表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
青の物語 ~その大陸で最も平凡な伝説~  作者: 広越 遼
第一章 ~伝説の始まり~
47/354





「やっと着いたわ」

「なんか結構早く着いた気がするな」

「そう?」


 ルックの言葉にリリアンが不思議そうに言う。彼女はルックより正確に時間を把握していたようで、特に驚いたそぶりは見せていない。


 トンネルを抜けそのまま草木の繁る山道を下ると、少し開けた場所に出る。その場所の先は切り立った崖で、左右に街へと降りる道がある。崖には石の柵が設けられている。崖の向こうにはティナの街が見下ろせた。


 あまりに広い街だから全てを見通せる訳ではないのに、それでもここはティナを一望していると思えるくらいの眺めだった。


 様々な色の石造りの家々が眼下に無数に乱立している。そのどれも太陽とそれを乱反射する四方の滝に照らされていた。そうすると街全体がキラキラと輝く。そしてまだ気温の低いこの時間は、海にできた滝が霧を生む。それはこの街全体に覆い被さる。さながらベールに包まれた宝石箱だ。


 ……いつ見ても、例えそれが私が生きた二千年前の光景でも、世界の壁を隔てた向こうからでも、この眺めだけは私の心を震わせた。


 左右に延びる道は、どちらも険しい道だった。特に左は街へ行くには近道だったが、その険しさは右の道とは比較にならない。急峻な坂がいくつも続き、途中にはほとんど崖のような場所もあった。よほどの急ぎでもない限り、人はみな右の道を選ぶ。二人も当然のように右へと進もうとした。しかしそこで左の道から現れた男が呼び止めてきた。


「ルック?」


 ルックにとっては耳慣れた声だった。リリアンにとっても知らない声ではなかったようだ。心なしかリリアンは身を強張らせる。


 振り返るとそこには、案の定赤髪の男が立っていた。決して美男子ではない、まあまあ整った顔立ちに柔和な色を乗せている。腰には細身の長剣を差していて、町人のようなきなりの服に胸当てと肩当てという軽装をしていた。背は長身だったが、シャルグほどには高くない。父親の首相ビースによく似た穏やかそうな人だ。しかし、今その目には強い警戒の色が浮いていた。


「アラレル! 今からアーティスに戻るの?」


 前回のティナ・ファースフォルギルドのトーナメントで優勝し、最強のアレーの称号を得た男、アラレル。ルックにとっては憧れの勇者だ。いや、ルックにとってだけではない。十年前の大戦のときに、十三歳にしてアーティスを勝利に導いた、アーティス国民全てにとっての英雄だ。


「ライトとシャルグは? 一緒じゃないの?」


 人と一緒にチームを組むのを嫌い、いつも一人で行動しているが、彼はルックたちとは友人だ。ルックがシャルグとライトと一緒でないのを見過ごせなかったのだ。ちなみに彼は公道を堂々と通っていったため、出立日時は一緒だったが、ルックより一日早く着いていた。


「ちょっと事情があって先にアーティスに戻ってるんだ」

「事情って?」


 アラレルはさらに重ねて質問してきた。ルックは内心まずかったかと考えた。リリアンはアラレルを警戒していた。ルックはそれを考えすぎだと笑ったが、確かにアラレルの雰囲気はあまり友好的ではなかった。そこでまさかリリアンから受けた傷が原因でなどとは言えるわけがない。はぐらかすつもりで言ったのだが、こう突っ込んで尋ねられるとどう答えていいかわからなかった。

 答えあぐねるルックをどう捉えたのか、アラレルはルックの答えを待たずにリリアンの方を向いた。


「久しぶりだね。リリアンだっけ? ヨーテス人がこんなところで何をしている?」


 いつもはのんびりとしたアラレルには似合わない、早口で鋭い口調だ。アラレルはリリアンの実力を知っているのだ。もしも敵ならかなりの強敵だ。ルックを盾に取られたら自分とてどうなることか分からない。と、そんなことを思っているのだろう。


「私は負傷したシャルグの替わりにルックを護衛してるのよ」


 慎重にリリアンは答えた。とりあえず、いきなり斬りかかられはしなかったが、自分をも殺せる実力の持ち主だ。実際後ろめたい部分もある。相当緊張を強いられたのだろう。声が震えていた。


「まさか、君が傷付けたのかい?」


 アラレルは異常なまでにリリアンを警戒し、そう尋ねてきた。リリアンは彼の問いには言葉を詰まらす。平気な顔でうそぶける自信がなかったのだ。


「ルック、いいかい、僕が剣を抜いたら何がなんでもその人から離れるんだ。できるね?」


 アラレルは静かに言った。


「ちょっと待って! リリアンは敵じゃないよ!」

「彼女はヨーテス人だ。君を騙して人質にして、最初から僕が狙いだったかもしれない。正直青の書を消すよりも僕を殺してしまった方がよっぽどこの戦争に有利だからね」

「そんな、考えすぎだよ」


 ルックは何とかしてアラレルを諌めようとする。けれど、アラレルは激しい敵意を緩めない。リリアンも震える声で反論をした。


「私は彼を無事にアーティスまで送り届けるって誓ったのよ。嘘じゃないわ」

「そんな誓いには意味はない。その途中で僕を殺したって君の誓いは果たされるんじゃない?」

「そんな、私はそんなことはしないわ」


 言ってもらちがあかなそうだった。リリアンは逃げ出すことも考え始めたのか、周囲に目を配り始める。誓いを破ることになるがいざとなったら命あっての物種だ。逃げ出すことに迷いはないだろう。


「疑わしきは罰せよだ。悪いけどこのご時世だし、君に生きててもらうことはできないよ。君が敵軍にいたら、何人ものアーティス人が死ぬことになるんだ」


 アラレルは冷たく言った。奇しくもそれはシャルグがライトに言ったことと酷似していた。そのため焦ったリリアンはそのときと同じ言葉を繰り返す。


「私はカンに雇われているだけよ。戦争なんかに参加するつもりは毛頭ないわ」


 それはまさに失言だった。カンに雇われているという言葉で、アラレルはより一層に殺気立つ。


「カンからの依頼は僕の暗殺?」

「違うよ。リリアンは僕たちの青の書を止めることが目的だったんだ。だけど実は、カンはリリアンを偽の金貨で騙していたんだ。本当なんだよアラレル」

「まさか、仮にも一国がそんな詐称をするはずないさ」


 ルックは信じてもらえないことに業を煮やした。せめて偽の金貨を持っていればよかったと後悔した。銅貨一枚の価値もないと言って、リリアンは偽の金貨を捨ててしまっていたのだ。

 アラレルは剣の柄に手をやって、低く構える。リリアンも覚悟を決めたようで、話すのを止め、次の動きがとりやすいよう足を開いた。


「ルック、ごめんね。約束を破ることになりそう」


 リリアンは静かに言った。


「ルック、これが戦争なんだ。つまらない情は死を招く。用心のため彼女はここで斬る」


 アラレルも朗々と言う。今度こそルックは慌てた。まさに一触即発の状況だった。黙って見ているわけにもいかない。それにこんなつまらない誤解での殺し合いは見たくなかった。さらに言うならリリアンの実力だ。アラレルが負けて殺されないとも限らない。

 とにかく何か言わなければ。ルックはなんでも良いから時間稼ぎのつもりで言葉を発した。


「シャルグだってリリアンの事を信用したんだよ?」


 だがアラレルはもう、その言葉には答えない。


「ちょっと、それにほら、僕たちこのトンネルですれ違っちゃってたかもしれないんだよ? そしたらアラレルとは会えなかったんだし、もしアラレルが狙いならトンネルの向こうで待ち伏せするよ」


 アラレルは剣を半分鞘から抜いて、そこでふと動きを止めた。リリアンも息を詰め、アラレルの動きを注視している。動きを止めたアラレルは、そのままの体勢で固まった。……ルックの言葉が正論だと気づいたのだ。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ