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青の物語 ~その大陸で最も平凡な伝説~  作者: 広越 遼
第一章 ~伝説の始まり~
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「たぶんルックは、私と同じ魔法が得意なタイプよね。だからまず早打ちのコツ。これがルックには一番簡単だと思うわ。魔法は自分の前の空間や地面とかにマナを集めるでしょ?

 ルックはマナを集めるときどのくらいの範囲に集めるか意識してる?」

「範囲? 特に考えたことないけど」

「それを考えるのが魔法を早打ちするコツよ。まあ大抵早打ちが得意な人はそんな理論を考えてやってはいないでしょうけど、知ってるのと知っていないのとでは大違いよ。

 ただ漠然とマナを集めているとね、結構形にできないマナがあるものなのよ。自分が集めるマナを全部魔法に変換できれば、無理矢理マナをたくさん生もうと集中するよりよっぽど効率がいいわ。もちろん集中力も大事ですけどね。

 自分がどこからどこまでマナを集めたのか分かっていれば割りと楽に全部のマナを変換できるわ」


 彼女はやはり少し変わった感覚の持ち主なのだろう。普通ならまず、魔法に対してマナを変換するという概念はない。確かに集めたマナを何かの形に変えるのが魔法なのだが、変換というのはルックにとって耳に慣れない表現だった。もしこれが彼女一人で考え出したことなら、彼女は大賢者ルーカファス並みの天才なのかもしれない。


 ルックは彼女の言葉に考えを巡らせた。確かに魔法を使うとき、どこにマナを集めているのか、位置は意識することはあっても、どれくらいの範囲に集めているかは考えてみたことはない。


「それだけなの? それなら僕にもできそうだけど」

「ええ。ルックくらい魔法が使えるならたぶんできるわ。次は体術ね。本当に誰にも言わない?」


 リリアンは再び尋ねる。どこか面白がっているような響きがあって、ルックは少し不満を漏らした。


「僕も恩を仇で返すようなことはしないよ」

「そうね、ごめんごめん」


 一体何がそんなに楽しかったのか、リリアンは笑いを噛み締めながらそう言った。ルックは少し訝しがったが、深くは問わず彼女の言葉の先を待つ。


「じゃあ体術ね。これは少し難しいけど、ルックはマナを使って動くとき、どうしてるかしら」


 彼女の問いにルックは少し考え込んだ。マナを使った体術は、魔法と違い自分の中のマナを扱う。世界の中のマナを集める魔法に対し、自分の中のマナを操り体を動かす体術は、しかしどうやっているかと尋ねられると、とっさに言葉に表せなかった。例えて言うなら、どうやって話しているのかと聞かれるようなものだ。


「うーん、力の代わりにマナを使ってるって感じかな? 特に魔法を使うみたいに考えないでもできるから、正直あんまりわかんない」


 マナを使った体術はそれができると知ってさえいれば、ほとんど自然とできてしまうのだ。あとは大抵自分の中のマナの爆発力によって、その技量が左右する。


「強いて言うならとにかく力一杯マナを動かす感じかな?」

「そうね。私も五年くらい前まではそうやってたわ」

「それまではリリアンもそんなに強くなかったの?」

「ええ、魔法の早打ちは小さいときからできたのだけれど、体術は得意じゃなかったわ。けどね、あるときそんなに多くない量のマナで自分の体を動かす方法に気づいたの。それも今までよりも格段に強く」


 彼女の言葉にルックは軽く息を飲む。体術はルックの悩みの種だった。こればかりは才能こそがものを言い、アラレルやシャルグのようには自分は動けないのだと思っていた。しかしもし彼女の言葉が本当ならば、天才でなくても努力をすればその高みまで手が届くかもしれない。


「どうするの?」


 ルックは興奮を押さえきれずにそう聞いた。リリアンはまた嬉しそうにそれを語った。


「タイミングとコントロールよ。マナを使うとき、足や手だけに、それもそれを使う一瞬だけ、要は必要なところと時に、必要な分だけマナを使うの。口で言うとこれだけなんだけど、普段そんなに意識してマナを使ってないでしょうから、これは相当大変よ。私もこの仮説を立てて実際に試せるようになるまでかなり時間がかかったわ」

「仮説を立ててって、リリアンはマナの研究もしてるの?」


 ルックは意外な気持ちでそう聞いた。治水の魔法のような新たな魔法や、新たなマナの使い方を見つけ出すことを研究と言う。それは非常に神経を使うものらしく、旅をしながら取り組むものとは思えなかったのだ。


「いいえ、私は別に研究ってほどのものはしてないわ。ただ何となく思い付いたことをしてみてただけ。それがたまたま正解だったっていうだけよ」

「ふーん、そっか。なんか大陸中の研究者たちから妬まれそうな話だね」


 正直言うとルックはかなり驚いていた。そんなたまたまなど普通では考えられないことだ。

 実際多くの研究者が一生を捧げ、それでも一つの魔法も作り出せないこともあるのだ。いやむしろ、一つだけでも何か成果を上げられた者の方が遥かに少ない。それを知っていたからこそ、ルックは彼女が天才だということに気が付いた。


「でも確かにそれは難しそうだね。自分の動きに合わせてマナを細かくコントロールするっていうことだよね?」

「そうね。だけど慣れれば無意識にだってできるのよ。私も今はそんなに深くは考えないわ。昨日みたいにそれだけでシャルグよりかは速くなれるわ。あと剣の腕とかは練習するしかないでしょうね」


 その後リリアンは最後の仕上げとして目や神経にマナを集めることを教えた。すぐ実戦で使うというわけにもいかないが、それでも知っていた方がはるかに強くなれるはずだ。ルックは見えないところから投げ掛けられたリリアンの言葉を反芻し、胸を踊らせた。


 強くなりたいと努力を重ねていたが、ルックにはもう限界が見えていた。しかしリリアンの教えは、そんなルックに光明をもたらしたのだ。

 強くなったその力が何に使われるのか考えないわけではなかった。しかしいざというときにはやはり力はほしい。そしてそのいざというときは間もなくこの国に訪れそうなのだ。


 ルックはこれが予想以上に重要な話だったのだと気が付いた。そしてやはりどうして彼女がこんなに重要なことを自分に打ち明けてくれたのか気になった。先程聞かなかったことを今さら尋ねるのもためらわれるが、思いきってルックは質問をした。


「リリアンはどうして僕にそのことを教えてくれたの? 秘密だったんでしょ?」


 冷たい闇の中、ルックの声はよく響いた。残響が消え、しばらくはロープウェイが動く音しか聞こえなかった。それほどの間、リリアンの答えには間があった。沈黙が続くと、彼女の柔らかな手の温もりだけが、彼女を感じる唯一の手がかりだった。


 不味いことを聞いたのだろうか。


 ルックは少し不安に思った。不思議なことに、ルックには出会ったばかりのリリアンに嫌われることが耐えがたかった。

 透明感のある低めの声や、クリーム色のショートヘアー。ルックより年上だとはとても見えない童顔に、大きな緑の瞳。世慣れた光をたたえるそれが、余裕の笑みで細くなる。どれも本当にルックにとっては嫌われたくないものだった。まるで旧知の間柄の友人のように、ルックにとってリリアンは失いがたい人だった。


 それは実はほんの少しの間だったのだろうか。果てることない暗闇が、ルックの不安を増長し、ほんの少しを長く感じさせただけなのかもしれない。この闇の中では時間の感覚すらも危うくなる。リリアンはまるで何事もなかったかのように、「なんとなくよ」と笑って言った。


 ルックは自分の感覚の混乱に戸惑い、それ以上はもう追及できなかった。ありがとうと礼を言い、自分の手を引く温かい手を親指で少し撫でた。

 表情は見せられないから、そうすることで少しでも感謝の気持ちが多く伝わるようにと思ったのだ。リリアンもそれを汲み取ってくれたのか、くすりと笑った。

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