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青の物語 ~その大陸で最も平凡な伝説~  作者: 広越 遼
第五章 ~砂漠の旅人~
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 次の日は全員が朝早くに起床した。雨は上がり、大量の雨に打たれた砂漠は、これから数日は砂を巻き上げない。アルテスでは一年で最も移動しやすい数日となるのだ。このタイミングを逃す手はない。

 彼らは手早く荷物をまとめ、丸馬車に乗ってオアシスを発った。


 次の街は馬車で十日ほどの距離で、今までいたオアシスの南南東、オラークにかなり近い位置にあるという。そこまで行って、ようやくフィーンまでの道程の半分程度を消化したことになる。


「アルテスって本当に広大なんだね。アーティスだったら、馬車で十日も進んだらほとんど横断できちゃうよ」


 馬車の中、ルックはヒールにそう言った。実際には十日で横断は難しいが、アーティスとアルテスの大きさはそう言いたくなるほど違う。


「アーティスは南北に距離のある国ですもんね」


 ヒールの言葉にルックは首を傾げた。アーティスは南北には短く、東西に長い国だ。しかしすぐにヒールがティナを計算に入れているのだと気付いた。

 ヒールも言ってからすぐに、アーティス人にとってティナが国の一部でないのを思い出し、発言を訂正した。


「あ、ティナを除けば南北の距離はそれほど長くないのですね。そうすると、アーティスはとても小さな国なのですね」

「うん。そうだね。確かコールの次に小さいんだよね?」


 高級文官の家に生まれ、自身も文官を志すヒールは、他国の地理にもとても詳しかった。


「実際に誰かが測ったわけではないのですが、たぶんそうですね。ティナをアーティスの一部と見ると、アーティスの広さはヨーテスに次ぐことになるんですが」


 ヒールはアーティスを小さいと言うことで、ルックが気を悪くするのではないかと気づかっているようで、控えめにそう言った。

 ルックはそんなことは気にするべきことだという発想すらなく、少しおかしく感じた。

 しかしヒールの言うとおり、特にコール王国の広さは正確には測られていない。

 コールは首都周辺以外は人の住める土地がなく、北部のアルテスとの国境は一面砂漠で、国境線も曖昧なのだ。


 馬車で十日の日程は長かったが、最初の二日は長い休憩はとらずに進んだ。湿った地面は馬車が進みやすかったのと、一休みをするのにあまり快適ではなかったためだ。

 三日目からはまた通常どおり、主に夜に馬車を進めた。

 六日目に、ルックたちは初めて他の丸馬車とすれ違った。時間は砂が降り始める前の時間で、少し景色は薄暗くなっている。馬車はアルテスを東西に行き来する行商のもので、これからアルキューンまで向かうらしい。ルックたちと同じ四台の丸馬車からなる行商だった。

 砂漠での情報交換は極めて重要な意味があるらしく、イークが馬車を止めて行商のラバ乗りに声をかけた。


「ご苦労さん。ちょっといいか?」


 ラバ乗りは落ち着いた雰囲気の中年男性で、声が小さく、二台目の丸馬車にいたルックには、その声は聞こえなかった。

 明るく、若いながら深みのあるイークの声だけが聞こえる。


「へぇ。俺たちはそっちとは関係ないけどよ、そんなに大勢集めてんのか?」


 なんの話をしているのか、ルックはミクとヒールに問いかけの目線を投げたが、二人とも首をかしげた。砂漠特有の話というわけではないらしい。


「嘘だろ! 何日くらい離れてんだ?」


 イークが一際大きな声を出し、ラバ乗りが何かを答えたようだ。


「ああ。誰もそんなんに会いたかないだろ。どうすっかな。ま、とりあえずあんがとな」


 イークはそれから、ラバ乗りに向かう先についての、つまりルックたちが今来た道のりの情報を与えた。お互いに情報のやり取りをして、先の道の安全を確かめたかったのだ。しかし、行商たちには良い情報を与えられたが、断片的に聞こえた会話から、こちらの行く道には何か問題があるらしい。

 イークはすぐに馬車を動かそうとせず、行商たちの馬車が過ぎたあと、ラバを降りてルックたちに降りてくるよう指示した。


「どうしあのー?」


 みなが集まると、真っ先にルーンが口を開いた。イークは舌の回らないルーンを見て、言いにくそうに答えた。


「ちょっとかなりまずいかもしんないんだ」


 イークの表情から、ルックは道行きが遅れてしまいそうなのだと悟った。イークはルーンを心配して、最速で砂漠を横断しようとしてくれている。だからこの先の困難な何かを認めたくなくて、迷っているのだろう。

 しかし口に出さなければ現実が変わるはずもなく、イークは説明を始めた。


「この先のオアシスに、レジスタンスが集結しているらしい。さっきの行商の話だと、彼らがオアシスを出たときには千人くらいが集まってたんだってさ」


 イークが真剣な眼差しで言うと、他の全員の顔が曇った。レジスタンスが全員アレーかは分からないが、仮にキーネだったとしても、千人という数はかなりのものだ。レジスタンスがイークを見咎めて戦闘になったとしたら、ただでは済まないだろう。もし戦闘を避けて元のオアシスに戻るとしたら、今度はラバの飼料が尽きる。


「ここまで来るのに六日だったけど、最初の二日で大分距離を稼いだかんな。戻るとしたら多分七日かかる。飼料は少し多めに積んであっけど、ちょっと辛いよな」

「それじゃあ迂回するのはどうだい?」


 クロックの提案に、イークが首を振って応じる。


「アルテス砂漠はものすごく広大なんだ。その中ではオアシスの街なんかは小さな点みたいなもんだ。今いる場所が正確に分からないと命に関わるかんな、基本避けるってのはないんだ」


 要するに、このままレジスタンスの大軍と遭遇する道筋しか、ルックたちには残されていないのだ。イークはにがり切った表情で先を続ける。


「レジスタンスが集合している理由は分かんねえけど、少なくとも友好的な相手じゃないかんな、覚悟はしておいてくれ。と言っても、今度こそ俺の身柄を引き渡せば、ルックたちは先に進めると思うけどな。ラバはミクとユキが乗れるから安心してくれ」


 今回はさすがにルックも、イークの言葉に腹は立たなかった。敵対する相手が千人もいるのでは、そうするより手はない。

 一行はそれからまた通常通り馬車を進め、一日後にレジスタンスの大軍が上げる砂埃が見えてきた。

 もうしばらく進むとレジスタンスの全容が見えてきたが、千人どころか二千人はいそうな大軍だった。全員が白い帽子を被っている。

 レジスタンス側もこちらに気付いたようで、進軍を停止させた。そして大軍の中から小隊が抜けてこちらに駆けてきた。ラクダに乗った、三十人ほどの小隊だ。

 ルックたちも小隊が近付く間に馬車を降り、ひと塊になってその三十人を待った。


「イーク、先頭にいるのはガルガだ」


 ミクが緊迫した声で言う。ルックたちは聞いたことのない名前だが、ミクの口振りから会いたい相手ではなかったのだと分かった。

 先頭の男は細い顎に鋭い目つきをした、引き締まった顔つきのアレーだった。抜き身の幅広の剣を右手に持ち、左手でひと際こぶの大きいラクダの手綱をさばいている。

 頭にはつばのない白い帽子を被っていて、歳は四十前に見える。

 遠目に見ただけでも、自信に溢れる様が分かり、一筋縄では行かない相手なのだと想像がついた。

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