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ルックがその露店に近付くと、主人の女商人が声をかけてきた。女性用の品物ばかりを扱う露店のようなので、すぐに贈り物だと分かったらしい。
「はい。できれば相談に乗ってもらいたいんですけど」
「ああ、もちろんだよ。それが私の仕事だからね。贈る相手はどんな人だい? 君との関係や好みなんかだ」
女商人は快くルックの申し入れを受けてくれて、早速詳しい情報を聞いてきた。それは丁寧な対応で、時間的にもルックはこの店で買おうと決めた。
「旅の仲間なんです。僕と同じアレーで一流の戦士です。歳は十八で、上手く言えないけどとても大人びた人かな」
「恋仲かい?」
「はは。違います。もちろんとても素敵な女性ですけど、うーん、友達とは違うし、なんて言うんだろ、頼りになる人なんです」
ルックの曖昧な回答に、女商人は訳知り顔で頷いた。それからルックの予算を聞いて、二つの商品をお勧めしてくれた。
一つは髪飾りだ。桃色の小ぶりな宝石を銀細工の縁取りが飾り立てている。そこから表面を綿状に加工したカーフススの糸が二本ぶら下がる、可愛らしいデザインのアクセサリーだった。カーフススの糸には呪詛の魔法が籠められていて、劣化しにくくしているらしい。そのため値の張る品物だと思われた。
もう一つは丸い手鏡だ。手鏡も製造課程に鉄の魔法が必要なため、安価な物ではない。さらに縁と裏面の銀盤には繊細な彫刻が施されている。
「この彫刻は何をモチーフにしてるんですか?」
彫刻は抽象的なデザインで、見ただけではどのような意味の彫刻なのかは分からなかった。
「これはティナの彫刻家ハディンがフィーン時代の絵師キーテニアの抽象画を彫ったものなんだ。元になった絵の題名は精霊の森だよ」
ルックはハディンもキーテニアも知らなかったが、森というのがリリアンには合う気がした。それに髪飾りはリリアンには可愛すぎると思い、手鏡を選ぶことにした。
「この手鏡にするよ。いくらかな?」
「手持ちはフィーン金貨って言ったっけ?」
「ううん。キーン金貨だよ」
「ならそれを三枚でどうかな?」
キーン金貨三枚はかなりの大金だった。しかしルックは値切りはせずにその値段で承諾した。
「おや? 君はアーティス人じゃなかったのかい?」
金貨を渡したときに女商人にそう尋ねられた。なぜ見抜かれたのかは分からなかったが、商人にはそうした目利きの力が必要なのだろう。
「うん。アーティス人だけど、どうしてですか?」
「はは。いやね、アーティス人なら値引き交渉をするかなって思っていたんだよ」
「ああ、これを贈る人があまりそういうの好きじゃないみたいなんです」
女商人の言うとおり、ルックにはまた交渉をしたいという気持ちはあった。けれどリリアンへの贈り物を値切るのは何かおかしい気がしたのだ。
「あれ? もしかして高めの値段を提示してたんですか?」
「さあ? どうだったかな」
女商人はずるそうな笑みでそうとぼけて見せた。
旅をしているとアーティス人はけちだという声も聞こえてくる。しかしルックは交渉事が好きなだけで、実際に値段に頓着しているわけではない。
「次からは銅貨三枚で買うことにします」
ルックの言葉に女商人は笑い声をあげた。
それから待ち合わせの時間より少し早く戻ったルックだが、クロックは先に戻っていた。
クロックが買ったのは消費するものではなく、木彫りの人形だった。
シンプルなデザインだったが、かなり手の凝った作り物だ。大きさは手のひらの上に立たせられるくらいのもので、肩や肘や手首、首や腰や膝など、人の関節がある部分が動かせるようになっている。顔は目と鼻だけの簡素な作りだが瞳はカットされた琥珀色の宝石だった。
ニスを塗られて焦げ茶色の体に、小さな半袖の短衣と半ズボンを着ている。
洒落た物とは言えないだろうが、ルックにはそれを買ったクロックの気持ちが分かった。
「なんだろう。なんか具体的には言えないけど、惹かれるものがあるね」
「だろ? 俺も一目惚れしたんだ。単なる迷信だけど、アルテスのここよりだいぶ北の方の木人形なんだってさ。所有者の身に降りかかる危機を身代わりに受けてくれるっていう呪い品らしい」
ルックとクロックはお互いに買った品を褒めあいながら宿に帰った。部屋ではすでにロロ以外の全員が寝ていた。ビーアもルーンの眠るベッドの隣でじっと動きを止めている。
ロロにも二人が買った贈り物は好評だった。特にルーメスの世界で身代わりの人形というのは、よく贈り物に選ばれる品なのだという。ロロの生まれた辺境ではそれほど出回ってはいないが、集落を作るような大きな群れでは似たような石人形があるらしい。
夕方全員が目覚めたとき、早速ルックとクロックはリリアンとミクに品物を贈った。
ルックの贈り物にはリリアンは意外そうな顔をした。品物がではなく、贈り物をしたこと自体に驚いたようだ。
「ありがとう。嬉しいわ」
「彫刻は精霊の森っていう絵画が元になってるらしいよ」
「ええ。知っているわ。本物も一度見たことがあるけれど、たぶんヨーテスの森を描いた絵よ。私には芸術なんて少しも分からないのだけれど、懐かしい気持ちになる絵だったわ」
リリアンは手鏡をとても喜んでくれた。大事にすると約束をして、深く笑った。
しかしクロックの贈り物のほうは思っていたのとは違う反応を返されていた。
ミクは喜んでいたが、木人形をひと目見たユキがくすくすと笑ったのだ。
「おいユキ。笑ってくれるな」
ミクも笑われる理由が分かるのだろう。そう妹をたしなめる。
何が問題なのか分からずクロックと目が合うと、それを見たヒールまでも笑い始めた。アルテス特有の理由があるのかと思ったが、ルーンも面白がるような表情でいて、逆にイークが不思議そうな顔をしていた。
「何かだめだったのかな?」
ルックが尋ねると、リリアンも首を傾げた。彼女も普通の贈り物だと思うらしい。
宿を出ると、薄暗くなった街では家々の屋根が青く光っているのが分かった。本格的な夜になる前に、一行は馬車に乗り込んだ。
ミクが御者になり、ルックの馬車にはクロックとルーンとイークが乗った。
「なあルーン。さっきのクロックの贈りもんさ、なんが変だったんだ?」
馬車の中でイークがルーンにそう質問した。ルックも興味があったし、一番気にしていたのはクロックだろう。ルーンの回答を三人で待った。ルーンは珍しく言葉を選んでいるのか、考えながら口を開いた。
「ぜんえん変やないよ。だけどちょっと子供っぽあったの」
「そうなんか? ああいう御守りって大人も持ってるぞ?」
「んーん、そうやなくて、男の子が好きなものなお。クロック、関節が動くの、かっこいいと思ったでしょ?」
「ん、ああ、思ったかもね」
クロックはまだ不思議そうにしていたが、ルックはルーンの言いたいことが分かった。あの木彫りの人形は確かに女性が好みそうな可愛らしいデザインのものではなかった。ミクのために選んだものなのに、クロックの好みに寄った品物に見えてしまったのだろう。しかもそれが町の男の子が喜びそうな品物だったからこそ、ユキたちはおかしく思っていたのだ。
「けど所有者を危機から守るっていうのは? それは別に男の子が好きそうなものじゃないよね?」
ルックが尋ねると、ルーンはまた考えながら口を開いた。
「んーとね、だから別に変やないの」
ルックはその説明で全て得心がいって、曖昧な苦笑いをしながら頷いた。
「なるほどね」
クロックも段々と理解してきたようだ。しかしルックと違って笑われた彼には腑に落ちないものがあったのだろう。憮然とした顔をしていた。
「そういうことか。はは。まあミクが喜んだんだからいいじゃんか」
イークはクロックを慰めるようにそう言って、快活な笑い声をあげた。




