『新たな依頼』①
第一章 ~伝説の始まり~
『新たな依頼』
二人はティスクルスの宿に戻り、事の次第を報告した。二人を見た途端管理人は顔をほころばせる。
「ご無事で何よりです」
報酬を値切ったのは彼の純粋な趣味だ。だからアラレルたちの身を案じていたのは本当だろう。彼は約束の報酬より一枚ずつ多く、二人に銀貨を手渡した。
微々たるものだが約束の報酬を受け取り、ルックとアラレルは連れだってティスクルスを後にした。
少し寄り道をしたが、公道を通って行くため、今日中には首都へと戻れるだろう。公道には積み荷を下ろした商人たちの手押し車や、これからティナへと届ける物資を運ぶのだろう。国の紋章をあしらえた馬車などが通っていた。
「もしアーティーズに帰る馬車があったら乗せてもらおう」
アラレルはルックにそんなことを言った。アラレルはマナの操作で馬車より速く走れるが、ルックはそれではマナがもたない。休み休み進む手もあるが、いざというときマナが使えないのは危険すぎる。
この大陸で警戒すべきは人やルーメスだけではないのだ。奇形や魔獣と呼ばれるマナに恵まれてしまった動物たちも大変危険な存在だった。言わば人間で言うアレーにあたる動物なのだが、それらはなぜか大抵体と精神に異常をきたす。大人しいはずの動物が奇形として生まれ、歪に巨大化し人を襲うということも良くある話だ。
もしもそれらに出くわしたときマナが使えないでは話にならない。アラレルがいればルックのことを守れるかもしれないが、アラレルは護衛があまり得意ではないのだ。一対一では比類なきフォルでも、魔法が使えないというのは、もしものときに手が回らない可能性が多分にあるものだ。
「この際なんだし、アラレルは先に行った方がいいんじゃない?」
ルックは申し訳なく思って言ったが、アラレルは首を縦には振らなかった。ルックのことが心配だったのだろう。
二人は徒歩で公道を進む。リフトの点検日だからだろう。戻ってくる馬車は全くなかった。次第に辺りは暗くなるが、幸い何事もなく行程ははかどっていた。
「え、それじゃあリリアンがトップの軍を引き連れてくるのかい? しかも百二十だって?」
ルックは道中リリアンのことばかりを考えていたので、自然とアラレルにリリアンのことを話した。リリアンの話はアラレルには意外なものだったようだ。
「ほんとあのときリリアンと戦わなくて良かったね。まあティナ・ファースフォルギルドが百人用意できるかはまだ分からないけどね」
「いや、リリアンが来てくれるっていうだけでアーティスにはすごい戦力になるよ」
アラレルの言葉にルックの胸はちくりと痛んだ。ルックはまだリリアンが戦争に参加するというのをもろ手を上げては喜べないのだ。リリアンの優しい性格を思うと、本当にそれで良かったのか疑念が残る。
「結局やっぱりシャルグが負傷したのってリリアンのせいだったんだね。ジジドの木を削っちゃう水魔といい、どんな裏技を使ったらそんなアレーになれるのかな」
「それを言うならアラレルこそどうやったらあんなのできるのさ?」
ルックはアラレルの疑問の答えを知っていたけれど、口を滑らすわけもない。そ知らぬふりでそう聞いた。
「僕かい? 僕は普通だよ」
それは下手な言い訳だった。恐らく彼もリリアンと同じく、人には話していない秘密の技法を持っているのだ。彼の系譜をたどれば分かることだが、もし彼がそれを持っていたとしても少しも不思議ではない。彼は開国の三勇士のうち二人の血を引くものなのだ。
三勇士の内二人は女性で、リーダー格のアルはアーティス国の初代国王となった。彼女はライトの先祖でもある。そして残りの二人ザバラとスイリアが子供をもうけ、その直系の子孫がアラレルなのだ。
開国の三勇士はマナを使った体術を編み出した者たちだ。正確に言うとアルが考案して、三人で実行に移したのだが、つまりアラレルが何か特別な方法を伝え聞いていたとしても、とてもありえそうな話なのだ。
実を言うとアルの考案した体術と、広く普及することになった体術は仕組みが違う。開国の三勇士の強さはマナを使った体術のためだと伝わり、それをヒントに研究され誕生したのが今の体術だ。アルの考案した体術は、その子孫のみに口伝によって遺された。多くの研究者たちにヒントを与えはしたのだが、その真髄はアルが眠って二百年が過ぎたこの時代でも極々一部の者しか知らない。
ちなみに今まで三勇士の直系で、アラレルのように最強と謳われるものがいなかったのは、アレーの子孫が今まで一人も産まれなかったからだ。三勇士の子孫でアレーだったのは、アラレルが一人目。ライトが二人目だ。
「普通ね。アラレルが普通ならこの世に普通以上の人はいないんじゃない?」
「だといいんだけどね。悲哀の子っていうカン人がなんか特殊な魔法を使って、村一つひと晩で皆殺しにしたって話なんだよ。
それに実は今のカンの将軍が相当強いらしいんだ。実際手合わせした訳じゃないけど、青の暗殺者っていう凄腕の暗殺者が返り討ちにあって這々の体で逃げ出したって話だからね。彼とは一度手合わせをしたことがあるけど、僕でもぎりぎり勝てたって人なのに」
「そう言えばリリアンもそんな人がいるって言ってた。知らなかったよ」
アラレルの発言にルックは首をかしげた。シャルグも知っていたようだし、それほどの使い手ならルックも知っていていいはずだ。けれどもシュールたちがシャルグの前で暗殺業の話をしないことから、それが当然かとも思った。
二人は順調に歩を進め、幸い途中で首都へと戻る馬車に出会い、真夜中より前には首都の南側まで着くことができた。首都の南はティナと森人の森しかないため、警備が非常に手薄だった。高い防壁も砦もなく、小さな詰所に数人の兵士がいるだけだった。その彼らも罪人を南に逃がさないようしているだけで、首都へと入るものには比較的無関心だった。
「良かったね。これならあまり遅くならずに城まで着けそうだね」
「ああ、うん。予定より遅くなっちゃったから父さん心配してるだろうな」
アラレルの言う父というのは、もちろん首相ビースのことだ。ビースとアラレルは非常に仲のいい親子だった。アラレルは父を慕い、ビースは息子を頼りにしていた。
馬車は二人を城まで届けてくれるという。空の荷台に揺られながら、ルックは目を閉じ寝入ってしまった。
「おや、そっちの子は寝ちまったのかい?」
「ああ、うん。そう言えばアーティーズトンネルを抜けてからあまりちゃんとは眠ってなかっただろうからね」
優しい話し声だ。夢と現の中間で、ルックはそんな会話を聞いていた。
「お前さんアラレルだろう? 噂じゃ誰とも組まないで一人で行動しているって聞いたが、趣向替えかい?」
「ううん、彼は大事な友達のチームの子でね。こう見えて立派なフォルなんだけど、まだちょっと危なかっしいところがあるから、一緒にいたんだ」
「そうかい。まあ若い友達を持つと心労も絶えないわな。でもそんなに大事な人たちがチームを組んでいるんなら、お前さんも一緒になればいいんじゃないのか?」
「僕は人と行動するのは苦手でね。昔は一緒に組んでた人たちもいたんだけど、みんな先に逝っちゃうもんだから」
「ああ」
アレーでいると、キーネに比べ何かと危険が付きまとう。特にギルド員はそうだ。奇形の動物やルーメスが出ると、大抵ギルドが処理をしなければならない。命を落とす者も少なくはない。アラレルのような強いアレーがいると、どうしてもより危険な仕事が回される。それで仲間が死ぬことをアラレルは恐れているのだ。
このときにはルックはもう完全に目覚めていた。しかしなんとなく起き辛い雰囲気だったのでそのまま狸寝入りを続けていた。




