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青の物語 ~その大陸で最も平凡な伝説~  作者: 広越 遼
第一章 ~伝説の始まり~
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 一行の足取りは順調で、アーティーズをたって半日足らずでヒルティスの麓までたどり着いた。麓には一軒の農家があって、畑で作業をしていた男が、彼らを見止めて声を掛けてきた。


「おまっさんたちお国のギルドん方かあ?」


 フォルキスギルドは首都に本部を置いていることもあって、国との繋がりが非常に強い。国のギルドと呼ばれることもままあった。


「ええ、国の依頼でヒルティスの調査と問題解決に参りました。少し情報提供にご協力いただいてもよろしいですか?」


 シュールは至って丁寧な口調でそう言った。結局彼らはビースの依頼を受け、アラレルにライトとルーンを預けてからアーティーズをたったのだ。


「そうかい。そりゃありがたい。わっしでよけりゃ何でも力になんよ」


 ヒルティスにルーメスが現れたかもしれないと、麓に住むものは気が気でなかっただろう。安堵の表情を満面に浮かべ男は言った。


「変わったしゃべり方だね」


 ルックは小声でシュールに言った。シュールは特にそれにはなにも言わず、それを後ろで聞いたドゥールが代わりに答えた。


「恐らくオラーク南部の訛りだな」


 筋骨たくましい体に似合わない、少し高めの声だ。体に似合わないのは声だけでなく、顔もたくましさこそ窺わせているが、ともすれば優顔だとも言われかねないものだ。顎が細く、目は爛々と輝いている。どことなく狂人によく見られるような独特な光がある。もちろん彼は狂ってはいないのだが、普通だとも言えないだろう。庶民の男性にしては珍しい長髪も、それを一つにまとめていることも、またアレーなのに異常な筋力を持っている事も、明らかに普通ではない。


「オラーク南部?」

「ああ、オラークは東西をフィーンとコールに挟まれた王国だ。ヨーテスに面した南部は非常に険しい地帯だからな。キーン時代から人の行き来があまりない。だから珍しい訛りという物があるんだ」


 ドゥールは盗賊団という爪弾き者たちの中で生活していた。その中には色々なところから流れてきた者がいる。さらにドーモンと放蕩生活を送っていた彼だから、そういったことには詳しいのだろう。


 ルックたちは農家の男に歩み寄り、ルーメスとおぼしきものが出現した場所や、特徴などを聞き出した。彼は普通の茶髪で、それを直接見たわけではない。しかしその噂なら山ほど持っていたようだ。どこから登ればすぐ行き当たるなどとても細かい情報を得て、彼らはヒルティスへと繰り出すことができた。


「ルーメスは魔法を知らないし、もしルーメスがいたとしてもシャルグの抑影があれば訳もなく倒せるな」


 山に入ったとき、シュールはそんなことを言った。ルックにはもちろん異論はなかったが、ドゥールがそれに文句を言った。


「それではつまらないだろう。まず最初に俺が一対一で勝負をしたらだめか?」


 少し茶化すような口調だが、紛れもない本気だ。顎の細い剛胆な顔に笑みはない。ルックは慌ててそれを止めようとした。確かにドゥールは名が売れてこそいないが、シャルグやシュールにも劣らない強者だ。彼の名が売れていないのは、ティナ・ファースフォルギルドのトーナメントで使われる風の衣のせいだ。鉄皮の魔法は判定が微妙になる。ドゥールにとっては訳のない攻撃でも、審判がそれを決定打だと判じてしまうのだ。

 しかしいくら強いと言っても、ルーメス相手に一人で戦わせるわけにはいかない。アラレルはルーメスの攻撃をすべて避けきったのだ。もしもそれが一つでもアラレルに決まっていたら、アラレルすらも無惨に殺されていただろう。ドゥールの鉄皮でも大丈夫という保証はない。


「そんな危険なことする必要ないよ。もしものことがあったらどうするのさ」

「危険ではないさ。俺は一度この目でルーメスを見ているんだ。魔法を使えるアレーならわけなく倒せるさ」


 ルックの言葉に余裕すら浮かべドゥールは言った。


「ドゥール、ルックもついこの間ルーメスを見ているんだぞ。どんなに表情を取り繕っても騙せるわけがないだろう。今回はシャルグの抑影を使う。時期が時期だ。お前を失えばアーティスにとっても大きな損失になるんだ。認められないよ」


 これはシュールだ。穏やかにドゥールの事をたしなめる。


「この国にはアラレルを含めたお前たち三人がいる。問題ないさ」

「問題ないわけないだろう。それじゃあまるで死んでもいいって言っているようだぞ」


 呆れたようにシュールは言った。お手上げだとでも言うように空を仰ぐ。


「はっ、それはないさ。俺はまだ死ぬわけにはいかない」


 ドゥールの言葉にシュールはシャルグに助けを求める視線を送る。しかしシャルグもただ首を振るだけだ。


「なに、無理だと思ったら遠慮なく手出ししてくれて構わない。ここは譲ってくれ」


 ドゥールは重ねて言い、ついにシュールも匙を投げかけたが、そこでドーモンが口を挟んだ。


「だめ。ルックとシュール、正しい。ドゥール死ぬ、ルーン泣く」


 のろりと言葉の不自由な野太い声が響いた。言葉はうまく操れないが、ドーモンの言ったことは確実にドゥールの泣き所を突いた。今までは引く気配を見せなかったドゥールがそれ以上なにも言わなかった。


 一行は慎重に山道を登っていった。異常が起こっているのは山の中腹だと言う。小さな山なので、中腹まではいくらもない。

 麓の農夫の話から、ルックはすでにルーメスが出たのだと確信していた。人の二倍はありそうな大男、灰色がかった不気味な皮膚、紅い髪、おぞましい雄叫び。男の話した言葉のどれも、ルックの見たルーメスと特徴が合致していた。

 程なくして、特殊な節のある雄叫びが辺りに響き渡った。聞き覚えのある節だ。間違いなくルーメスのものだ。


「近いな」


 ぼそりとシャルグは言う。今回最も危険で重要な役目は彼にある。静かだが少し緊張のこもった声だった。


 ルックは愛用の大剣にマナを溜め始める。シュールはいたって普通の剣を鞘から取り出す。ドーモンは重い鉄球のついた棍棒をまるで木の枝でも持つかのように背から抜く。彼らはルックのマナが溜まるのを待って、声のした方へと向かった。


 ルーメスはすぐに見つかった。鹿のような体の大きい動物を捕食している。獣の血の臭いが辺りに充満していた。山の木々は至るところでなぎ倒されていたが、アラレルと戦ったときほど荒れ果ててはいない。先日の個体より幾分大人しいのかもしれない。

 彼らにとって不運だったのは、ルーメスが向いている方向だ。ルーメスは日の光を背にして、つまり自分の影の方に向かって座っていたのだ。


「不味いな。ルーメスはアラレルと渡り合うスピードを持っているんだろう? これでは影をつかむ前に気づかれてしまうんじゃないか?」


 不味いと言いつつ嬉々としてドゥールが言った。囮が必要になるのだ。明らかにそれに最も適任なのはドゥールだ。彼はルーメスの力を計る機会に恵まれたのだ。


「仕方ないな。なるべく鉄皮の魔法で受けようとしないでくれよ。鉄壁を使ってくれ」


 鉄壁というのは鉄の壁を生み出す魔法だ。シュールはドゥールに釘を刺す。


「あとあの目にも気を付けてね。なにか特殊な魔法を使ってくるから」

「例のあれか。分かった。気を付けると約束しよう」


 ドゥールは請け合う。彼らは一抹の不安を感じながらも行動を開始した。ドゥールとルックはルーメスの後ろに回り込む。ドゥールが囮になり、ルックはその援護だ。

 ルーメスの後ろに回り込んだ二人は、茂みの中に身を隠す。そしてあえて音を立て、ルーメスの気を引く。ルーメスは後ろを振り向いた。そこでドゥールは飛び出した。新たな食事が現れたのだと思ったのだろう。ルーメスは鹿の死骸を投げ捨て、ゆるりと立ち上がり、ドゥールの元へと駆け出した。

 耳障りな吠え声をあげ拳を振り上げたルーメスがドゥールを襲う。


 スピードはこの間の個体ほど速くない。ルックは茂みの中で器用に剣を突き立てて、隆地の魔法を放った。けたたましい音を立て、ルーメスは隆地にぶつかった。しかし驚くことに、隆地の魔法はルーメスの体に砕かれた。自らと同じくらい高さのある分厚い大地の壁を、ぶつかった衝撃で粉々に砕いたのだ。恐ろしく強靭な体だ。


「はっはっは」


 それを見たドゥールが歓喜と称賛の笑い声をあげた。ドゥールが動く。信じられないことに、勢いを失ったルーメスに向かって地を蹴ったのだ。ドゥールの拳がルーメスの腹へと決まる。ルーメスの体は中に浮き、数歩分後ろへ吹っ飛ばされた。しかしルーメスはそれが効いたそぶりは見せていない。地に足が着くと、すぐさまドゥールに向かって踏み込んだ。ルーメスの巨体がドゥールに迫り、巨大な拳がドゥールの頭を打ちつけてしまった。


 ルックは肝を冷やした。ここからでは見えないが、シュールたちも同じ思いだっただろう。ルーメスの攻撃を受け、ドゥールは頭から血を流しつつ、しかしその場を一歩も動かない。そしてにやりと不気味に笑んだ。


「こんなものか」


 ドゥールは言って、再びルーメスの腹に拳を繰り出す。ルーメスの体はまた浮いた。そしてまた、数歩分後ろへと飛ばされる。ドゥールはそこでマナを溜め出す。拳ではルーメスに効果がないことはすでに分かっていたのだ。ルーメスはドゥールの固い皮膚に驚いたのか、しばらく攻撃を控え様子を見ようとしたようだ。魔法師相手にその行為は非常識なのだが、ルーメスは魔法と言うものをよく知らないので当然だ。


「鉄槍!」


 力強い声を上げ、ドゥールは魔法を放った。大きく太い鉄の槍が生み出され、ルーメスに向かって高速で飛び行く。ルーメスは右の拳で叩き付け、その魔法を弾こうとした。しかしドゥールは魔法を放った瞬間地を蹴って、その槍を抱え込むようにしてルーメスに向かって押し込んだ。

 ルーメスの拳は強力で、それでも槍の軌道を逸らしてしまうが、完全には逸らしきれず、左肩に槍が刺さった。そしてそのままの勢いでドゥールは地面に槍を突き立てて、ルーメスを地面に縫い付けた。

 とんでもない荒業だ。


 そこでようやくドーモンが飛び出してきた。ドゥールと特に仲のいい彼は、今まで気が気ではなかっただろう。この好機を逃すはずもなかった。

 ドーモンは非常に重たい棍棒をルーメスに向かって叩き下ろした。ルックが剣を振るうよりも大分早い速度で、キーネ数人がかりでようやく持ち上げられるような鉄球が降り下ろされたのだ。それもドーモンの全体重を乗せて。

 それにはいくら強靭なルーメスと言えどひとたまりもない。あまりに無情なその攻撃は、ドゥールでさえまともに受けようなどとは思えないものだ。ルーメスの頭は醜くひしゃげた。ドーモンはそれでも攻撃を止めず、念を押すように何発も何発ももう原型をとどめていないものに向かって鉄球を打ち付けた。


「確かに、なにもしないで見ていただけというのはつまらないな」


 さらにもう何発かドーモンが鉄球を撃ち込み、ルーメスが完全に動かなくなったのを確認すると、木々の向こうから歩み出てきたシュールがそんな軽口を叩いた。


「だろう?」


 頭から血を流した男は不敵に笑み言う。


「勘弁してよ、もう。一瞬心臓が凍り付くかと思ったよ」


 愉しそうに戦闘の余韻に浸るドゥールに、ルックは不平を言った。本当にもうできれば二度と見たくない光景だった。


「はっはっは、悪かった悪かった。もうしないさ」


 ドゥールは余裕の笑みを浮かべて軽く請け合う。ルックはそれでもなお咎めようとしたが、それよりも早くドーモンが口を開いた。


「悪かった、でない。ドゥール悪い。俺怒った。帰ってルーン、一緒に怒る。覚悟しろ」

「おいおい、悪かったって。結果上手く行ったんだからそれでいいだろう?」

「だめだ。俺怒った」


 彼が怒ったと言うのは本当なのだろう。普段は優しい彼が何発もルーメスの頭を打ち付けたのもきっとそのためだ。今まで一度も受けたことないドーモンからの怒りに、さすがのドゥールも青くなった。


「いや、その、本当にすまない」


 ルックはいつも余裕綽々な彼がプライドも打ち捨てて本気で謝ったのを見て、思わず吹き出した。意外にもそれはシャルグも同じだった様で、滅多に相好を崩すことのない彼が声を立てて笑っていた。

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