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青の物語 ~その大陸で最も平凡な伝説~  作者: 広越 遼
第五章 ~砂漠の旅人~
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 ルックの喪失感は、ルックの中から誰でもない少女が離れたためだ。ティリアは恐らくルーンの元に戻ったのだろう。


「ううん。今のはルードゥーリ化じゃないよ。僕のルードゥーリ化を引き起こす感情は、大切な人の死に由来するものなんだって」


 ルックはミクにそう答えながら、戦闘の興奮で忘れていた吐き気とめまいが再び襲ってきたのを感じた。ルックは今の出来事を揺れる頭で振り返り、ミクにどう説明するべきか考えた。ティリア、もしくは夢の神の力を借りたのだと簡単に説明することはできる。しかしあのルックの状態が具体的にどういうものだったのかは、ルック自身にも分からなかったのだ。


 気持ち悪さに耐えながら考えると、二つのことに思い至った。


 一つは大海蛇と戦ったときのことだ。あの戦いでルックは命を脅かすほどの負傷を負った。少しでも治療が遅れていれば、ルックはこの広大な砂漠の上に立つことはなかっただろう。

 しかしルーンが事前に治水の準備をしていたおかげで、ルックは一命を取り留めた。そのルーンに治水の必要を予言したのは、誰でもない少女だったのだ。


 そしてもう一つは預言者についてだ。アルキューンにたどり着いて船の修理をしていたとき、リリアンが言ったのだ。それはカイルと名乗っていたザッツの従者についての発言だった。

 預言者が少し先の未来を見ながら戦ったら、あんな動きになるんじゃないかと思ったわと、リリアンは言った。そしてそれに対してクロックが、あれは先見の才だと言っていた。

 詳しい説明までは聞かなかったが、ルックはあの従者が、未来を感じ取る勘のようなものを持っていたのだと理解した。

 それと同じような能力を、ティリアも持っていたのではないか。しかしそれをミクに説明しようにも、そもそもティリアとはどういった存在なのかルックには理解できなかった。


 最初はただの夢だと思っていた。ルックが生み出した架空の存在なのだと考えていた。しかし彼女は確実にルックとは違う意志を持っていた。

 光の織り手・リージアから自分が夢の信者なのだと聞き、いったんはティリアの存在について納得した。やはり彼女はルックが生み出した存在なのだろう。ビーアと同じく、自分が持つ夢の神官の力が作用して存在しているのだ。

 しかしティリアはルックが想像もしない能力を持っていた。


「僕の夢や空想の中に発生した存在があるんだ」


 ルックは自分の考えをまとめるようにそう話し始めた。この言葉には当然ミクは首をかしげた。


「その存在は僕の中で生まれたから、僕であるはずなんだけど、だけど僕じゃないんだ。だから僕にはない能力を持っている。だけど彼女は僕だから、彼女が僕の中にいるときは、僕は彼女の能力を借りることができる」


 なるべく分かりやすく説明しようとすればするほど、ミクはさらに首をかしげた。途中でヒールとユキも近寄って話を聞いたが、二人もやはり首をかしげていた。


「どう言えばいいんだろ。簡単に言えば夢の神の力なんだと思う。僕の中に発生した存在を、夢の神の力で具現化したんじゃないかな。普段その存在はルーンの中にいて、ルーンの命を繋いでくれているんだ。今回は僕たちが危ない状況だったから、手を貸しに来てくれたんだと思う」


 結局ルックはうまく言葉がまとめられず、そう説明した。三人はそれで曖昧ながら納得してくれた。ルーンの命はルックの力が繋いでいるというのも、理解を超えたことなのだ。今さら追及する必要もなかったのだろう。

 ユキがミクの耳元に何かを囁くと、はっとしたような顔でミクが言った。


「そんなことよりだ。君の手、早く治療しないとじゃないか」


 それからルックの右手とミクのおでこはヒールとユキに治療された。そして再びの襲撃に警戒しながら、ルックたちはリリアンとイークの戻りを待つことにした。夜の前に交代で睡眠を取ったおかげで、めまいと吐き気は取れた。しかし徒党を組む男爵クラスにはどれだけ警戒しても足りない気がして、一時も気は休まらなかった。


 砂の降る夜だけ丸馬車を少し進め、飼い葉とラバ用の水が尽きかけたころ、リリアンとイークが丸馬車を引いて戻った。

 ルックはリリアンの顔を見ると、それだけで深い安心感を覚えた。幼い頃たまにシュールにしていたように、リリアンに寄りかかって甘えてしまいたい衝動を、必死の必死で押し込んだ。




 このままではダメだ。


 宿でひと息つき、ルックはオアシスに着くまでの間考えていたことを真剣に考え始めた。


 ルックはリリアンを見たときに感じた安心感や甘えが許せなかった。リリアンから特別な技法を教わり、戦争を経て、戦後の一年に修練を積み、旅をしながらも新たな発見を得た。そして徐々にルックは強くなった。

 けれどそれでは全然足りない。今のままではリリアンの負担を減らせるようにはならない。自分自身がそれを分かっているからこそ、リリアンに対して甘えてしまいたいなどと思ってしまったのだ。


 今より強く、確実に強くなったと言われるくらいに強くならなければならない。


 ルックは本気で強くなるために何ができるのかを考えた。

 魔法の練習も剣技を磨くのも必要だ。まだ自分の魔法はシュールのように器用でも、リリアンのように絶対的でもない。剣技はリリアンやアラレルはもちろん、まだライトにも敵わない気がした。

 しかし魔法や剣技をいくら上達させたとしても、すでにリリアンに匹敵する戦士にはなれない。リリアンの遅鏡とルーンが考案したという体術は、今のままのルックが完成形を迎えたとしてもとても追い付けるものではない。


 ティリアの力にも頼れない。

 ほんの数クラン彼女がルーンの元を離れただけで、ルーンの容態が悪化したのだ。街に着くとルーンは熱を出して寝込んでいた。意識ははっきりしていて、本人は大丈夫だと言っている。しかし本当に大丈夫だという確信は誰も持てなかった。

 リリアンがこの街で休養することを決めた。ルーンが休んで良くなるかは分からなかったが、無理に進む必要もないと考えたのだ。良くならないようなら先を急がなければならないが、レジスタンスが前を走っているのでそこまで早くは進めない。その兼ね合いで休養は三日と定めた。

 ルックはその三日間を利用して、とにかく考えることを選んだ。今の自分が強くなるためには、積み重ねるのとは違う何かが必要なのだ。その何かとはつまり、リリアンの体術や遅鏡、ルーンの爆石のような、新たな技術だ。


 強くなろうとして新たな技術を考え始めると、わずかな抵抗を感じた。それと知らなければ見過ごしてしまいそうなほど小さな抵抗だ。今までのルックならこの抵抗感を無視できず、新たな技術を生み出そうとは考えられなかっただろう。しかし時を止める儀式を知った今では、ほんの少し気持ちがざわめいた程度のものでしかなかった。


 ルックはまず街の防壁の外に出て、様々な魔法の組み合わせを試した。石投と加熱の組み合わせはルックに新たな戦闘方法を与えた。それと同じように、新たな組み合わせを見つければ急激に強くなれるかもしれない。

 石投の魔法は他のどの魔法と組み合わせてもただの石投だった。石斧は風を生む魔法と組み合わせると奇妙なべこべこという音を立て、火蛇と組み合わせるとなんの現象も起こさなかった。

 他の大地の魔法はどれもただ発動するだけか、発動すらしないかだった。

 ルックは構成が複雑な魔法ほど組み合わせが起こりづらいのだと気付いた。


 そうして様々な魔法を試したルックは、二日目に砂が降り始めた頃、大けがを負った。

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