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青の物語 ~その大陸で最も平凡な伝説~  作者: 広越 遼
第五章 ~砂漠の旅人~
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「アーティスやヨーテスには誕生日に贈り物をする習慣はないんですか?」


 宿の部屋で料理の完成を待っている間、ヒールがそんな質問をした。ルックには誕生日と贈り物というのが特に結び付かなかったが、リリアンがそれに答えた。


「誕生日に贈り物をするのはフィーンの習慣よ。私も昔フィーン人の仲間に贈り物をもらったことがあったわね」

「そうなんですね。アルテスでも誕生日には花を贈ったりするものなんです。この国はフィーンとの国交が盛んなので、そこから取り入れたものだったのかもしれませんね」

「アルテスにもその習慣があるのは知らなかったわ。ヨーテスの場合は部族によって違うでしょうね。私の家では誕生日は家族で三の刻から六の刻まで精霊にお祈りをしていたわ。私は一度も熱心に祈ったことはないけれど」


 ルックは子供の頃に読んだフィーン時代の騎士の物語を思い出してみた。しかし騎士が誕生日を祝うような場面は書かれていなかったように思えた。アーティス人のビースが書いた物語だったからかとも思ったが、あの聡明な首相がフィーンのそうした風習を知らなかったとは思えなかった。もしかしたらフィーン時代当時にはまだ贈り物という習慣はなかったのかもしれない。


「誕生日の行事なんて当たり前のことだと思ってたけど、時代や土地で色々変わるんだね」


 ルックが感慨を持って言うと、クロックとイークが少し馬鹿にしたような表情をした。


「また君はそんな難しく考えてるんだね」

「だな。王宮の教育係りの胡散臭い学者がおんなじようなこと言ってたな」


 二人の発言にリリアンが少し笑ったのを見て、ルックはとても心外に思った。

 学者というのは生きるのに役立たないことを研究する人たちだ。大昔、それこそフィーン時代などでは新たな発見を生む学者はもてはやされていた。しかし最近は文明を発達させるような大きな発見はもたらされていない。なので今の時代、学者の地位はそれほど高くない。

 ただ学者が日夜研究を続けているからこそ、法や税などの仕組みは洗練され、今の生活が成り立っているのだ。また哲学や心理学などの分野を収めた学者たちは為政者や貴族に高給で雇われるという。それに何より、世界の歪みを抑えているうちの一人は魔学者クォートで、もう一つはコールの大学だと思われるのだ。学者のようだというなら、誇りに思っても良いことのはずだ。


 リリアンに笑われてふてくされそうになったルックだが、ロロがルックの味方をしてくれた。


「考える大事だ。ルックたくさん考える。だから強いぞ」


 そんな雑談をしながら一時間ほど待っていると、ルーンがオーブンで丸焼きにした鳥肉を運んできた。甘辛い匂いが部屋に充満する。


「すごいです。アーティス料理なんて食べたことないですよ」


 ヒールがそう感嘆の声を上げたが、ルックはすぐにそれがアーティス料理ではないと気付いた。


 大皿の中央に乗る鳥肉はアーティス料理らしいと言える。しかしその周りにある蒸した米を炒ったサヒラという料理は、アルテス特有のものだ。サヒラの絨毯の上に鳥肉が鎮座しているような盛り付けだが、これもアーティス料理らしくはない。アーティスでは同じ皿に二つ以上の料理を盛ることはないのだ。

 食材にしろ調味料にしろ、ここでアーティスと同じものが手に入るはずはない。だからルーンが今まで食べたアルテス料理を自分なりにアレンジしたのだろうと思った。

 サヒラには砕いた豆が混ぜられていて、その豆の色で米は赤みがかった黄色になっている。豆は油の原料にもなるもので、サヒラは全体的にこってりとした味わいだった。そこに香辛料で爽やかな味付けをされたガッチ鳥が合わさる。


 食材としては三種類だけの簡単な料理だったが、慣れ親しんだルーンの味付けはルックの舌によく合った。

 イークたちにも好評だったようで、久しぶりにお腹が膨れるほど食べた。


「ルックたちのチームはいいなぁ。俺らは誰も料理なんてできないかんな」

「ですね。少なくとも私はイークが作った料理なんて絶対食べたくありません」

「ああ、それは私も食べたくないな。ん? ああ、ユキがヒールの料理も食べたくないってさ。はは。確かにヒールは案外大ざっぱだからな」

「心外です! 絶対イークよりはましなものを作れます!」


 食後はそんな会話をしながら食休みをした。話し方などは几帳面そうなヒールだが、道中で少し雑な行動も見受けられた。例えば彼女は丸馬車を引くラバに飼料をやる際、イークとミクとユキよりも分量を均等にはしない。ルックが後で足りなくならないか尋ねると、ヒールは「ちょっと多めに買ってるから大丈夫です」と笑うのだ。

 ルックはそんなヒールの作った料理を想像してみた。仮にイークよりましだったとしても、ルックはできればまともな料理を食べたいと思った。


「僕たちは僕とルーン以外は育ちが違うからね。一緒に育ったヒールたちより能力が偏ってないんだと思うよ」

「なるほどなぁ。確かに俺たちは小さいときからずっと一緒だもんな。はは。ほんとルックはよく考えるな」

「イークが考えなさすぎなんです」


 またからかってこようとしたイークに、今度はヒールが味方をしてくれた。

 自分が考えすぎなのはきっと子供のときからの癖なのだろう。シュールがそういう大人だったし、剣術に長けたライトに勝つためにはとにかく考える必要があったのだ。

 ルックは自分自身にそんな分析をし始めて、これこそが考えすぎなのだろうと思い至って苦笑いした。


「そうだ。クロック、君に贈り物をしてもいいかい?」


 ルックがそんなことを考えていると、ミクが箱を一つ取り出しながらそう言った。そして返事を待たず、それをクロックの前に差し出した。


「お、それは嬉しいね」


 クロックは目を丸くしてそう請け合った。


「はは。こんなみんなに祝ってもらったのは初めてだよ」


 クロックがミクから箱を受け取る。箱は両手で受け取れる程度の大きさの木箱だ。贈り物用なのか凝った意匠の箱だった。


「開けてみてくれ」


 ルックと同じく贈り物の習慣を持たないクロックに、ミクが優しい口調で言った。クロックはどこか遠くを見るような色を目に浮かべ、ミクの言葉に頷いた。それはリリアンがたまにするような達観した眼差しだった。

 木箱の中身は瓶だった。瓶は厚い深緑色の色ガラスで、中には香油が入っているらしい。ルックは香油を扱ったことがない。しかしクロックは手慣れた動作で瓶のふたを取り、手のひらに一滴油を垂らしてそれを自分の髪に塗り込んだ。


「どうかな?」


 クロックの気取った気障な口調はとても相応しかった。


「はは。少し君には甘すぎる香りだったかもな」


 照れたように返すミクの口調も、ルックには洗練されたものに思えた。

 ルーンもこのときはクロックのことを茶化さず、とてもいい香りだと褒めた。それにリリアンも肯定的に同調する。


「甘すいないよ。すっごういいにおい」

「そうね。クロックによく合っていると思うわ」

「うんうん、わあしもそう思う」


 ルーンが話しながら首を縦に振る。そのルーンの頭の上でビーアがくちばしの付け根を翼で擦った。ビーアに匂いを感じられるかは分からなかったが、それは嫌がるような素振りに見えた。


「はは。彼女には不評なようだね」

「ビーア、これとてもいい匂いだ」


 ロロが笑いながらビーアにそう指摘すると、ビーアはすました様子で顔を背けた。

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