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青の物語 ~その大陸で最も平凡な伝説~  作者: 広越 遼
第一章 ~伝説の始まり~
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 リリアンと一緒にいた。クリーム色の髪がとてもきれいで、緑の瞳がやはりとてもきれいだった。


 ここは最初に彼女と出会った森人の森だろうか。それともまだ見ぬリリアンの故郷、ヨーテスの森だろうか。勾配のある地にたくさんの木が乱立している。


 そうだ、約束をした旅をしているんだ。


 ルックは突然思い出す。けれど近くにウィンとキルクというアレーの姿はない。クリーム色の髪がルックと楽しげに話をしていた。アルトの声がルックの耳に心地よく響く。しかし話の内容はふわふわとしてよく聞き取れない。


 ふと気が付くと、近くにはもう一人、ルックと同じ年くらいの少女がいた。背へと流した黒髪に赤とピンクのリボンを巻いた、愛らしい少女だ。

 当然だ。彼女とはずっと一緒にいると約束したのだ。リリアンとの旅に彼女がいてなにも不思議はなかった。




 不思議はなかった。





「ルック、紅い目線に気を付けて」


 リリアンとのふわふわした会話の中で、誰でもない少女の声だけがはっきりと聞こえた。




 ルックが目覚めたのは、昼間の最も明るい時間をいくらか過ぎた頃だった。

 ルックはまだ重たいまぶたを擦り、身支度をする。彼は部屋を出てあらかじめ聞いておいたアラレルの部屋を訪ねた。アラレルの部屋は三階の一番高価な部屋だった。ルックは三回扉を叩き、声を掛けた。


「アラレル、いる?」


 返事はすぐに返ってきて、アラレルが中から扉を開けてくれた。安い部屋と違い、しっかりとした錠が付けられている。


「やあルック、おはよう」


 アラレルの声は、これからルーメスとの戦闘を控えているとは思えない間延びした声だった。


「アラレルはルーメスよりリリアンの方が怖いんだろうね」

「え、さすがにそれはリリアンに失礼じゃないかな」

「あはは、そうだね。ところでルーメスのいる位置は分かってるの?」


 森人の森はルックの暮らす首都アーティーズが丸ごと収まるほど広大だ。大体の位置は分かっているだろうが、探し当てようとしたらかなり骨が折れそうな気がした。

 しかしアラレルは自信を持ってうなずいた。


「うん。近くに行けばいろんな騒音が聞こえてくるから」


 ルーメスは目覚めている間は、暴れるか食べるかしかしないという。暴れているときは周りの木々をなぎ倒し、それ自身咆哮をし、相当な騒音がするらしい。食事中も、生きたまま食べられる動物たちの断末魔が響き渡るのだとか。


「森人の集落とかは大丈夫かな」

「そうだね。一刻も早く倒しに行こう」


 間延びした声を少し引き締め、アラレルは言う。二人は管理人の元へ行き、これから討伐に行く旨を伝える。万が一にでも二人が戻らなかったときは、彼が国にそれを伝えなくてはいけない。管理人も真面目な顔で重く頷き彼らを見送った。

 森に入ってしばらくはいつもと変わらない森人の森の姿だった。ルーメスが出現したと言うのはもっと森の奥らしい。


「ルーメスって寝ることはないの?」


 ルックはアラレルに素朴な疑問を投げ掛けた。


「眠ることもあるらしいけど、僕たちより寝るまでの周期が長いらしいよ。あと眠る時間が短いみたい」


 ルックはルーメスを見たことがなかったので、ルーメスについてアラレルに色々と尋ねた。アラレルは今までに数回ルーメスと戦ったことがあるらしい。国内だけではなく、以前は友好国だったヨーテスにも討伐に出たことがあったとアラレルは言う。


「見た目はほんと人間みたいだった。ただ肌が灰色だったり、唇が紫色だったり、不気味な感じだったな。あと背がドーモンくらい大きかった。横幅は半分もなかったけど」


 二人は話をしながら歩いていた。しばらく歩くと異様な光景が目についた。薙ぎ倒された木々に、転がる複数の動物の残骸。木々にも動物にも、食い散らかしたような跡がある。まず間違いなくルーメスがここにいた証だろう。静かな暗い森の中で、ここだけは木々が薙ぎ倒されたため日の光を受けていた。明るい光に照らされるのは、戦場のように悲惨な動物たちの亡骸だ。おぞ気のする光景で、ルックは鳥肌が立つのを感じた。

 その場所を過ぎ、またしばらく歩くと、けたたましい音が辺りに響き渡った。木が倒れる音だ。


「向こうだね」


 アラレルは北側を指さして言う。ルックは頷き、背中に回した剣を抜く。あらかじめマナを溜めておこうと思ったのだ。もしすぐに敵を見つけられないようなら大変な浪費だが、この分なら見付けることに苦はないだろう。


「アラレル、気を付けてね」


 宝石全てにマナが溜まった後で、ルックは言った。アラレルは臆することなく笑って、剣を抜き、音のする方に進んでいった。


 少し歩くと、木々の合間からそれは見えた。それはアラレルが言った通り、人のような形をした不気味なものだった。灰色の体に革の腰巻き一枚で、巨大な体躯が、恐ろしい腕力で木々を薙ぎ倒している。目と髪は紅く、唇は紫色だ。だが色合いとその大きさを除けば、見た目はほとんど人間の男と変わらない。それは細かい節のある甲高い雄叫びを上げながら、ただただ暴れまわっているように見えた。


「僕が出て斬り結ぶ。ルックはあいつが逃げようとしたら隆地か降地で足止めをして。僕はまともにやれば確実に奴を押せるから、無理に援護はしなくていい。いいね?

 それじゃあ行くよ」


 力強くアラレルは言い、ルックは頷く。途端にアラレルはルーメスの前に踊り出す。ルーメスが咆哮する。おぞましい声だ。ルーメスは知能が高い。人間と変わらない判断力がある。それはアラレルを見た。敵わぬ相手だ。迷わず踵を返す。


隆地(りゅうち)


 ルーメスの前に大地が立つ。ルックの魔法だ。ルーメスは逃げ場を失う。アラレルはその背に斬りかかる。ルーメスは左に跳ぶ。だがアラレルは見越していた。ルーメスを追ってアラレルも跳ぶ。

 第二撃、強力な突き。ルーメスは固い拳でそれを受ける。血が飛び散った。アラレルの剣がルーメスの拳に突き刺さったのだ。ルーメスはもう片方の拳を繰り出す。狙いはアラレルの顔だ。アラレルはそれを紙一重で避ける。アラレルは敵の拳に突き刺さった剣を抜く。それと同時に蹴りを放つ。ルーメスの顎を狙った強烈な蹴りだ。綺麗に入る。しかしルーメスは意に介さない。勇者の足を掴もうと手を広げる。しかし勇者は速かった。開かれたルーメスの手を斬る。手首の中程まで剣は食い込む。忌々しげにルーメスは吠える。ルーメスはそこで再び踵を返す。


「掘穴」


 ルックが最初に魔法を放ってから二つ目の魔法を放つまで、わずか数瞬の出来事だった。もしもルックが視力強化をしていなければこのタイミングを見逃していただろう。掘穴によりルーメスの足元に、突然小さな穴が開く。ルーメスはそれに足を取られてアラレルの剣から逃れられない。アラレルは逃げようとしたルーメスの背へと再び斬りかかった。

 ルーメスは振り向き様に横薙ぎにアラレルに殴りかかる。相討ち覚悟だったならそこでルーメスを撃ち取れただろう。だがアラレルにもちろんその気はなく、地を蹴り飛び退く。

 空振りに終わったルーメスの巨大な拳は物凄い風圧を生む。飛び退くアラレルの赤毛がそれになびいたほどだ。けれどスピードもパワーも桁外れのルーメスを、アラレルは完全に押していた。このままルックがルーメスを逃がさないでいられたら、アラレルの勝利は疑う余地がない。ルーメスもそれに気付いたのだろうか。まるで今初めて気付いたかのようにルックの方を見た。


 一度飛び離れたアラレルはルーメスの出かたをうかがった。魔法が使えない相手にならば時間を与えても害はない。むしろ長期戦になった場合に備え、ルックがマナを補給する時間を稼ごうというのだろう。

 何を思っているのか、ルーメスの紅い目はじっとルックに注がれている。


 ……ルック、紅い目線に気を付けて。


 信じられない奇跡だった。もしもルックがあの夢を見ていなかったら、それをかわすことはできなかっただろう。誰でもない少女の言葉が頭をよぎり、嫌な予感に駆られたルックがその場を飛びのく。ルックのいた地面が爆発をしたのはその瞬間だった。


 爆風に乗り、ルックの体は木に打ち付けられる。鈍い痛みが走って、ルックの視界はわずかに揺れた。その視界の中でルーメスが再び退こうとするのが目に入る。ルックは慌てて剣を突き立て、降地(こうち)の魔法を放つ。目の効かない中だったので、広範囲に及ぶ降地の魔法を選んだのだ。だがそのマナ消費はとても激しく、剣のマナは使いきってしまった。

 ルーメスの立つ地面が陥没する。それはなんとか功を奏して、ルーメスはよろめき逃げる期を逸した。そこにすかさずアラレルの電光石火の突きが見舞われる。ルーメスのボロボロになった手がそれを再び受け止める。とんでもない頑丈さだが、それもそろそろ限界だ。ルーメスはなんとかアラレルを振りきって逃げ出そうとしていた。しかし、ルックがマナを使い果たしたことに気付いていたアラレルは物凄い猛攻を掛ける。ここで決めなければならないと思ったのだろう。剣の一撃一撃に気迫が籠っている。


 ルックは木に打ち付けられた衝撃から立ち直り、再び目にマナを集中し出した。あまりにも速い打ち合いのため、それをしなければ何も分からないのだ。しかし目にマナを集めることはまだ慣れず、魔法用のマナを集中させるところまでは気が回らない。


 アラレルの剣が何太刀か入るも、ルーメスの固い皮膚と尋常ならざる生命力に阻まれて打ち倒すまでには至らない。ルーメスを逃さぬようかなり際どく踏み込んでいるアラレルもいつなんどきルーメスの反撃を食らうかわからない。ルーメスの攻撃は凄まじく、もし一撃でも食らわされれば、アラレルも体は普通の人間だ。ただでは済まないだろう。


 アラレルは渾身の力で斬りつけながら、ルーメスの攻撃を紙一重でかわし続ける。ともすれば逃げ出そうとするルーメスに追いすがり、地面に転がる木々に注意しながら足を運ぶ。とても人間業とは思えない動きだ。それだけの動きをすればマナの消費も桁違いなはずなのに、アラレルは絶やさず動き続けた。

 リリアンの言っていた体の一部にマナを集中させるやり方ではない。それでもマナの消費は抑えられるだろうが、アラレルのそれは全身全霊からマナが吹き出ているような動きだ。元々のマナの量が桁違いなのか、それとも他の手段を知っているのか、体術でリリアンが負けたのも頷ける。


 一方ルーメスの動きは純粋な体術だ。しかもルーメスにはまるで疲れというものが見えない。このままではなかなか勝負は決しない。長期戦になれば、次第に傷を負っていくルーメスが不利だが、それでもただ一撃が決まっただけでアラレルは致命傷を負いかねない。そんな緊迫した状況が続く。ルックの剣にもなかなかマナは溜まらない。


 しかしそこで、いきなり事態が動いた。


 アラレルの剣がルーメスの固い骨を打ち付けた瞬間に、鈍い音を立て折れたのだ。勇者はとっさに飛び離れ、二本目の剣を抜く。ルーメスはその機を逃さず、自らが暴れて作った広場の中から、森の中へと駆け込もうとする。一説によるとルーメスの回復力は人の数百倍にもなると言う。すべてが徒労に終わるかと思われた。しかし、


「隆地よ!」


 とっさにルックは目にマナを集中させるのをやめ、地面に手をつき魔法を放った。必死だったためだろう。彼らのチームのシュールに勝るとも劣らない強大な魔法の早打ちだった。ルーメスの足元から大きく地面が競り上がる。宝石三つ分で放ったときと変わらないほど巨大な隆地だ。ルーメスにすら避ける手段はなかったようだ。大地の壁に弾き飛ばされ、それは仰向けに倒れる。

 ルーメスにとって最悪だったのは、倒れたところがちょうどアラレルの目の前だったことだ。どんな強靭であっても体の形は人と変わらない。その体勢からでは素早く動くことなど叶わない。そんな機を、最強のフォルが見逃すはずもない。


 狙ったのはルーメスの喉だった。そこだけは先程の斬り合いのなかでもルーメスが受けようとしなかった場所だ。案の定アラレルの剣はルーメスの喉をやすやす貫く。なんとも形容しがたい呻き声が上がり、ルーメスは抵抗をやめた。驚くべき生命力のためまだ息はあるようだが、ルーメスの顔に諦めのような色が浮かんでいた。アラレルは剣を構えたまま数歩離れる。人間なら致命傷でも、ルーメスにとってはそうでないかもしれない。アラレルは警戒を緩めず様子を見る。


 ルーメスは血を吐く。赤い血が大量に口から溢れ出る。ルーメスはのろのろと身を起こそうとする。しかしそこに残酷なようだが、再びアラレルが突きを入れる。今度は胸を剣が刺し、またルーメスは地へと倒れる。人間の様な見た目だったため、なんとも気分の悪い光景だったが、得体の知れない相手なので仕方のないことだ。しばらくするとルーメスは紅い目を閉じて動かなくなる。


「終わった?」


 ルックは問う。アラレルは用心しながらルーメスの亡骸に近付き、その首を完全に断つ。


「ルーメスと分かっててもなかなか後味の悪いものだね」


 静かにアラレルは言う。彼は全身に汗をかき、わずかながらに息を乱している。ルックにとってはここまで消耗しているアラレルは初めてだった。しかしルーメス相手にこれだけの消耗で済んでいるというのは、やはりアラレルが勇者と呼ばれるにふさわしい者だという証だ。


「そうだね。一応埋めてあげよう。どのみち野ざらしにするわけにもいかないしね」


 ルックはアラレルに対して深い尊敬の念を抱きつつ、マナを溜め始める。


「掘穴」


 ルーメスの体の横に大きな深い穴が開く。アラレルはそこにルーメスの首と体を入れる。掘穴は地面に穴を作る魔法だ。実際名前のように掘るのではなく、地面その物を移動させるものだ。穴の所にあったはずの土は脇に盛られている。隆地の魔法などと違い、マナにより何かを作るものではないから、掘穴によってできた穴は自然には消えない。彼らは盛り上がった地面を使い穴を埋め直す。


「それにしても最後の隆地は助かったよ。やっぱりその剣は便利だね。シュール並みの早打ちかと思ったよ」


 まさにシュール並みの早打ちだったのだと気付いていないアラレルが言う。ルックもそう主張しようとはせず、曖昧に笑った。

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