは今回の戦争についてどう思う?」
ルックは少し今回の戦争なんてシュールは知らず、本当は自分が見た夢だったらいいと期待をしながらそう聞いた。もちろん、そんな期待はやすやすと打ち砕かれる。
「そうだな。できれば二度と起きないでほしいと思っていたが、こうなってしまったのなら仕方ない。絶対に勝たなければいけないだろう」
夢ではないから、向き合わなければいけない。シュールは非常に暗い顔で何かを考えているようだった。下を向き、それ以後黙り込んでしまった。ルックもそんな彼の思案を邪魔しようとはせず、その沈黙に付き合った。
シュールはふと意を決したように顔を上げ、ルックの顔を直視する。口を開き、何かを言おうとして、けれどそこでノックの音がそれを阻んだ。
「入ってもよろしいですか?」
ビースの声だ。シュールは間の悪い声に苦笑して、ドアを開けるため立ち上がる。
「どうぞ」
ゆっくりとドアを引き、シュールはビースを迎え入れる。
「わざわざ恐縮です」
ビースはシュールに礼を言い、空いている席へと腰を下ろした。
「ご無沙汰しております」
シュールはビースにそんな挨拶をして、ことの顛末を語って聞かせた。
「そうですか。ドゥールは相変わらずのようですね」
「ええ、そろそろご子息にもまた迷惑をかけるのではないかと」
ドゥールは最強を求めるがため、何度も何度もアラレルに勝負を挑んでいた。もちろん最強の勇者アラレルは一度もドゥールに負けたことはなかったが、ドゥールは決して諦める気配なく、嫌がる勇者を無理矢理巻き込んでいた。
ルックはとても流暢に話すシュールを感心しながら眺めていた。しかしそれは挨拶用に無理に堅苦しく話していただけのようで、一通り挨拶が済むと、シュールは幾分くだけた口調で話し始めた。
「ところで、カンとヨーテスの動きはどうなっていますか? あと各地に出現したルーメスの動向も気になっているのですが」
元々ビースは幼いときからシュールのことを知っているのだ。いまさら仰々しく話す必要もない。ビースもそれは心得ていたようで、気にするそぶりはなく話を続けた。
「西は問題ないでしょう。西のガルーギルドが指折りの戦士を向かわせたとのことです。問題なのは北部でしょう」
ビースの言葉に、外の世界をあまり知らないルックは疑問の色を浮かべていた。それに気付いたビースが、丁寧に説明してくれた。
「ガルーギルドというのはアーティス西部のアレーギルドでございます。フォルキスギルドほど規模はないですが、それでも多くの優秀なアレーを抱えております。東部にはミストスリ商会というものがあって、同じようにアレーの人材を派遣しています。そして森人の森や首都アーティーズがある南部は、あなた方フォルキスギルドの管轄でございますね。フォルキスギルドは規模が大きくて、ヒルティス山の向こう、二股の木のほど近くにも支部がございます。そこは付近の農村や町から依頼を受けています。
難しい依頼は本部へと回しますが、ほぼアーティス中央部はその支部が守ってくれております。しかし、農家しかないアーティス北部はそうしたアレーの集いが一つもないのです。せいぜい国境線を守る国の魔法具部隊が構えるくらいで。
今度も一応本部からアレーの一団を向かわせたのですが、私の愚息やシュールらのような、強者と呼ばれるアレーは一人も向かわせられませんでした。せめてヒルドウが無傷でいたなら良かったのですが」
「どのみち彼はルーメスの討伐なんて依頼は断るでしょう。けど彼の傷はそんなに深いんですか? 確かカンの将軍の暗殺に失敗し、返り討ちにあったとか」
ヒルドウというのは青の暗殺者のことだろう。強者の中に名前があがったことと、シュールの暗殺という言葉からルックは推察する。やはり聞いたことのない名だが、その心配そうな口ぶりから、シュールにとっては知らない人ではないようだった。
「いえ、勝手ながらルーンにお願いをいたしまして、治水を張っていただきました。今はもう体を動かすのに支障はないでしょう」
治水は教え広めている訳ではないが、特に隠してもいない。ルーンも気安く使うので、首都アーティーズではそれなりに知られていた。
「そうですか。何よりです。
北部に向かった者の中に俺の知っている名前はありますか? 正直それほど俺にはルーメスが脅威だとは思えませんでした。もし影の魔法師の一人でもいれば、訳もなく倒せると思うのですが」
シュールの言葉にビースは多少なりとも安心したようだ。ルーメス討伐に向かった一団には影の魔法師がいるのだろう。
「それならば討伐隊の中にロチクがいます」
「ロチクですか。彼女ならスピードもありますし上手く隙を突ければ大丈夫でしょう」
ロチクというのもルックにとっては知らない名だ。もっとも聞いたことはあるのかもしれないが、だとしたら特に記憶に残るほどの強者ではないのだろう。ルックは彼らの話を聞くともなしに聞いていた。自分が言葉を発する必要性がなかったのだ。それに自分がよく話を聞こうとすると、めざとい二人が気をつかって、ルックに説明を入れながら話す。それは申し訳ないと思ったのだ。




