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青の物語 ~その大陸で最も平凡な伝説~  作者: 広越 遼
第一章 ~伝説の始まり~
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「あれ? そういえばそうか」


 十も年下のルックに言い諭されて、少し気まずかったのだろう。アラレルは少し目線を逸らして頬を掻く。それを見てルックはほっと一息ついた。ようやくいつものアラレルらしい気配になった。

 けれどリリアンは、それでも緊張を解かなった。リリアンはアラレルの事をよくは知らない。ルックはよくよく知っていたのだが、体術でなら最強とまで言われている勇者アラレルは、頭はあまり鋭くないのだ。幼馴染みのシュールに言わせてしまえば、彼はバカ勇者らしい。けれどやはり音に聞く最強の勇者だ。まさかそんなとぼけた性格だとは誰も思わない。リリアンにとっては何か狙いがあってそうしていると見えるだろう。


「ルックと僕が仲良いなんて他国の人が知ってるわけもないしなぁ。良く考えてみればそうだよね」


 勇者は気まずさを紛らすためか、したり顔でルックの言葉に賛同しだした。


「そうだよ、またシュールにアラレルは考えなさすぎだって言われちゃうよ」

「うわ、やだな。ルック、この事はシュールとシャルグには秘密にしておいてね」


 先程までの殺気がまるで嘘のように、アラレルはのろのろと話す。


「リリアンも悪かったよ。君が敵だったらって思っただけで慌てちゃってさ。それに考えてみれば、アーティスに大打撃を与えたいんなら僕よりライトを狙」「アラレル!」


 だが、気まずさと緊張の緩みのせいか、それこそリリアンが知る由もない事をアラレルが口を滑らせそうになり、ルックは慌てて彼の言葉を遮った。

 アラレルもはっとしてリリアンの顔をうかがった。しかし、ここまで来たらさすがに手遅れだった。もしこの状況下のアーティスで、勇者アラレルよりも重要な人間があったとしたら、それはもう一つしかないのだ。世界情勢に詳しいリリアンがそれに気付かない訳がなかった。


 リリアンも今のやり取りでアラレルが予想だにしない人柄であると気が付いていた。正直拍子抜けしたくらいだ。だが今の言葉を聞いてしまったのはまずかった。さらに言うならそれに対して驚愕のあまり目をむいたのがまずかった。にわかにアラレルが雰囲気を変え、再び声を低くする。


「申し訳ないけど、今のを聞かれてしまったらやっぱり生かしておく訳にはいかない」

「そんな! 本気で言ってるの? やめてよ!」


 ルックは驚いた。アラレルはあまり賢い方ではないが、正義感溢れる男だ。そのアラレルとは思えない発言だ。ルックはほとんど悲鳴のように抗議した。


「ふざけないで! あなた馬鹿じゃないの? それじゃあまるっきり人殺しじゃない」


 リリアンもこれは腹に据えかねたようで、思いっきり抑揚をつけ毒突いた。


「奇跡の勇者が聞いてあきれるわ。まさかこんな脳足りんの愚図だったなんて。首相ビースの息子? あの優秀な政治家の血が一体どうしてここまで腐れるっていうの?」


 自分の失言に加え、痛いところを突かれたのだろうか。アラレルは複雑に顔を歪めた。けれどそれでも態度は変えず、ついには彼は剣を抜く。


「ルック、離れろ」


 まるで別人のように彼の身に帯びる空気は一変している。静かに低くルックに警告をした。


 ルックは違和感を感じた。これはあまりにアラレルらしくない。まるでわざわざ彼女を殺す理由を作ったようだった。しかしまさか本人でない訳はない。ルックは必死で考えた。何か理由があるはずだった。アラレルのことだ。あまりまともな理由でもないかもしれない。ただしかし、彼はどんなであっても勇者なのだ。ごろつきのようなろくでもない理由ではない。


 アラレルは身を低くして、腰の辺りで剣先を正面に向けて構える。異常な速度の突進から繰り出されるアラレル得意の突きの構えだ。間違いようもなく本気の本気だ。もしもアラレルの言う通りルックが離れたら、リリアンは瞬くうちに串刺しにされるだろう。


 ルックは必死で考えを巡らせて、そこでふと、アラレルの行動のわけが分かった気がした。まさかとは思ってみたが、どう考えてもそれ以外には理由が思い付かない。思い返せば、アラレルは最初からどこか落ち着きがなかった。


「くだらない」


 ルックは怒りも顕にそう言った。


「アラレル、リリアンが怖いんでしょ?」


 ルックにはとても分からないことだったが、リリアンがそうだったのだ。二人ほどの戦士になると、滅多に自分を脅かすほどの相手には出会わない。だからこそ、それをできる相手が怖いのだ。

 リリアンはアラレルを避けようとして、アラレルはリリアンを排除しようとした。いや、アラレルはリリアンと違って、子供の頃から敵なしの強さだったという。もしかしたらその恐怖の正体がわからなかったのかもしれない。だからその恐怖をより危険に思ったのかもしれない。現にアラレルは図星を突かれてと言うよりは、ただ純粋に虚を突かれて驚いているように見える。


「こういう広い場所ならアラレルの方が強いだろうけど、森みたいな障害物の多いところでアラレルのスピードが殺されたら、どうなるか分かんないもんね。むしろ魔法が使える分リリアンの方が有利かもね。だから今の内に殺してしまおうって言うんでしょ? 見損なったよ」


 皆に慕われていた勇者には痛烈な皮肉だ。ルックの言葉にアラレルは少しむっとしたようだ。


「良く分かんないけど、確かにルックが言うならそうなのかもしれない。けど彼女が元々カンに雇われていたって言うなら殺すには充分な理由になる。

 今は戦争中なんだ。彼女ほどの脅威は消せるときに消すべきだ。もし万が一にも彼女がこの戦争で敵についたら、君の大事な人が殺されるかもしれないんだよ?

 十年前の戦争では僕一人の力でアーティスは窮地を乗りきった。そう言っても大袈裟ではないはずだよ。だから、彼女一人でアーティスが危険にさらされるかもしれない。そんな彼女がここにいる。

 殺すのに充分すぎる理由なはずだ」


 アラレルは言った。戦争は狂気だ。その狂気の中では、彼の意見も間違いだとは言い切れない。しかし、戦争を知らないルックにはただ無茶苦茶な意見に思えた。


 リリアンは内戦の続くアルテスや、貴族間での争いが耐えないフィーンも旅してきていた。こじつけのような意見だったが、アラレルの言葉には一理あるとも考えた。それでもそれで自分が殺されるのは納得いかない。いくわけがない。リリアンも腰に差す長剣を抜く。


 再び一触即発の状態だ。先程よりも二人が剣を抜いている分なお悪い。だがルックは、もうこの状態の打開策を見出だしていた。静かに低くゆっくりと、声に重みを乗せて言う。


「そう。分かった。だけど一つ忠告しておくよ。僕にとってリリアンは大事な人だ。出会ったばかりとはいっても、アラレルに抱いているような尊敬の念もあるし、何より彼女は友達なんだ」


 ルックの言葉が、アラレルの構えに迷いを生ませる。


「この意味が分かるよね? もしリリアンを殺すようなら、僕があなたを殺すことになるよ」


 事情を知らないリリアンは不思議そうな顔をしたが、ルックの言葉にははったりではない重みがあった。


「先に僕を手にかけたとしても、リリアンの前でそんな隙を作るわけにはいかないよね。アラレル、引くならこれが最後のチャンスだよ」


 アラレルはたじろいだ。ちらりとリリアンの方見て、溜め息をつき剣を収めた。


「わかった。……ごめんよ」


 拍子抜けする結末だった。アラレルは再び不穏な空気をしまい、親に怒られた子供のようにしゅんとして謝った。リリアンも良く事情は呑み込めなかったが、とりあえず危機は去ったようだと判断し、剣を収める。


 アラレルは小さくなって、ルックに別れを告げ、リリアンを遠巻きにしながらトンネルの方へ逃げるように去っていった。

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