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青の物語 ~その大陸で最も平凡な伝説~  作者: 広越 遼
第一章 ~伝説の始まり~
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「ルック、着いたよ」


 そんなルックにアラレルは優しく声を掛けた。にわかにルックは目を開く。

 二人は馬車の主に礼を言い、城壁の門番に声を掛けた。アラレルがいたために、二人はすぐに城内に通され、客間に入った。


「城の中ってこんな風になってるんだ」


 ルックは客間の中を見回して言う。ルックは城内に入るのは初めてだった。よく手入れの行き届いた調度品の数々が目に付くが、意外にもトップやスイラク子爵の屋敷に比べてその装いは地味だった。首相も先代国王も贅沢は好まなかったのだ。もちろん他国の賓客を通す用に過剰に贅沢な部屋もあるにはあったのだが、この部屋はそうではない。

 国の状況が状況なため、ビースはとても多忙だ。かなりの時間待たされるのも、ルックは密かに覚悟していた。しかしその予想に反し、ノックもなしにドアが開けられ首相ビースは現れた。白髪混じりの茶髪を、いつも綺麗に櫛つけていたはずなのに、今は多少乱れた様だった。


「アラレル! 遅かったね。どれだけ心配させるんだ」


 ちゃんと話をしたことはないが、ルックはビースとも初対面ではない。しかしいつもと随分違う口調に驚いた。ビースはどうやら、ルックがいると知らされていなかったと見え、ルックの姿が目に入った途端、非礼を詫びた。


「あぁ、これは。お見苦しいところをお見せしました。ルック、青の書の件でございますか?」

「はい。あ、難しい言葉は苦手なので、簡単な言葉で話します。事情があって途中からアラレルに同行してもらってました。アラレルが遅くなったのは僕のせいです。ごめんなさい」


 態度を改めたビースはとても丁寧な言葉を使った。しかしルックはトップの屋敷の件から開き直り、簡単な言葉を使うことに決めた。


「いや、これは失礼致しました。はしたないところをお見せしましたね。そういう事情ならばやむを得ません。愚息を思う父の失言としてお目こぼしください。それにしてもお噂は聞いておりますが、確かに聡い子のようですね。シャルグなどは今でもそっけのない態度をとりますよ。それだけ丁寧に話してくだされば充分でしょう。

 さて、シャルグから途中までの話は聞いておりますが、青の書は無事トップの元に届いたのでしょうか?」


 ビースは大仰な話し方で言う。仕事続きでろくに休息もとっていないのだろう。目の下に隈を作っていた。しかし、愛する息子が戻ったせいか生気の感じられる口調だ。彼の言葉にはアラレルが代わりに答えた。


「赤の書も青の書も無事トップの元に届いたよ。トップはとても感じのいい好青年だね。僕並みに強いアレーを含めた百二十人を用意するつもりでいるみたいなんだ」

「百二十人ですか。それは結構なお話ですね」


 政治家というのは簡単に自分の気持ちを表には出さない。それに加えて人の話をすぐには鵜呑みにしない。それがたとえ息子の言葉であってもだ。百二十人と聞いても薄い反応しか示さなかったのはそのためだ。


「少なくとも上手く行ったのは間違いないです」


 即座にそれを見抜いたルックはそう付け足した。ビースはその勘の鋭さに深く笑み、満足そうに頷いた。ルックもどうやらビースに好感を持ってもらえたようだと気付き、内心嬉しく思った。ビースはルックの最も尊敬するシュールが、最も尊敬する人なのだ。

 そこまで話すと、多くの仕事を抱えているため、ビースはすぐに報酬のアーティス金貨を取り出した。


「あ、話が変わるんだけど、実はティスクルス付近の森でルーメスが現れたんだ。もちろんちゃんと倒してきたけど、遅れたのはそのせいもあるんだ。もしよかったらルックも大分手伝ってくれたし報酬を弾んでやってあげられないかな。ティスクルスの管理人、知ってると思うけど財布のひもが固くてね」


 自分をだしにルックの報酬が値切られたのを、まだ気にしていたのだろう。アラレルは控えめながらはっきりとそう言った。けれどアラレルの言葉に、普段はあまり驚いた姿を見せない男が目を剥いた。


「ルーメスがティスクルス付近でですって? それは本当ですか?」


 ビースの反応を、父をよく知るアラレルは意外に思った。


「うん、なにもこんなときに出なくてもいいのにね。どうかしたのかい? そんなに驚くなんて珍しいじゃないか」


 ビースは感情的になったことを詫び、自らを落ち着かせるように深呼吸をした。


「驚くなと言う方が無理でしょう。これでこの三日間、このアーティスで三件目の報告ですよ」

「報告ってまさかルーメスが現れたっていうものですか?」


 まさかと思いながらもルックは聞いた。信じがたいことだったが、今の話の流れではそれ以外には考えづらい。


「左様です。アーティス北部の農村部と西のシェンダー。どちらももう人を遣わせていますが、まさかこうも続くとは」

「まさかカンやヨーテスが何か仕掛けてきているってこと?」

「いえ、それは考えづらいでしょう。ルーメスなどというのは天災のようなものです。いくら大国といえどそれをどうこうできはしないでしょう」


 落ち着きを取り戻したビースは静かに首を振る。


「しかしそれだけではないのです。未確認の情報なのですが、ヒルティス山にもそれらしきものが現れたとか」


 とんでもない話だ。確かにルーメスが一年に四回現れたという年もあったが、一つの国にたった三日でとなると前代未聞だ。ヒルティスというのはアーティス首都のすぐ北側にある小山だ。ルックが去年、奇形の熊「五本足の熊」と戦った場所だった。


「なにもこんな時期に。これじゃあ戦力が分散されてしまうんじゃない? カンやヨーテスの動きはどうなの?」


 アラレルが不安そうな顔で言った。

 それはルックにも気になるところだったが、アレーであってもルックは一般市民だ。政治の話に口を挟むべきではないだろう。


「僕、席を外しましょうか?」


 そのためルックは控えめにそう申し出た。ビースはルックを見、少し考えてから言った。


「いえ、それには及びません。それより、もしよければ力を貸していただけないでしょうか? 今はカン軍がいつ動き出すとも知れぬ状況にございます。アラレルはいざというときにもうここを離れてほしくはないのです。ちょうどシュールも任期を終え戻ってきたそうですし、立て続けで申し訳ないのですがヒルティスの様子を見に行っていただきたいのです」


 丁寧で思慮深い男だ。ルックはビースが国を守っていることを嬉しく思った。そして彼に頼りにされた自分のチームもまた誇らしかった。


「分かりました。そういうことなら任せてください」


 ルックは請け合った。本当ならルックの独断で決めるべきことではないのだろうが、ルックはシュールたちがこの依頼を断らないと確信していた。


「ありがとうございます。もしも本当にルーメスが現れているとしたら報酬はお約束します。もちろん、ティスクルスの管理人の様に値切りなどはいたしませんので」


 ビースはちらりと茶目っ気を見せ言った。話はまとまり、ルックは辞する旨を伝えて部屋を出ようとした。万が一にもシュールたちが他の依頼を受けないようにと急いだのだ。しかしそこで、アラレルが彼を呼び止めた。


「あ、ルック。ちょっと待って。ヒルティスに行くならライトとルーンは置いていくよね? ルーンは確かまだフォルの資格も持ってなかったし、ライトも魔法が使えないからルーメス相手じゃ不利だろうしね。もしよければその間僕が預かるよ」


 アラレルは言ったあと、ちらりと父の顔をうかがった。何か裏があってのことなのだろう。アラレルは隠し事にはすこぶる向かない。このタイミングでビースの顔をうかがってしまったら、裏があるだけではなくその目的までも筒抜けだった。ビースは呆れたように肩をすくめて、ルックの方を見る。ルックも少し呆れて笑った。


「うん。そうだね、それがいいと思うよ」


 ライトはアルの血を引く。けれど彼はまだ三歳のときに王家から離れ、ギルドに預けられた。彼の親族は今はもうない。アルが遺した秘伝をライトは知らないでいるのだ。それをこの機にアラレルが教えようというのだ。


 ルックの言葉にアラレルは胸を撫で下ろす。見透かされているとは露ほども思っていないのだろう。ルックは曖昧に笑んで部屋を後にした。

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