③
「おいおい、お前らじゃねえか」
男は野太く張りのある声で、気安げにイークたちに声をかけた。親しい間柄というわけではないが、知らない相手でもないのだろう。イークたちも苦々しい顔をしながら、拒絶をするようではなかった。
「そちらの方たちは誰だ? わざわざお前たちが護送するなんて、他国の要人か何かか?」
男はちらりとルックたちのことを見やり、幅広の剣を鞘にしまいながら言った。
「こちらの方たちはルーメス退治の旅をしている戦士様たちです。護送というわけではなくて、ただ同道しているだけです」
男の言葉には代表してヒールが答えた。もともと文官を目指しているヒールだから、このような役割は彼女に一任されているのだろう。ユキはもちろん、イークやミクも話し出そうという気配がない。
「へえ。それは他国の要人なんかよりありがたみがあるな。本来なら俺らももてなしをしたいところなんだが、ちょっと急ぎの用があってな。今回はお互いただすれ違いの挨拶だけにするってのはどうだ?」
男の言った言葉に、ヒールは驚いた顔をしてからイークに目線を向けた。
先ほどの話の流れから、おそらくこの男がガルガなのだろうが、ミクがわざわざ警戒するような雰囲気は今のところない。
すれ違いの挨拶だけというのは、こちらに王族がいるのを見逃すという意味だ。目の前の小隊だけならともかく、後ろの二千の大軍から見逃してもらえるのはありがたい話だった。
しかし問題はある。向こうがこちらを見逃すと、同時にこちらも向こうを見逃すということになる。これだけの大軍を起こして何かをしようとするレジスタンスを見逃すのは、かなりリスクが大きいのではないか。
ルックが瞬時にそう考えたことを、おそらくヒールも考えているのだろう。
彼女はイークの表情を確認するとすぐ、またガルガに向き直って口を開いた。
「さすがに私たちが挨拶だけというのは承認できないです。ただこちらの方たちは無関係ですので、彼らだけはお通しくださいませんか?」
ヒールの返答にガルガは憎々しげに表情を歪めた。鋭い顔付きが歪むと、どこか言い知れない恐怖感が背筋に走った。
ルックはリリアンの顔を伺った。今回は敵の数が数だけに仕方ないのだが、かと言ってイークたちを差し出すのを簡単に割り切れるはずもない。
リリアンも顔に迷いを浮かべていた。ルーンとクロックとロロの顔も見てみたが、彼らも困惑の表情でいる。
「それはちょっとそちらに都合が良すぎねえか? それによ、お前たち四人じゃ、俺一人にも敵わないだろう? 俺はお前たちには一目を置いてるんだ。黙って引いちゃくれねえか?」
イークたちが四人で敵わないと言い切れるとは驚きだったが、ガルガの口調はふざけているようではない。イークたちもガルガの発言を否定はしない。
もしそれが事実だとしたら、イークたちがここで立ち向かう価値はないように思えるが、国の中枢にいる彼らには引けないものがあるのだろう。
「イーク。僕たちは先を急ぐし、イークたちがいてくれなきゃ困るんだ。できればここで争いたくないんだけど」
ルックは試しにそう言ってみたが、イークは困ったように笑うだけで、意見を変えようとはしない。
「ガルガ、せめてまずはあなたの目的を話して下さい。なぜ西に向かっているのですか?」
しかしルックの説得を聞いたヒールが少し態度を軟化させた。別の解決策がないかとそんな質問をする。
「おい、俺たちは敵同士なんだぜ? そう簡単に情報なんて引き出せると思うな。
ただまあ、そうだな。今回の場合は俺の方がわけを知りたいくらいだよ。お前たちは何か聞いてないのか?」
ガルガは教えを説くようにそう言ったあと、逆にイークたちに問いかけた。
しかしイークたちはなんの話か分からないようで、ただ首をかしげる。それを見たガルガは軽く舌打ちをする。
「ちっ、知らねえか。あの馬鹿女のことだよ。なんと敵であるはずの俺にアルキューンまで来いなんて恋文を送って来やがったんだ」
ルックにはなんの話か分からなかったが、ガルガの話はイークたちの度肝を抜いたようだった。
「おいおい、その馬鹿女ってまさか女王のことか?」
今までヒールに話を任せていたミクが、驚きのあまり話に割り込んだ。その言葉で、ルックもガルガの話がかなり奇妙なのだと分かった。
「ああ、そのまさかだよ。レジスタンスを招聘するなんて、普通なら処刑してやるって意味だと思うだろうよ。つまりほとんど宣戦布告だ。俺を心配した可愛い手下どもがぞろぞろと付いてきちまったんだよ。全くよ、俺も本当に困ってるんだ」
ルックはこれに少し期待を持った。女王の意図は不明だが、この理由が本当なら、イークたちがガルガのレジスタンス軍と敵対する必要はない。ガルガは手下の一人に声をかけ、差し出された一通の手紙を受け取った。それをヒールに投げて寄越す。
ひらひらと舞う樹紙を慌ててヒールが掴む。ヒールの肩からイークもその手紙を覗き込む。
「あの馬鹿女王」
手紙を読んで暴言を吐いたのは、レジスタンスではなくイークだった。イークは他の全員に説明するように言う。
「ガルガが破り捨てずに持ってたのが不思議なくらいだな。あ、一応言っとくけど、これ書いてある通りだかんな。
大事な客が来た。こっちに来い。だってよ」
手紙には一本の剣をモチーフにしたアルテス王家の紋章が捺されている。それは本来なら正式な公文書に捺されるような王印らしい。その文書に書かれている内容が、たったの五語から構成されるものだったのだ。ただの戦士として育ったルックにも、さすがにこれが異常なことは分かった。
「な? 俺が二千のアレーを率いて王宮を燃やしたくなる気持ちも分かるだろ?」
ふざけた口調でガルガが言った。レジスタンス軍はほとんどが白い帽子をかぶっていて分からなかったが、どうやらここに集まった軍は全員アレーらしい。手紙一つで二千の軍を起こせるレジスタンスと、それにいまだ潰されていない王家。小国アーティスと大国アルテスは、人口も国力も大きく違うのだろう。
証拠の手紙があるのだから戦闘は回避できそうだ。そう思っていたルックは、安心してそんなことを考え始めた。
だが、その安心は早計だった。
多くのアレーが集まる場所は世界の境界に歪みを生む。それは森人の森や、メシャの隠れ里など、大陸南部のルーメスを討つ一族にのみ知られている事実だ。ルックはこの事実を森人の森の長老リージアから聞かされていた。しかしルックはそのことを仲間の内にしか話さなかった。確かに一度、大陸中に広めるべきだと思っていたのに、ルックはその思いを忘れさせられていた。




