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青の物語 ~その大陸で最も平凡な伝説~  作者: 広越 遼
第五章 ~砂漠の旅人~
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 南の商路は中央から東にかけてのほうがオアシスが多い。一日で二つのオアシスを過ぎることもあり、往来を行く馬車や旅人も多く見られるようになった。すでに半分以上の道程が完了しているのだとイークたちに言われた。

 ヒッリ教も大規模な襲撃は街中では起こしづらいと思われた。少なくともルーメスを連れての襲撃は人目の多い場所では難しいだろう。

 そのため一行はだいぶ肩の力を抜いて、旅を楽しむ余裕が出てきていた。


「そういえば、俺は明日が誕生日だよ」


 十五個目のオアシスを出発するとき、クロックが言った。

 ルックたちは旅の途中ではあまり月日に気をつかっていなかった。しかしクロックはこの街で日付を確認したのだろう。


「そうなんだ。そしたら明日でクロックは二十一になるの?」


 ルックは純粋に興味を持って尋ねただけだが、クロックはそれに不快そうな顔をした。


「君もどうせそうは見えないとか言いたいんだろ?」


 アーティスでは成人してから人は死に向かうという考え方がある。しかし闇の神官のクロックは人よりかなり寿命が長くなっているらしい。だからルックはクロックの誕生日は祝福してもいいのだと思った。そのためクロックの不機嫌な物言いには腑に落ちない思いだった。


「そんなこと思ってないよ。ちゃんと祝福するよ」


 ルックはそう言い返しながら丸馬車に乗った。御者のイークが「出発すんぞー」と声をかけ、ラバを走らせ始める。

 同じ馬車にはクロックとリリアンとミクが乗っていた。


「なんの話をしてたんだ?」


 馬車が走り始めると、ミクがそう問いかけてきた。ミクとユキの姉妹は一緒の馬車に乗ることが多いが、今回は別の馬車だ。元々馬車の振り分けにそれほどこだわりがあるわけではなく、今回はユキとルーンとロロ、ルックとクロックが馬車に乗る前から話をしていたためこのような配置になった。


「クロックが明日誕生日なんだって。二十一になるらしいんだ」

「ああ、その話か。昨日も聞いていたね。昨日その話でイークとルーンとリリアンがクロックをからかっていたよ」


 ルックはミクから話を聞いて、クロックが不機嫌な理由を知った。なんのことはない。ただのとばっちりだったのだ。


 僕はからかうつもりなかったのに。


 ルックはそう思ってクロックのことを少し睨んだ。


「確かにさ、俺は考えが足りないこともあると思うよ。だけど身長の話は違うだろ?」


 クロックはルックに訴えかけるようにそう言った。言われてみると、二十一ならもうクロックの成長期は終わっているということだ。十五歳のルックよりは背が高いクロックだが、彼は一般的な男性よりは小柄だ。


「あら、私は身長のことはからかってないわよ」


 リリアンが弁明するようにそう口を挟んだ。クロックはそのリリアンに恨めしげな目を向ける。


「それなのに不思議なことに君が一番痛烈な嫌みを言っていたね」


 リリアンはそれに余裕の表情で肩をすくめる。

 ルックはその様子が想像できる気がして軽く笑った。しかしこのままではさすがにクロックがかわいそうに思えて、クロックの肩を持つことにした。


「クロックはお母さんも小柄だったもんね」

「お、そうなのか? クロックの母君にもぜひ会ってみたいね」


 ルックのフォローにはミクが強い関心を示した。彼女がクロックを気に入っているのはルックも知っていた。彼女もそれを隠す気はないのだろう。しかしクロックの母親はディフィカだ。とてもミクが想像するような母君とは違う存在だろう。


「俺の母さんもそういえば小柄だね。ついつい忘れそうになるけど」

「あはは。そうだね。ロロより大きいんじゃないかって気もするよ。クロックも小柄なことを忘れるくらい強くなってみたらどう?」

「名案だね。リリアンが教えを請いたいと言ってくるくらいに強くなろうかな」


 ルックの気づかいは無駄にはならなかったようで、クロックは少し機嫌を直してそう冗談を言った。


「へえ。クロックの母君はお強いのか。そういえばリリアンはいくつなんだ? ルーンとロロの年齢も知らないな」


 クロックの不機嫌が収まったので、話はそれから年齢のものに移った。最初に会ったときイークたちは年齢を教えてくれていた。そのときはルックがイークとヒールの同い年だと言った以外、年齢の話はしなかった。そのためミクは他の仲間の年齢を知らなかったのだ。


「私はそろそろ十八になったかしら。ルーンはルックと同じ十五歳よ。ロロは私もちゃんとは知らないわ。ルーメスの世界だと一年の長さとか歳の数え方とか、色々と違いがあるらしいのよ」

「へえ。君は私より二つも年上だったんだ。ルーンと同じくらいだと思ってたよ」


 童顔のリリアンは見た目だけなら歳より少し幼く見える。泰然とした雰囲気が老成して見えるので幼いと感じることはなかったが、それはルックの主観だ。ミクにはリリアンが年下に見えていたらしい。

 ミクの言葉にはクロックが面白がるような顔をした。


「考えてみたらリリアンもルーンも小柄なほうだよな。それでよく俺をからかえたよ」

「だから私はあなたの身長をからかわなかったわ。だってわざわざそこを指摘する必要もなかったの」


 これは身長の話をしなくてもクロックをからかう材料はたくさんあったという意味だ。クロックはリリアンに簡単にやりこめられて、また恨めしげな目を彼女に向けた。


 ルックたちはその日のうちに二つのオアシスを通過した。そして明け方に砂上で休憩をし、昼頃に二十個目のオアシスに着いた。

 オアシスで宿を決めたあと、ルーンとロロとミクが飼料の買い出しに向かった。その帰りに大きなガッチ鳥を丸々一羽買ってきた。


「ねーねー、市場でガッチ鳥が一羽まうまう売ってあの! 今日は私が料理するよ」


 ガッチ鳥はかなり大型な鳥で、食用に飼育されるオール鳥よりも数倍は大きい。翼を広げると人の身長ほどもある。飛ぶ能力よりも走る能力が発達していて、大陸全土に生息している鳥だ。卵が美味だと有名で、ガッチ鳥を専門に狙う狩人もいるらしい。

 ロロが肩に担いでいたガッチ鳥一羽分の鳥肉を、ルーンが宿の調理場に運んでいった。調理場を使わせてもらう交渉をするのだろう。


 ガッチ鳥一羽分ともなれば相当な贅沢だ。取引額も金貨が動くものだっただろう。宿の調理場を借りるのにもお金がかかる。それは明らかに無駄な出費だったが、ルックにはルーンがそれを買ってきた理由が分かった。

 アーティスでの誕生日の祝福には鳥肉を食べる習慣があるのだ。大抵は安いオール鳥なのだが、奮発して野鳥を食べることも多い。今日はクロックの誕生日なので、それを祝福しようと買ってきたのだろう。

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