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青の物語 ~その大陸で最も平凡な伝説~  作者: 広越 遼
第一章 ~伝説の始まり~
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 アーティスは七大国の中では二番目に国土が狭い。だが、土壌に恵まれ非常に豊かな国だ。ヨーテスとカン帝国に面する北と西は未開拓の部分もまだあるが、国丸ごとを養ってなお余りある農村部が広がっている。国の南部は広大なる森人の森があり、南部の町は木工業が盛んだった。そして森人の森を抜けた先には、頂上のない山、アーティーズ山がある。


 アーティーズ山はかつて、この大陸の南の果てと思われていた。頂は雲の向こうの遥か先で、頂上を見た者はいない。迂回路の東西は海に阻まれている。そのためこの山は過去の人たちが南へ行くのを、完全に拒んでいたのだ。

 しかしだからこそ人の好奇心はくすぐられ、何度も視察隊や冒険家が船で旅立っていった。しかし海路は陸路以上に異常な自然に阻まれていた。「山の向こうの海に滝」それは、難題が重なるという意味の慣用句として今でも使われている。


 そう、アーティーズ山の向こうでは、海から滝が流れ落ちているのだ。


 分かりやすく言うと、アーティーズ山の南にとてつもなく広い穴が空いていて、そこに周りの海から水が流れ落ちているのだ。不思議なことに穴には決して水が溜まることはなく、滝はどこまでも流れ落ちていく。しかしその穴には底があり、穴の底に広大な土地があるのだ。海面よりも下にある、滝に囲まれたその土地がティナ半島だ。


 アーティーズ山の南にティナ半島があることを、昔の人は知らなかった。頂上のない山と海の滝に囲われたその半島は、狂人カスカテイドダストが、アーティーズ山の絶壁を渡るまで知られずにいた。


 余談だが、伝説どおり狂人カスカテイドダストは、全くの素手でその絶壁にしがみつき、十九日もかけてアーティーズ山を攻略したのだ。マナを操り運動力を高める手法はその当時まだ存在しない。自分ひとりの力だけで、徒歩で一日がかりの距離を渡りぬき、また戻ってきたのだ。


 ティナはアーティス国丸ごとよりも広大な土地だった。当時ほぼ大陸全土を支配していたキーン大帝国はそれを欲した。そのためにその存在が知られてから二十年あまりかけて、アーティーズ山にトンネルを掘ったのだ。その行為こそ、大帝国を滅びへ導く引き金だったのだが、それはまた別の話だ。

 かつては無人だった半島は、そのトンネルを通過して多くの人が移民した。今アーティスの南に位置するその半島は、どこの国にも属さないティナ街として大陸全土に知られている。


 ルックらが今目指しているのはそのティナ半島だ。正確に言うとティナの豪族、トップの元だ。

 スイラク子爵領から戻るとすぐ、アラレルが青の書を持ってルックたちのチームを訪ねてきたのだ。

 青の書をルックたちに託し、元来一匹狼の彼は、赤の書を持ってひと足先に出立した。


「何人か分かるか?」

「え? あ、えっと、足音は三つ聞こえるけど、敵なのかな?」

「二人じゃない? 一人は普通に歩いてる感じだけど、あとの二人はどこか慎重な気がするから」


 ティナへの道中、アーティス南部、森人の森。物資を輸送するための公道からは少し逸れ、道のない足場の悪い樹海。そこは鬱蒼とした木々が日差しを遮って、暗くて不気味な場所だった。

 その樹海でルックとライトとシャルグは、一度も後ろを振り返らずに小声で話す。後ろからは三つの足音が聞こえてくるが、ルックが言った通り、一つは足場の悪さに苛立つように物音を立てながら進んでいて、残る二つはどこか忍ぶように足を運んでいる。


「やっぱり敵だよね?」


 ライトはシャルグの言葉で初めて尾行に感付いて、不安そうな表情をした。それから背の高いシャルグを見上げて指示を待った。シャルグが年長だというのもあるが、ライトはもとよりシャルグを心の支えとしてるのだ。


 公道は人の通りがとても多くて、敵の気配を捕まえにくい。そのためにわざわざこんな進路を選んだ。その用心はどうやら無駄にはならないようだ。


「ああ、カンの刺客だ。迎え撃つぞ」

「どうしてカンなの? ヨーテスじゃないんだ」

「ヨーテスは森の国だ。もう少し近くまで足音を気取られずにやってくるだろう」

「そっか」


 ルックとシャルグは何気なく会話をしながら剣を抜く。シャルグは勿論、早くにフォルの資格を得ているルックは、ライトよりはるかに多く実戦を経験していた。対してライトは、フォルになって日が浅い。前述通りライトの年齢でフォルになれるということは、決して弱くはないのだが、経験の差はいたしかたない。


 ルックとシャルグが剣を抜き、少し遅れてライトも剣を手に取った。ライトの剣は、鞘のない、抜き身の剣だ。つばもなく、その刀身は金色で、よくよく見ると柄の部分もさらしの布を巻くだけの異様な形の剣だった。


 ルックはその身長に似合わない大きな剣を、鞘ごと外し抜き放つ。食糧の入った袋をぶら下げた大鞘を地に投げて、堂々と構えた。手慣れたもので、その一連の動作は速く、いともあっさり戦闘態勢を整えた。


 そして、シャルグが持つのは、短刀よりは少し長めの細身の剣だ。黒装束の腰に吊す黒い鞘から抜き出したのも、よく研ぎ澄まされた黒刀だった。


 もともと彼は暗殺者だった。

 暗殺者というものは、特にシャルグのしていたような剣で任務を行う暗殺者には、類まれなる体術が必要だった。何よりも、標的が助けを呼ばないうちに迅速に成し遂げなければならないのだからだ。シャルグはそんな暗殺者らで特に際立つ体術を持っていた。それに加えて、音も光もない影の魔法を操る彼は、アーティス一の殺し屋だった。


 シャルグは鋭いその眼で後ろを向いた。敵の姿はまだ三人には確認できない。しかし、後ろにあった足音二つが、彼らの動きに合わせるように、止まった。

 瞬間、すさまじい木擦れの音を伴って、茂みを縫って、二人の男女が躍り出る。


「はっ!」


 男はシャルグに、女はライトに飛び掛かる。

 男の第一撃をシャルグはその黒刀で受け、逆に男を弾き飛ばした。ライトは後ろに大きく飛び退けて、女の攻撃をかわす。

 後ろへ跳んだライトに向かい、女はすかさず突進をかけ、次なる剣をライトに振るう。絶妙な間合い、ライトは姿勢を正す間もなく、女の第二撃を受けなければならないかに見えた。しかし、ルックはすでにマナを溜め終えていた。


「石投!」


 勢いよく、拳大の石が女に向かって飛んでいく。

 女はその攻撃をかわすためライトへの攻撃をあきらめた。しかし、かわす動作から流れるように、今度はルックへと矛先を向け走り出す。


 まずい。


 本当は、今の石投を女がよけられるとは思っていなかった。自分を無視しライトに向かっていったので、敵は周りの見えなくなるタイプだと踏んでいたのだ。しかし石投を難なくとよけルックに向かってくる動作は的確だった。女はあれほどの速度で動きつつ、さらに周りのことを見る余力を残している、一枚上手の戦士だったのだ。


 ルックは女の攻撃に備え剣を上段に構える。しかし、女の実力はルックよりも明らかに上だ。そのことがこの一瞬の動きでルックには分かってしまった。どう考えても、女の攻撃を無傷で受けきる自信がなかった。こうまで素早く攻撃を繰り出されては、魔法も活躍する場はない。

 不得意の剣で何とか時間を稼ぎ、もう一人の敵を倒したシャルグの援護を待つしかない。そのため、シャルグの方の戦況を確認したいと思った。しかしもうその余裕はなさそうだ。数瞬でルックとの距離を詰めた女は、ルックに剣を振り下ろそうとした。


 だが、女が剣をかかげ、今まさにルックに向かって振り下ろそうとしたときに、見覚えのある黒刀が女の脇腹に突き刺さる。

 女は驚愕の視線を右へと向けた。そこには仲間の男をいともあっさり片付けて、彼女の体に刀を突き刺す、鋭く黒い目があった。

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