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青の物語 ~その大陸で最も平凡な伝説~  作者: 広越 遼
第五章 ~砂漠の旅人~
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 厳しい環境で生きてきた。国では街を形成して環境に抗っていたが、それでも不毛な大地は争いを生み、毎日街のどこかで誰かが死体になっていた。

 その彼から見ても、この大砂漠という環境は異常だった。初日に睡眠を取らなかったおかげで砂に埋まるような事態にはならなかったが、この地帯には食べられる物が一切ないのだ。さすがの彼らにも砂は食べられない。


「おい、これは一度戻って、食料を調達した方がいいんじゃないか?」


 彼の背中からそんな提案が聞こえ、他の仲間に彼女の提案を伝えた。


 非常食ならお前が背負っているだろう?


 髪の長い同族がそう言うと、それには背中から直接反論が返った。


「私の短剣を腹いっぱい食いたいってんなら、喜んで協力してやるよ」


 彼がそれを訳して伝えると、髪の長い同族はろろろと声を上げて笑った。


 一つ目は真面目にキュイアの提案について考えた。自分たちは食べ物がなくても長期間活動ができる。キュイアの分の食糧もまだ数日分はある。しかし水がないのは問題だった。三日前に降った雨を袋に入れていたためまだ余裕はあるが、この不毛で広大な大地の中からイークという人間を探すのだ。充分な量があるとは言えない。


 水を喚び出せたら良かったんだが。


 一つ目はそうぼやいた。彼らは生まれてすぐに揺らぎの祝福を受け取り、精霊界から火と水を喚ぶ魔法が使えるようになる。しかしこの食物庫では、火の魔法は爆発を起こし、水の魔法は何の現象も起こさない。


 座標の問題ではなかろうか?


 一つ目のぼやきに、普段無口な同族がそう発言した。一つ目は口無しが発言したことも意外だったし、その発言内容が鋭いことにも驚いた。女の同族も隣ではっとした表情をしている。


 同族の魔法は精霊界と現在地を結ぶ魔法だ。精霊界には常に火や水が充満している。精霊とはその中でしか生きられない生物なのだ。

 一つ目は国では魔法の研究職についていた。自分たちが自然と使えるようになった魔法について、かなり論理的な学問として学んでいる。口無しはただ感覚的にそう言ったのだろうが、一つ目はその可能性が非常に高いものだと気付いた。


 元の世界からこの食物庫に来て、現在地から見た精霊界の座標にずれが生じているのだ。同族は魔法を使うときに細かな使い方は意識しない。ただ直感的に使えることが分かり、それを毎日の生活の中で使っている。だから普段と同じように精霊界があるはずの座標を指定して、現在地に召喚をしようとする。しかし現在地から見た精霊界の座標がずれているなら、望む結果が得られないのは当然だった。


 精霊界の座標が分かるか?


 一つ目が口無しに問うと、口無しは眉を寄せ深く考え込んだ。しかししばらくしてから黙って首を横に振る。


 キュイア、お前は精霊界の場所の噂を知らないか?


「さあ、知らないよ。精霊なんてのが実在するなんて、私はお前と話すまでは信じちゃいなかったからね。少なくとも私の集落では誰も信仰してなかった」


 驚いたことに、人間は精霊の存在に疑いを持っているらしい。確かにほとんど目にする機会はないが、高位の同族なら火や水ではなく、精霊そのものを喚び出すこともある。一つ目は確かに何度か精霊の姿を見たことがあった。


 いや、実在はする。しかしお前たちの間では一般的ではないようだな。それなら、俺たちの世界がこの世界から見てどこにあるのかは知らないか?


「さあね。下の方じゃないか? ただのイメージだけど」


 なんとも頼りない回答だったが、それ以外に当てもないので、一つ目はまず食物庫が彼らの世界の上にあるのだと過程して座標を定めた。しかしそうすると、水の魔法どころか火の魔法すら何も現象を起こさなかった。


 失敗みたいね。けど爆発が起こらなかったってことは、座標って意見の信憑性は増すね。


 女の同族、ヒーラリアがそう言った。

 一つ目は探りさぐり座標を指定した。走りながら、暗くなり砂が降り始めるまで試行錯誤し、そしてついに、水を喚び出すことに成功した。


 おい、これは大手柄だな! どうやったんだ?


 耳無しが足を止めて興奮気味に質問してきた。一つ目は慎重に何度か水を喚び出し、間違いがないか確認してから答えた。


 高さがだいぶ違うようだ。この食物庫は俺たちの世界より低い次元に存在している。


 一つ目が説明すると、耳無しは早速水を喚び出して見せた。しかし耳無しも一つ目も、火は喚び出せなかった。水の魔法を起点に考えればすぐに火の魔法の座標も割り出せると思っていたのに、どれだけ細かく調整しても火は灯らなかった。


 おい、マナを切らすなよ。


 耳無しにそう忠告され、一つ目は自分の体にもうほとんどマナが残っていないことに気付いた。没頭しすぎてしまったようだ。


 キュイアのこと、私が背負おうか?


 ヒーラリアにも心配され、そう提案を受けた。キュイアの意志を確認しようと肩越しに後ろを見ると、彼女は身をよじって背中から飛び降りた。


「しばらく自分の足で走る。限界になってもまだ一つ目が回復しないようなら、ヒーラリアに背負ってもらおうかな」


 キュイアは何を思っているのか、自分の発言に苦笑いを浮かべながらそう言った。


 一つ目にとってキュイアは友人だった。ガラークという人間とも話が合ったが、キュイアの価値観は耳無しなどの同族よりも自分に近いと思っていた。片腕や耳無したちは辺境の生まれで、国生まれの自分とは大きなずれがあるのだ。そもそも自分は国でも研究者という浮いた存在だった。その自分がここまで話しやすいと思えたのは、なんとも奇妙なことに言語も種族も違うキュイアだったのだ。

 だから一つ目はキュイアにはなるべく負担を負わせたくなかった。しかし自分たちの元から解放しようとも思わなかった。これは単に自分のわがままによるためだとも気付いていたが、キュイアも案外そう思ってくれているような気がしていた。


 逆位相。


 そんなことを考えて走っていた一つ目に、口無しがぼそりとつぶやいた。そしてまた一つ目は彼に驚かされた。

 口無しの紅い目線の先に、赤々と火が出現したのだ。

 火は降り注ぐ砂にすぐかき消されたが、間違いなくそれは精霊界の炎だった。

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