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青の物語 ~その大陸で最も平凡な伝説~  作者: 広越 遼
第五章 ~砂漠の旅人~
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「そういえばルーン、聞くまでもないことだろうけど、ルーンだったら俺とルックの贈り物、どっちがもらって嬉しいと思うかい?」


 しばらくしてクロックが機嫌を直すと、彼はルーンにそう質問をした。ルックとの勝負の勝敗を確かめようというのだ。

 勘のいいルーンは、その質問だけで全てを見通したようだった。


「あ! ルック、そんあ勝負してたんだ。リリアンに告げ口しちゃお。私だったらそんあ遊びで選んだものより、クロックの人形のほうあいーな」


 ルーンの指摘はもっともだったが、勝負に関係なくルックは真剣に贈り物を選んだ。だから告げ口をされても構わないと思った。それに最初から純粋な気持ちで贈り物をしようと思っていたクロックに、別に勝つ必要はないと思った。


 クロックとミクの人生は、ほんの少し交差しただけだ。そのほんの少しを大事に思ったクロックこそ勝者に相応しいだろう。筋道を立てた理論ではないが、そんなことを考えた。


 クロックはやはりミクのことを大切に思っているのだろう。それが恋愛なのかは分からない。そもそもミクの気持ちも恋愛かどうかは知らない。ただお互いがお互いを特別に思っているのだ。それはとても素晴らしい関係ではないかと思った。


 だけど、クロックもミクも、きっと約束を交わすことはないんだろうな。


 ルックはそんなことを考えた。ルックがライトと交わした誓いのようには、二人はお互いを縛る言葉を残さないだろう。それがお互いに対する思いやりで、贈り物こそが二人にとって最大のエゴだったのだ。

 そのときふと、ルーンに言葉を返さず考え込んでいる自分に気付いた。ルーンの方を見てみると、彼女はそんなルックを気にしていないようにイークと違う話を始めていた。


「お、ルックの考えがまとまったみたいだぞ」


 からかい口調でイークが言った。また自分が考えすぎなことを揶揄しているのだ。ルックはそれに自嘲ぎみな笑みを返した。今回は自分でも考えすぎたことを自覚していたのだ。


「約束はわがままなんだよ」


 おどけた口調でルックが言うと、イークがぽかんとした顔をした。クロックがそれにくくと笑う。


「どうやったら勝ち負けの話がそんな結論になったんだい?」





 ルックたちが進む南の商路には三十の街がある。男爵クラスのチームと遭遇してからは戦闘のない道中だった。しかし彼らは道中それぞれ自分に何ができるかを考え、型の見直しなど、移動しながらできる鍛練を重ねた。


 ルックは鉄空と加熱の組み合わせ以外に大きな成果は得られなかった。闇の神官となったクロックは自分の動き方を修正した。ルーンは新たな魔法を考えついたらしく、実現に向けて何やら研究をしているようだった。


 最も成果を上げていたのはリリアンで、道中何度もイークたちと立ち合い、体術の魔法の精度を高めていた。


 ロロも意外な技術を得ていた。戦闘には関係ないことだが、彼はなんと馬術を習得したのだ。二十八個目の街を過ぎてからはロロがラバを走らせるようになった。イークのように熟練の腕前ではないそうだが、充分に問題のない走行だ。馬術に関しては少し前にイークからコツを習っていたのだ。


「要はさ、ラバの気持ちを想像すんだよ」


 ルックには全く意味の分からない説明だったが、ロロには理解できたらしい。背の高いロロには丸馬車の中が窮屈だったらしく、それからはずっとロロが手綱を握っていた。


 平和な道中だったが、一つ困ったことがあった。イークが街々でルックの英雄歌を歌うのだ。王宮に滞在していた吟遊詩人スビリンナは、快くルックの歌を教え広めているのだという。

 スビリンナと比べればイークの歌声は雄々しくも猛々しくもないのだが、途中で寄った食堂や飲み屋、宿の宿泊客などには大変ウケが良かった。


「絶対イークは僕への嫌がらせのためにあの歌を覚えたんだ」


 ルックがルーンに愚痴をこぼすと、ルーンは楽しそうに笑ったあとにイークへ歌を習いに行った。


 二十九個目の街でルックは夢を見た。それは不思議な夢でもなんでもなく、本当にただの夢だった。理由は思い出せないが、夢の中でリリアンが死んだ。それだけは絶対に嫌だと、これは夢だと思いながら目を覚ました。


 耳に響くほど鼓動が高鳴っていた。


 目を覚ますとそこは宿の一室で、周りでは思いおもいの格好で仲間たちが眠っていた。

 ちょうどロロも寝ていたときのようで、リリアンとルーン、クロック、ロロ、イークたち四人の寝息が感じられた。

 そしてそれとは別の気配を一つ感じた。

 最初はビーアの気配かと思ったが、それともまた違う気配だ。そもそも気配などをここまで敏感に感じられるのは不思議だった。


 ルック!


 私はルックに呼びかけた。

 黒い気配を漂わせたルックは、しかし私の呼びかけには答えなかった。彼は寝ぼけていたのだろう。そのまま、またベッドの中に潜り込み、静かな寝息を立て出した。黒い気配も消えている。




 そして次の日、ルックたちは三十個目の街へたどり着いた。街からはすでにオルタ山地が見えている。それは雲よりも高い頂上を持つ山も多い、壮大な山地だった。この先にはもうアルテスの街はなく、次にあるのは山あいの鉱業の都市だという。そこはすでにフィーン帝国国内だ。

 気付けば年も明けていて、季節は寒季に入っていた。年が明けたということは、闇の大神官たちが世界の歪みを止める儀式を行う日まで一年を切ったということだ。なるべく早くあの山地で全てを知る者に会い、テスのメスについてを知らせなければならない。山地の攻略には苦労をしそうだと思えたが、ルーンのこともあるのだ。時間をかけたくはなかった。


 砂漠の東側はオアシスとオアシスの間隔が短く、宿に泊まれる日の方が多かった。全員が充分に疲れを落とし、万全な体調だった。

 ルックたちはこの街でイークたちとは別れることになっていた。これからイークたちは各国を回り、アレーが多く集まる場所に強力なルーメスが現れやすいことを教える役目があるのだ。


「イークたちは次にどこへ向かうのかしら」


 街には明け方に着いたが、一行は一泊だけ宿を取った。全員で一つの大部屋を取り、イークたちとの最後の日を惜しんだ。たったふた月一緒に旅をしただけなのだが、ザッツとヒルドウ、ジェイヴァーとナーム以上に、彼らとは別れたくないと思えた。

 リリアンが遠くを見るような目をして、イークたちのこれからの予定を尋ねる。


「とりあえずはフィーンの帝都だな。あの国はしょっちゅう貴族同士が戦争してるかんな。少し西に戻ってフィーンの南部から入る予定だってさ」


 ほとんどの場合、その戦争ではアレーの数は百を超えないらしい。それでも知らせておいた方がいいのは間違いない。ルーメスの大量発生はすでに大陸規模の災害になっている。協力を惜しまれることはないだろう。


 彼らのこれからの旅は、一番旅に反対していたヒールが先導するらしい。ヒールが一番地理や他国の情勢に詳しいためだ。ルックにはそれがなんとも皮肉な気がした。しかしそのヒールもすでにあきらめが付いているようで、イークたちと同じくまだ見ぬ世界へ明るい目を向けていた。


 彼らの一歩一歩もいつか歌になるのだろうか。


 ルックはその目を見たときそんなことを考えた。

 純粋にもしも彼らの旅が歌になるなら、それは是非とも聴いてみたいと思えた。自分の歌には困り果てていたが、英雄譚を楽しむ人々の気持ちには共感できる。きっと彼らなら、ルックが憧れを抱くような素晴らしい物語を紡ぐのだろう。

 そんな風に思った。


「ヒッリ教にはお互いに気を付けましょう。特にヒール、あなたは砂漠以外での戦いを知らないわ。くれぐれも一人にはならないようにして」


 自分たちの旅も、彼らの旅も、決して安全な旅ではない。またいつかどこかで会おうとは誰も言い出さなかった。


 鋭い顔つきの第一王子イークは、気怠げな言葉を軽快に操り、人の悪い冗談を言う。


 高級文官の家系に生まれたヒールは、素朴で特徴のない地味な顔を呆れさせ、叱るように文句を返す。


 この国の司祭長と近衛隊長に少年のように育てられた女性ミクは、その妹の膝まで伸ばした白い髪の少女ユキの耳打ちを皆に伝える。


 また会おうとは言わなかったが、ルックはまた彼らと会うことがあるのだろうと、確信めいた予感を得ていた。その予感は単なるルックの希望だったのだろうか。それとも誰でもない少女の感じる未来の予知なのだろうか。


 一人ずつにアドバイスをする旅の女戦士。それにいちいち同意しうなずく異端者。そんな二人を心配性だとからかう呪われた少女。その頭の上で関心なさそうに羽根を休める鉄の舞姫。自分も気の利いた助言をしようと、余計な口を挟む導きの陰法師。


 北西の空に浮かぶ巨大なマナが、次第にその明るさを弱め始める。否応ない時の流れに逆らうことなく、砂の舞う砂漠に夜が訪れた。王国南部はザーザーと絶え間ない音に飲み込まれる。昼に巻き上げられた砂が、夜の間に再び大地に舞い降りるのだ。そんな、人には計り知れない自然の中で、それに抗うようにぽつりぽつりと青い光を浮かべる街々がある。海のように青く、ゆららかな光のオアシスだ。その内の一つ、その中の小さな宿の一つの部屋で、彼らはそれぞれのことを思いやり、決して脆くない友情を確かめ合った。




 私はただの傍観者だ。ルックたちに関わることはできない。ルックたちの友情に加わることは決してない。

 しかしもし、この時代のこの場所に私がいられるとしたら、必ず彼らに声を掛けただろう。みんなの名前を何度も呼んで、冗談を交わし、時にはケンカもするかもしれない。それから彼らにこの後降りかかる困難や悲劇を、できる限り取り除こうと手を尽くすのだろう。そしてきっと彼らと同じ喜びや感動を、同じ心で共有しただろう。


 私にとって真実の青・ルックはただの伝説ではない。物語の中の登場人物でも、冒険譚を織りなした英雄でもない。

 しかしそれでも過去の人物なのだ。関わり合うことは決してない。


 だから私にどれだけ力があったとしても、彼らの運命を変えることなどできないのだ。

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