⑥
「旅をする口実のために世界を平和にしようと言うのね。ふふ、これはあのスビリンナも歌にはできないんじゃないかしら」
レジスタンス軍が解散し、ガルガと三十人の手下はアルキューンに向かった。それを見届けてからルックたちは再び東へと向かい丸馬車に乗った。イークとミクが御者を代わり、ヒールがイークと一緒の馬車を拒んだため、そこからの道は馬車の振り分けが変わった。ヒールがイークを拒んだのは、まだ先ほどの言い合いに腹立たしい気持ちが残っていたからだろう。ルックの丸馬車には男性四人が、ルーンの丸馬車にはミクを除く女性四人とビーアが乗った。
女性だけの馬車の中で、からかうようにリリアンがヒールに言った。それはからかうようではあったが、ヒールの気持ちを慮って共感を示すような口振りでもあった。
「まったく、イークはいつもああなんです。あれで第一王子ですよ? 信じられますか?」
「うんうん、ライトより王族っぽくあいな」
「ですよね。ほんと大変なんですよ。細かい仕事は全部私に押し付けるし、気付いたらいなくなるし。ほんとなんで一緒にいるんでしょ」
ルーンはそう言うヒールが、しかしイークと離れないのだと分かっていた。イークにしてもヒールを困らせるのを楽しんでいるのだ。口ではどう言っても、二人はとても仲がいい。
「ヒールはイークとけっおんすうの?」
「えっ? 結婚ですか? まさかとんでもないですよ。そんなことしたら、世界が平和になったって一生私の心は平和になりません」
ヒールの言葉は本心のようで、あまりの言い草にルーンは声を出して笑った。リリアンもユキもくすくすと笑っている。
「えー、きっといい夫婦んなるよ」
ルーンがからかい半分でそう言うと、大げさに首をぶんぶんと振ってヒールが否定する。
「絶対やです! 例えお父様とお母様に命じられても、私はイークとは結婚しません。絶対です!」
必死で嫌だと言うヒールは、決して美人ではない顔立ちなのに、とても可愛く思えた。ルーンはヒールをからかうイークの気持ちが分かってしまって、それがまた可笑しくなってけらけらと笑った。
「ヒールのお父様とお母様はイークとあなたの結婚を望んでいるのかしら?」
「最初はそうだったのかもしれません。私もミクもユキも、それでイークの幼なじみになったんだと思います。だけど私はイークはユキと結婚するんじゃないかと思います」
話題にのぼったユキは、否定することもなくただ微笑んでいる。彼女の気持ちは分からないけれど、イークとユキもお似合いな夫婦になりそうだと思った。
「じゃ、ヒールは今好きな人ぁいあいの?」
「今はいないですね。そもそも恋をしたことなんて、んー、一度一応あるにはあるんですが」
ヒールはそんなことを言いながら御者席の方に目を向けた。リリアンが目を丸くしたのを見て、ルーンもヒールの目線の意味に気が付いた。
「え! ヒール、ミウのこー好いあっあの?」
ミクのこと好きだったのと言いたいのに、こんな大事な話をしているときに、舌が回らないのがもどかしかった。しかしヒールは正しく理解してくれて、照れたような笑顔を見せた。
「はい。本人にはいまだに根に持たれてるんですが、私、最初はミクが男の子だと思っていたんです」
「あー、名前男の子みたいだもんね」
今度はうまく舌が回ってはっきり言えた。本当はもっと言いたいことがあったが、それは代わりにリリアンが言ってくれた。
「ええ。それにミクはとても凛々しいわね。ふふ、クロックのことを気に入ってくれてるみたいだけれど、クロックよりよっぽど格好いいわ」
まさにそれはルーンが言いたかったことで、リリアンが同じ気持ちを持っていたのがとても嬉しかった。ルーンは手を叩いて笑い、リリアンの言葉に共感を示した。ユキも姉がほめられたからか、静かな微笑みが少し深まる。
「聞いて下さいよ。ミクったら初めて会ったとき、私になんて言ったと思います? やあ、素敵な女の子だね、ですよ! それで男の子だって勘違いした私が責められるの、納得いかないと思いませんか?」
ヒールの話はなぜかありありと想像できて、ルーンはまた楽しく笑った。
日は暗に移り、丸馬車を打つ砂の音がザーと絶え間なく響く。その音の中で響く女性の声は、夜の砂漠の中で華やいでいた。ルーンはふと、ここにティリアが混ざれないのが残念に思えた。そうすると心の中から暖かな感情が湧き出してきて、ティリアがユキと同じように、静かにこの話に参加しているのだと思えた。
自分の心の中に意識を向けたからか、ルーンはそこで自分の中にもやもやとした心持ちがあるのに気付いた。それはティリアの抱く感情ではなく、確かに自分の中にある気持ちだった。いつからこんな感情があったのか思い返すと、それは先ほどのリリアンの言葉を聞いてからだった。ミクがクロックを気に入っているという話だ。
「なんであろ? 私ミウがクロックを気に入ってるの、嫌みたいや」
ルーンは自分の感情がとても不思議で、相談するようにその疑問を声に出した。リリアンもヒールもユキも、首を傾げてルーンを見てきた。
「それはルーンがやきもちを妬いているってことですか?」
ヒールに聞かれ、じっと心の中に問いかけてみたが、どうもそれはしっくりこなかった。嫉妬のような激しい感情ではなく、静かに重く心にのしかかるような、もっと不快な感情だった。
「んー、違う気あする」
ルーンがそう答えると、さらにヒールは首をひねった。
「嫌な感じがするのよね。それはミクに対してかしら? それともクロックに対して?」
「あ、分かったやも」
リリアンの導くような問いかけに、ルーンは自分の気持ちの正体に気付いた。なぜこんな気持ちになるのかは分からなかったが、自分の気持ちを明確に言葉にすることができそうだ。
「当ててみせます! クロックが仲間から抜けちゃいそうな気がするんじゃないですか?」
ルーンはヒールの推理に首を振った。
「それじゃあ、私たちは旅人で、クロックがミクの気持ちに応えられないのが許せないからとか」
次にリリアンがそう推測を述べたが、それも違った。少し気持ちを整理して考えてみると、どんな言葉にしたらいいのかが分かって、その言葉が自分で面白くなって笑ってしまった。
「ううん、だってクロックが幸せになったら面白くないじゃん」
舌は上手に回ったが、あまりに酷な発言に理解が追いつかなかったようで、リリアンたちはきょとんとした顔を見せた。しかしそれも束の間だった。すぐにルーンの悪口に気付いたリリアンが、珍しく声を立てて大笑いをした。
「ルーンと私たちの喜びのために、彼を世界一不幸な男にするべきね」




