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青の物語 ~その大陸で最も平凡な伝説~  作者: 広越 遼
第五章 ~砂漠の旅人~
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 闇の大神官クラム。それはヒッリ教の信者たちが危険な敵として上げていた名前だ。さらに大陸全土で神の使いを討つ黒髪の二人組がいるという話も聞いた。ヒッリ教はそれを闇の神官だと予想していた。

 全てが合致する。彼らは何か自分たちを見つけるすべを持っているのだろう。キュイアが拷問されたのでも、自分たちの運が最悪だったわけでもない。もともと自分たちは狙われていたのだ。


 ダキスと名乗った神官はミンサスを無視してぶつぶつと長い名乗りを続けていたが、一つ目はもうそれを聞いていなかった。

 ミンサスが名乗りを続けるダキスを置いて、両手に黒い鉄の刃を生み出した。黒髪ならキュイアと同じ影の魔法師だと認識していたが、闇の信者はそうではない。ミンサスは鉄の魔法師なのだろう。


「ひひ、ひひ」


 ミンサスがどこか気持ちの悪い引き笑いをしながら接近してきた。三十歩の距離があったが、かなり速い。一つ目はとっさに腕で喉を守った。

 ミンサスの生み出す黒い刃が、一つ目の腕に刺さった。三段階目の祝福を受けた自分の腕に傷を付けたのだ。もしもこれが後ろの二人だったら、腕を落とされていたかもしれない。


「ぎゃっ!」


 ミンサスの顔が突然火に包まれた。自分ではなく、ヒーラリアか口無しが喚び出した火だ。しかし敵には一つ目の魔法だと思えただろう。的確な判断だ。


 熱さにもがくミンサスの腹に指で突きを放った。しかしミンサスは火が顔を焼いているのにも関わらず、その突きを身をひねってかわした。そして燃える頭をそのままに、一つ目に向かって頭突きを仕掛けた。大きく身をそらしての頭突きで、予備動作の大きさから一つ目は難なくそれをかわせた。しかし頭突きの勢いで顔の火が消えた。


「ダキス。こいつ子爵クラスだよ、助けてー」


 にやにや顔を張り付けたまま助けを求めるミンサスに、一つ目は苛立ちを感じた。戦いが始まったのにぶつぶつとつぶやき続けるダキスも腹立たしかった。


 闇に深く染まった人間は狂う。一つ目は強い信念ガラークがそう言っていたことを思い出した。このときまでそれを試練に失敗した同族の起こす、狂暴化した状態を意味して言ったのだと思っていた。

 だが違った。一つ目は闇の神官二人を見て理解した。闇の信者の狂うというのは、思考や感情など、人としての軸が狂うのだ。どう見てもこの二人はおかしい。人間のことなどほとんど知らないが、人間が自分たちと同じように感じ、考えることは知っていた。だから明らかにこの二人がまともではないと分かった。


「ひひ、無視されちゃったー」


 言いながら再び黒い刃が振るわれる。手数が極端に少なく、動きは雑だ。しかしこの破壊力は無視できない。一つ目は反撃はせず、一つずつ丁寧に対応をした。敵は雑な動きながら、火に焼かれないよう大ざっぱに位置を変えて戦っている。

 神官ということなら戦士ではないのだろう。しかし動きの速さと力強さは自分よりも確実に上回る。技量の差がなければすでに一つ目は敗れていた。


 もし今ダキスに参戦されたらまずい。一つ目は今の内にミンサスを倒さなければならないと感じた。多少の危険を省みず、踏み込む。ミンサスの黒い刃が横なぎに腹を裂く。しかし一つ目はさらに踏み込み、ミンサスの右肘を掴んだ。

 一つ目の動きの変化に、ミンサスはまた引き笑いを漏らした。


「ひひ、やっべえなぁ」


 一つ目は目一杯力を込めてミンサスの肘を握り潰した。ミンサスは悲鳴を上げて暴れたが、またすぐに気持ちの悪い引き笑いを始めた。

 ミンサスの左手が一つ目の右肩の上から首を狙って突き立てられる。一つ目は掴んだ右手を強く引き、ミンサスの体勢を崩した。そしてそのまま地面に投げつけた。


 ミンサスは恐ろしく速いが、弱い。そう思った。しかしミンサスはすぐに起き上がって距離を取ると、黒い剣の魔法で壊れた左肘を覆う。そして何事もなかったかのように左手を振り構えながらまた肉薄してきた。


 一つ目はミンサスの駆ける地面を水を喚び出してぬかるませた。左足を滑らせミンサスは大きくバランスを崩す。しかし右足の脚力だけでなんとか踏みとどまると、足にも黒い鉄の魔法を装着した。足の裏がトゲ状になり、ミンサスはぬかるみに足を取られることなく再び駆け寄ってくる。

 一つ目は真っ向からミンサスを迎えた。ぬかるみと足の重たい装剣の魔法で、ミンサスの動きは先ほどよりも確実に遅い。一つ目はそれに勝機を感じ取ったのだ。

 しかし突然ミンサスの前に黒い穴が開いた。地面に開いた穴ではない。空気が大口を広げたかのように、空間に穴が開いたのだ。


「ぎゃっ!」


 ミンサスの声が一つ目のすぐ後ろから響いた。

 慌てて後ろを振り返ると、いつどうやって回り込んだのか、そこには黒い刃を大きく振り上げるミンサスがいた。

 そしてどうしてこの奇怪な現象を予測したのか、ミンサスの腹を、口無しの腕が後ろから突き貫いていた。紅い目を光らせる口無しが、内蔵をえぐり取るように腕を引き抜く。

 ミンサスの腹の穴が鉄で覆われる。にやにや笑いは顔に張り付いたままだが、その目が初めて真剣味を帯びた。


「ミンサス、離れろ。離れなければさらばだ」


 仲間の負傷を意に介さず、ダキスが淡々とそう言いながら魔法を放った。黒い霧がダキスを中心に周囲へ広がる。


「毒霧はないっでしょーっ!」


 変わらず節を持った口調だが、ミンサスが必死でその場から跳び離れた。ヒッリ教が最も警戒するべきと言っていた、毒霧の魔法だ。ガラークに一度見せられたが、そのときよりも圧倒的に速い速度で霧が襲う。


 ミンサスの言葉に命を救われた。毒霧の魔法についてはガラークから説明を受けていた。霧に見えるそれは、麻痺毒か致死毒を持ったキノコの胞子だというのだ。一つ目は冷静に水を喚び出し、雨のように周囲に大量の水をばら撒いた。水は毒霧を洗い流した。

 それと同時に口無しがダキスに駆けた。今までの一つ目の戦闘を見ていなかったのか、男爵クラスの口無しには闇の神官の相手は危険すぎる。ダキスの強さがミンサスと同程度かは分からないが、大柄でたくましい体つきのダキスは、ミンサスよりも戦闘を知っていそうに見える。


 すぐに口無しを追いかけようとした一つ目だが、その前に再びミンサスが立ちはだかった。左肘を破壊され、腹に穴を開けられたというのに、その動きは相変わらず力強い。

 しかも一つ目は、あの謎の空中の穴にも警戒しなければならなくなった。とても口無しへ救援に行ける状態ではなくなった。


 結局一つ目は、自分が間抜けに終始驚いてばかりだったように感じた。


 何が起こったのか見逃してしまったが、口無しがダキスの喉を切り裂いたのだ。一つ目が目を見開いたのを見て、ミンサスも振り返ってそれを確認した。


「うおーいおいおい! ひひっ、ダキス死んじゃったよー」


 仲間の死を笑ったミンサスは、ダキスに向かって手をかざした。すると切り裂かれたダキスの喉を鉄が溶接し、肌の焼ける醜悪な臭いがした。


「逃げる? 逃げるよね。早くユリマのとこ行かないと、どっちもほんとに死んじゃーう。ひひ」


 その発言の間には、すでに再び黒い穴が二つ開き、それぞれミンサスとダキスを飲み込んで消えた。

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