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青の物語 ~その大陸で最も平凡な伝説~  作者: 広越 遼
第一章 ~伝説の始まり~
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 宿の外ではシュルシュルという滑車を滑らす音がしていた。ティナへと運ぶ全ての物資はこの場に一度集められて、トンネルの中央を通るロープウェイでティナの街へと運ばれる。鼻の先すら見えない闇を、まさか馬車では進めないのだ。

 人力で動くロープウェイにはいくつも袋が吊るされていて、その中に積み荷を下ろすと自動でティナへと物資が届く。初代トップが考え出した仕組みだったのだが、何分長いトンネルだ。彼が生きているうちには完成しなかったというのも有名な話だ。これが完成してから百年近く時の経ったこの時代でも、いまだにアーティスとティナの交易はこの仕組みにより成り立っている。


 ロープウェイは四人のアレーの手によって、昼夜を問わず動かされている。ロープの先がトンネルのすぐ前に建てられている小屋へと向かって延びていて、その中で彼ら四人が交代で絶えずロープウェイを操る。ティナへと運ぶ多量の物資はそうでもなければ運びきれない量なのだ。四人のアレーは四日に一度はロープウェイの動きを止めて点検をする。彼らはそれを動かす労働力であると同時にロープウェイを管理する職人でもあった。


 ルックとリリアンがそんな小屋の前を通るとき、ちょうど小屋から出てきた男が二人を見とめ声を掛けてきた。


「早いなぁ、お二人さん。今日ここを通るのはお二人さんが初めてじゃないかな?」


 黄緑色の坊主頭でがたいのいい男だ。歳は四十前後といったところか。彼はにこにこと愛想のいい笑みを浮かべていた。

 ここまで至る公道は人通りも多いが、物資はここで止まるのだ。アーティスからティナへと進む人は実はそう多くはない。


「ええ、ちょっと厄介な仕事を受け持ってて」


 男の言葉にリリアンも微笑んで答える。


「ちょっと聞きたいんだけど、私たちの前にアラレルが通ったわよね。いつ頃か分かる?」


 リリアンの言葉にルックは不思議そうに彼女の顔をうかがった。そんなルックの視線に気付き、リリアンはちょっとねと言うように笑って見せた。


「アラレルかい? あの人なら昨日のちょうど今ごろ通って行ったらしいよ」

「そう、ありがとう」

「おう、どうも」


 リリアンは男に礼を言い歩き出す。男も少し彼女の質問に疑問を抱きはしただろうが、久しぶりの非番なのだろう。いそいそと彼らとは反対方向へ歩いていった。


「アラレルがどうかしたの?」


 男が見えなくなってからルックはリリアンに問いかけた。


「ええ、あまり出くわしたくはないって思って。私は元々敵として現れたんだし、いきなり斬りかかられないとも限らないわ」

「それは心配しすぎだよ。アラレルは事情も聞かずに人を殺すようなことはしないと思うよ」

「用心てやつよ。取り越し苦労ならそれに越したことはないわ。でもできるならこのトンネルですれ違ってしまいたいわね」


 そう語るリリアンを見て、ルックは彼女がアラレル自体を怖れているのかもしれないと考えた。リリアンは大抵のアレーよりも大分強い。油断をしなければまず遅れを取ることはない。ライトの剣のことなどは言わば事故のようなものだ。普通なら彼女を脅かすものなどそうはない。そんな彼女だからこそアラレルのような存在が恐ろしいのではないだろうか。


 それを彼女自身に尋ねることはためらわれたため、ルックは心の中で自問した。


 そんなことを考えてリリアンの後を歩いていると、ルックの右手にリリアンが手を重ねてきた。暗いトンネルの中では互いの存在が希薄になり、闇へ対する潜在的な恐怖が台頭してくる。見えないから、嫌な想像ばかりが浮かぶのだ。そのためトンネルの中では一緒に行動する人たちと手を繋ぐ。そうしていれば万が一にもお互い離れることはない。

 リリアンの手は温かく、思いの外柔らかく、ルックの手に吸い付いてくるようだった。


 二人は深い闇を湛えるトンネルの中へと入っていった。トンネルでは特殊な力が作用して、いかなる明かりも灯せない。

 それはアーティーズ山に住まう神々たちの力のためだとか、太陽が与えるマナが行き届かないためだとか諸説ある。しかし、確かな理由は未だに解明されていない。とにかく外の日差しが届かなくなると、もうそこは立って歩くことすら難しくなるほどの闇だった。歩けば歩くほど外の空気は遠くなり、ひんやりとした風のない空気が辺りに立ち込めた。


「そう言えばルック、昨日私がなんで強いかって聞いてたでしょう? 教えてほしい?」


 このトンネルでは誰もが何か話したがった。そうしていないと自分がここにいることですら不安になってしまうのだ。ルックは人並外れた強さを持ったリリアンですらそうなのかと考えて、なぜか少し嬉しく思った。


「そうだ、ごめんね。昨日は聞いておいてすぐ寝ちゃったんだよね」

「ええ、あれにはちょっと笑っちゃったわ」


 リリアンの声はからかうような調子だったが、非常に澄んで聞こえた。何も見えない重たい闇でその声だけは気持ちよかった。


「本当はライバルを増やしたくないから秘密にしてるんだけど、誰にも言わないって約束するなら特別に教えてあげるわ」


 それはつまり、やり方さえ知っていたなら誰でもできる可能性があるということだ。ルックは彼女の言葉に驚いて、それと同時に期待した。もともと単なる好奇心から尋ねただけだ。自分がそれをできるだなどとは思っていなかった。


 実を言うと、マナの使い方はまだ知られていないものも多い。マナを使った体術も、開国の三勇士の一人アルが考え出すまで誰も使えないものだったのだ。マナを目や神経に当て人の視力の限界を越える術も、知ってさえいれば大抵のアレーであれば使えるものだ。


 話が逸れるが、本来ならばマナを使った体術が編み出されて、マナの可能性に気付いた多くの人が次々と新しいマナの使い方を編み出しても良さそうなものだった。けれどこの大陸では、とある理由によって進化というものが著しく止まっている。そのため実は私の生きた二千年後の時代でも、世界はそれほど変化がない。


 ライバルを増やしたくないからというリリアンの言葉も、実はとても大きな力の作用によるものなのだが、彼女たちにはそれは決して分からないことだった。驚くべきことは、リリアンがそのやり方を自ら編み出せたということと、それをルックに教えようとしていることだ。編み出すことは不可能とまでは言えないが、教え広めることは進化の止まった大陸で不可能と言っても差し支えない。とすればおそらく、進化を止める力が何かの理由で薄れているのだろう。


「誰にも言わない?」

「分かった。誰にも言わない」


 ルックは本心から誓う。

 本当はどうして僕にと喉の奥まで出かかった。しかしルックはそれでリリアンの気が変わるのを怖れ、そうは言えなかった。少し卑怯なような気もしたが、それでもそれは仕方のないことだろう。直接リリアンほどの戦士から教えてもらえる機会など、どう欲してもなかなか得られるものではないのだ。


「約束ね」


 彼女は言って話し始めた。

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