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青の物語 ~その大陸で最も平凡な伝説~  作者: 広越 遼
第五章 ~砂漠の旅人~
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 キュイアと一緒に試練を受けるものは、他にも二名いるようだった。


 一人はオウというヒッリ教の信者で、生意気そうな少し年上の男だった。赤髪で一つ一つの言葉が偉そうなアレーだ。

 正直キュイアは気に食わないやつだと思っていたが、片腕や一つ目に対する態度は恭しかった。


 もう一人はヒーラリアという女のルーメスだ。ルーメスにしては小柄な方で、謙虚な性格をしていた。一つ目と仲が良かったため、キュイアも一つ目を通訳に何度か話したことがあったが、オウよりは遥かに好感が持てる存在だった。

 彼女は辺境地域に近い村で育ったルーメスだという。比較的平和な村で育ったため、戦闘の経験はそれほどないらしく、自分が祝福を受けられるとは思えないのだと語った。


 試練はかなり独特な部屋で行われることになっていた。大教会の奥にある、普段立ち入りを禁止されていた半球状の部屋だ。壁と天井は緩やかな曲面で繋がっていて、一面に様々な動物の絵が彫り込まれている。

 部屋には片腕と一つ目、耳無しと口無し、通訳のガラークと少年ハンタク、そして今回試練を受けるキュイアたち三人がいた。ガラークを除く八人が輪になって座る。


 オウが試練についてを説明し、それに反論をしたところ、ハンタクが凄まじい怒りを見せた。


 まだ見たところ十にもなっていない子供が、キュイアの髪を鷲掴みにして頭を持ち上げた。自分をこうもぞんざいに扱うなど、今まで誰にもされたことがない。キュイアの胸に怒りが湧き起こった。


 一つ目から、ハンタクは片腕よりも強いのだと聞いていた。今はまだ刃向かうことはできない。しかし自分が力を得れば、……


 キュイアは怒りのままに試練を受けることにした。


 ハンタクが輪の中に戻ると、キュイアは中心に移動して目を閉じた。

 オウが自分の中にも揺らぎの神がいるのだと言っていたが、意識してみても全くその存在は感じ取れない。

 体内に自分のマナは感じ取れる。オウはこれと同じようなものだと言ったが、体の中のどこにもマナ以外のものは感じられない。


 そこでキュイアの肩に温かな手が置かれた。目は開けなかったが、なぜかそれが一つ目のものだと確信できた。今まで割と長い時間彼とは一緒にいたが、触れたことも触れられたこともない。それなのになぜだろうか。間違いなくこの感触は一つ目のものなのだ。

 肩に置かれた手から、一つ目の意識が体内に侵入してくることが分かった。それは嫌な感覚ではなかった。彼の手と同じように、どこか温かくすら思えた。

 彼もキュイアの意識を感じ取っているということが分かった。そしてそれで始めて、キュイアは自分の体の中に「意識」があるということに気が付いた。そしてその意識を包み込むように、それはあった。


 途方に暮れるほど大きな存在だ。自分の意識は山の中の小さな苔ほどの存在でしかない。一つ目の意識もそうだ。こんな小さな苔はいくつ密集したところで、山を埋め尽くすことはできない。いつまでも山の一部でしかないだろう。

 そしてあまりにも巨大すぎて分からないが、キュイアにはこの途方もない存在が、まだほんの一部でしかないのだと思えた。


 キュイアはヒッリ教の信者が揺らぎと呼ぶその存在から、ほんのひとすくいの力を汲み取った。

 たったのそれだけで、キュイアはその存在に取り込まれそうな気がした。途端に自分の意識がどこにあるのか見失いそうになる。

 しかし一つ目の温かい意識が、迷い子のようなキュイアの意識を感じ取っていた。

 集落に残してきた家族を思った。まだキュイアが小さいころに、山で迷子になった彼女を探し出してくれた父。集落の誰よりも器用に、そして豪快に糸を紡いでいく母。兄も姉も弟たちも妹も、それからキュイアは集落の人たち一人一人を思い出し、最後に一つ目の顔を思い出した。


 目を開いたキュイアは、少し朦朧としながら後ろを振り仰いだ。


 人にはありえない灰色の肌。普通なら不気味に見えるその色合いにももう慣れた。他のルーメスよりも傷の少ないきれいな肌だが、目にだけ大きな傷が刻まれている。キュイア自身が付けた傷だが、このとき始めて、キュイアはそれを申し訳なく思った。

 そして一つだけ残った紅い目が、キュイアと目が合ったときに薄く細められた。もともと少し厳しい顔立ちの一つ目は、笑うと途端に崩れた印象になる。


 狂わなくて安心した。


 キュイアは彼がおどけるようにそう言うのを可愛いとすら感じ、ここ最近多くなった苦笑を口に浮かべた。




 試練はみな無事に終わり、キュイアは一つ目たちとアルテスに向かうことになった。片腕がイークというアレーを討伐するように命じたのだ。


 どうして私が人間を討伐しなきゃならない。


 そうキュイアは思い、片腕に不服を述べたのだが、適当なことを言われて厄介払いをするように一つ目に押し付けられた。


 大教会ヒッリテシアはオラークの南部にあったらしく、このままオラークを縦断してアルテスに入ることになった。


 オラークというのはヨーテス人の彼女にとっては、あまり近付くべきではない国だという認識だった。集落の老人たちは、オラークを鬼人の国だと語っていたのだ。

 実際にキュイアの生まれる前、冬ごもりのため糸を売りに出かけたアレーが、オラーク人に殺されたことがあるらしい。


「一つ目。オラーク人は好戦的な人間が多いらしい。なるべく人目に付かない方が賢明だよ」


 大教会を出てすぐの森の中で、キュイアは一つ目にそう教えた。道連れは一つ目と耳無しと口無しとヒーラリアだ。全員が男爵クラスの祝福を受けているため、戦闘になっても問題はないかもしれないが、用心するに越したことはない。

 キュイアはそう考えたのだが、一つ目がキュイアの言葉を他の三名に訳すと、耳無しが不敵な笑みを浮かべた。


 道中の食糧には困らないということだ。


 耳無しはそう発言し、口無しがそれに軽く笑った。片腕は人間との争いを極力避けるように言っていたのだが、片腕に恭順をしているはずの二人には、その命令に従うつもりはないようだった。


「言っておくが私は人間を食べないからな」


 キュイアは人間を食糧だと語る二人に、薄ら寒い気持ちを覚えた。

 ヒーラリアだけは無駄な争いは避けるべきだと言ったが、それに耳無しは肩をすくめ、口無しは黙って首をかしげるだけで、取り合おうとはしなかった。

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