③
「まず一つ言っておくわ」
色とりどりの髪がトップの屋敷のホールに並ぶ。さながらそれはいろんな野菜を詰めた露店の木箱のようだ。皆の目線の先でクリーム色のショートヘアーが話を始めた。ホールは巨大だったが、さすがに百人近くの人がいると少々手狭に見えた。
「ここにいる私を含めた九十九人のうち生きて帰れる人は半分もいないわ。敵はカンとヨーテスの連合軍。アレーの数でも数倍はいるのに、カンにはキーン時代の名残で今でも魔装兵がたくさんいるの。魔装兵はキーネと思って侮っていると痛い目を見るわ。実際百人の魔装兵を相手にして生き残れるアレーなんてそうはいないわ。
言ってしまえば今回の戦争は負ける可能性の高い戦争なの」
これから戦争に赴こうとする者たちの前では、型破りな発言だ。普通なら負ける可能性などおくびにも出さず、兵士たちを鼓舞するのが指揮官だ。しかし彼女、リリアンは違った。
すでに彼女はここにいるアレーたち全ての信任を得ていた。彼女の力を見せつけて無理矢理そうさせたのだ。あのリリアンの力をだ。ここにいるものたちは皆リリアンを英雄視していた。意外なリリアンの発言にも誰一人として異論を唱えるものはなく、一人ひとり彼女の話によく耳を傾けた。しかし、英雄を得た軍というのはえてして死を恐れない。リリアンの言葉を聞いても、誰一人として士気を下げない。
リリアンは内心ため息をついた。
「けれど私たちはこの戦争を勝利に導くわ」
一度戦いが始まってしまえば、その異常な気の高まりも生き残るために必要となる。リリアンは少し芝居がかった仕種で拳を高く突き上げた。そして彼女は、落ち着いた確固たる声で言う。
「勝利を」
異様な熱気と歓声が、トップの屋敷のホールに響いた。
出立は明日の朝。戦争が本格化するまではティナ軍はティスクルスで待機することになっている。一同はひとまず解散し、各々帰るべき場所へ戻っていった。
いったい何人が生きて戻れるかしら。
集会のあとのがらんとしたホールで、リリアンはそんなことを思った。指揮官として、彼女には彼らを導く義務がある。できるだけ誰も死なないようにと思う。しかし戦争は無情だ。今自分を慕ってくれる人たちが、何人も帰らぬ人となるだろう。またそんな人たちを思う人が何人もいる。どれだけ達観していても、リリアンはまだ十五だ。彼らの命を預かる身をとても重たく思った。
リリアンはホールの窓から外を見た。屋敷の庭は、これから戦争が始まるとは想像もできないほど静かだ。夜の暗闇に抱かれた木々が、そよ風に揺れている。まさか自分が再び戦争に身を投じることになるなんて想像だにしていなかった。現実がとても遠く思えた。
そんなリリアンの肩を優しく叩く手があった。
「よう、元気かい? お嬢ちゃん」
リリアンは後ろを振り向いた。護衛隊長のグランだ。ごつごつとした彼の手が優しくリリアンの肩を押さえていた。
「どうしたの? さっき話したばかりよね」
「なぁに、ちょっと重圧に呑まれているように見えたんでね」
飾らない言葉でグランは言う。リリアンは見透かされていることに苦笑いをし、そのときはじめて自分が無表情だったと気付いた。
「ありがとう。ちょっとね」
年の功というものだろう。グランはそれ以上はなにも聞かず、肩に乗せた手を背の低いリリアンの頭に乗せかえた。ぽんぽんと優しく二回頭を叩く。
「そう言えばあのウィンって娘さんなんだが、トップと決して離れようとしねぇな。ありゃ戦争に行くって言うより駆け落ちに行くって雰囲気だ」
グランは滑稽なしぐさで肩をすくめる。それを見てリリアンは優しく笑む。
「ふふ、そうね。でもウィンは少なくとも戦場じゃまともになると思うわ。何度も修羅場を潜ってきた人だから。ああ見えてね」
「修羅場かい?」
「ええ、戦闘でも、恋愛でもね」
「はは、そいつぁいい」
リリアンは何気なく言ったのに、グランはそれに腹を抱えて笑った。
「トルアの奴も苦労しそうだわな」
グランは先代トップの時代から今のトップの護衛をしていたのだろう。一年前までのトップの呼び名でそう言った。
「グランはどうして戦争なんかに参加しようと思ったの? 十年前もアーティスの戦争に参加したんでしょ?」
リリアンはふとそんな疑問を口にした。何が家族のいる優しい男を戦争に駆り立てたのか気になったのだ。
「十年前んときは正義感とかに燃えててね。カンがアーティスを侵略しようとしているのを黙って見ているわけにはいかないと思ったのさ。しかしそれは考えが甘かった。今でも侵略戦争なんて許せねぇとは思っちゃいるが、戦争に正義はないんだ。お前さんなら分かるだろう?」
リリアンは静かに頷く。
「でもそれならどうして今回も志願したの?」
「そうだな。逆に嬢ちゃんはどうして志願したんだい?」
グランは少しおどけた表情でリリアンに問う。
「私は戦争なんて大嫌いよ。けど大切な人が危ないときに何もしないで、もしその人が死んでしまったら、私は自分が許せないわ。後悔すると思うの。
ふふ、自分勝手でしょ?」
リリアンの言葉にグランは是とも否とも言わなかった。ただ少し間を置き考えてから、先程のリリアンの問いに答えを告げた。
「俺も一緒さ。戦争なんてほんとは二度と行きたくねぇが、それでうちの連中が死んじまったら寝覚めが悪い。そのためにカン人を何人も殺しに行こうって言うんだ。なんとも薄ら寒い話だよ」
カン王家はキーン子爵の血を継いでいる。言わば彼らにとってアーティスへの侵攻は、自分たちの土地を取り戻そうというものだ。そしてアーティスからすれば十代も前から住む土地だ。カンの行為は侵略に他ならない。どちらが正義かなど論ずることに意味はないのだ。戦争に間違えている者など、そして正しい者など存在しない。しかしリリアンはグランの慰めをありがたく思った。
「生きて帰りましょうね」
リリアンは自分自身にも言い聞かせるようにそう言った。グランはそれに真摯に頷く。
「異論はないな」




