⑤
大勢のアレーはルーメスを呼ぶ。
クロックがガルガにそれを教えたため、レジスタンスはその場で解散することになった。充分に間を開けて順番にそれぞれのオアシスに戻るそうだ。二千人が解散するのにはそれなりに時間がかかり、その間はまたガルガと三十人の手下に囲まれて、先ほどの話の続きをすることになった。
「オレがアルキューンに行かない約束で軍を解散させたからな。お前らアルキューンに戻ったら馬鹿女に伝えといてくれよ」
理由は分からないが、ガルガ自身は女王の招聘に応じたかったのだろう。彼の口調は残念そうだった。
アルテス南部では、唯一アルキューンだけが砂のない街だ。ガルガの戦い方からして、彼の手下はどうしてもガルガを一人で向かわせるわけにはいかなかったのだろう。
ルックは先ほどのガルガの魔法を見て、ここでガルガと戦いたいとはとても思えなかった。たとえリリアンが本気で戦ったとしても、ガルガが先に魔法を発動させてしまえば勝ち目はない。「砂の上では無敵」と彼は言ったが、ルックから見てもそれは間違いないことに思えた。
ガルガが折れたことで、場は丸く収まるかに思えた。
しかし同意しようと口を開いたヒールを制止し、イークがミクと何か相談を始めた。そして二言三言やりとりをした後、にやにやとした笑みを浮かべた。それからイークはガルガへの返答を保留にしたまま、クロックへ質問をした。
「なあクロック。さっきの話さ、俺たちゃ初耳だったんだけど、アレーが集まるとルーメスが来んのか?」
「ん? そうだね。俺も知らなかったけど、森人の森でルックが聞いたらしいね。ジジドの木とか大勢のアレーは世界を歪めるんだよ。ああ、あとヒッリ教の遺跡もだね」
「ジジドの木のことは私とユキの家にも伝わってるな。ヒッリ教のことも最初に会ったとき言ってくれてたけど、なんでアレーのことは今まで言ってくれなかったんだ?」
イークの質問にクロックが答え、そこにミクがさらに質問をした。ミクの後ろでユキも不思議そうな顔をしている。
ルックはここで少し違和感を覚えた。クロックが言わなかったのはいつものことだ。世間ずれした彼は、貴重な情報をただの常識だと思ってしまうことがある。だがどうして自分はそれに補足を入れなかったのだろう。自分は確実にこの情報が重要なことに気付いていた。
「はは、まあクロックだかんな」
クロックが返答に窮していると、その様子を見たイークが的確な意見を述べた。納得のいかない顔をするクロックを無視し、イークは続ける。
「んなことよりさ、重要なのは、これをアルテス王家とレジスタンスだけじゃなく、他の国にも教えなきゃなんねえってことだ。もしまたカンがアーティスに攻め込んだりしたら、ルーメスはうじゃうじゃ出てくるし、ルックとルーンも急いで帰らなきゃだろ?」
「ああ、うん、それはそうだろうね」
「ってことはさ! 誰かが各国にこれを伝えにいかなきゃならないんだ。そうだよな?」
イークの言葉に同意して、ミクが力強く頷いた。
ここまで聞けば、ルックはイークの言いたいことがなんだか分かった。リリアンは眉をしかめ、ルーンは声を出して笑いだした。ロロはただ納得したのか頷いている。ルックの仲間の中ではクロックだけが首を傾げていた。
そしてユキは困ったように微笑んで、ヒールは咎めるようにイークの名前を呼んだ。しかしイークはそれに聞こえない振りをしている。
「だからさ、各国の王家に会える身分の人間がさ、大陸中を回ってやらなきゃならねえってことだ。そうそう、ちょうど俺たちみたいなさ」
ルックは呆れてため息をつく。要するにイークとミクは、旅をしてみたいのだ。メスのメスの雨の中、リリアンが夢の旅人の物語を語ったからだろうか。それともルックたちに触発されたためだろうか。
「絶対ダメです! イーク、私たちの立場を分かってますか?」
「分かってるって。俺が第一王子で、お前らの親は全員国の中枢だってんだろ?」
「そうですよ。私たちは全員責任のある立場なんです。女王の許しもなく勝手に国を出るなんて、冗談にもほどがあります」
「責任つったって、どうせ王宮にいても賭け遊びとかして暇潰してるだけだかんな。それに誰かは絶対行かなきゃなんはヒールも分かんだろ?」
「分かりますけど、そんなのは使者でも出せばいいだけじゃないですか。私たちが行く必要あります?」
「あるある。もしその使者が道中でルーメスに襲われたらどうすんよ? そのせいでどっかが戦争起こして、大陸がルーメスのものになりましたなんてなったら、そっちの方が冗談じゃねえや。つまり俺たちみたいに強いアレーが使者になる必要がある」
「そんなのは屁理屈です。絶対、絶対! ダメですから」
「でもよ、ヒールだって他国にも行ってみたいって言ってたじゃんか。雪見てみたいよな?」
「それとこれとは話が別です!」
二人がこうして掛け合いをするのは珍しいことではないのだろう。ユキは困った微笑みを浮かべたままだが、ミクが二人のことを楽しそうに見ていた。
話を保留にされていたガルガも、鋭い眼差しに敵とは思えない優しい光を乗せていた。彼がイークたちを気に入っているというのは、どうやら本当のことなのだろう。彼の手下の三十人のアレーも、敵対者とは思えない和やかな雰囲気をして控えていた。
「大体私たちはアレーなんですよ。もしものときに国にいなくてどうするんですか。女王だって何も聞かされないでイークがいなくなったら、捜索隊を出しかねません。あの女王のことですから、それこそ二千人規模のアレーの捜索隊になるかもしれませんよ」
二人のやり取りはわずかにヒールに分があるように見えた。そもそもイークの主張は矛盾だらけで、ただのわがままでしかないのだ。対してヒールは一貫して正しいことしか言っていない。
しかしそこでガルガが気付いた顔をした。
ルックも最後のヒールの言葉で、イークの意外にもずる賢い策略に気が付いた。
「だはは! そういうことかよ!」
突然大きな笑い声を上げたガルガに、ヒールは驚いて不快そうな顔をした。彼女からしてみれば、もう少しでイークを説得しきれそうなところを邪魔されたように思えたのだろう。
しかしそんなヒールの不機嫌には構わず、上機嫌なガルガがにんまり笑いながら言う。
「おいイーク王子よ。俺は乗ってやるぜ。
ヒール、お前の言うもしものときは起こらねえ。そんで馬鹿女もイークを探さねえ。なんてったて、俺がこれからアルキューンに停戦協定を結びに行くからな! はは!」
停戦協定など冗談混じりに結ぼうとするものではないが、どのみち今はガルガもアレーの軍を起こせないのだ。ルーメスの事件が収まるまでなら、停戦しようがしまいが関係がない。ガルガはアルキューンに行く口実を得て、停戦協定を結ぶついでに、イークたちが各国の使者になることを女王に伝える。イークの描いたシナリオは、全ての問題を一手で解決する巧妙な策だった。
ルックはガルガに従う三十人のアレーが、誰一人異論を持たなそうなのに気付いた。そもそもガルガたちや常識外れの女王には、何かルックの知らない事情があるのだろうと思った。たぶんそれは、イークたちは知っていて、解散していくレジスタンスたちは知らない事情なのだろう。詳しいことは分からないけれど、ガルガは明らかにイークたちの敵ではなかった。
ガルガがイークの味方をしたことで、ヒールは一気に窮地に立たされ、あえなく降参を告げた。あっさりとした引き際だったのは、ヒールが他国を見てみたいと言ったのが、やはり彼女の本心だったということだろう。
「ユキはそれでいいの?」
ルックは隣にいた白い髪の静やかな少女に問いかける。ユキは足まで伸ばした長い髪を揺らし、ルックの耳元に頭を寄せる。かすれたか細い耳打ちが、ルックの耳をかすかに震わせた。
「私は付いていくだけだよ」




