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青の物語 ~その大陸で最も平凡な伝説~  作者: 広越 遼
第一章 ~伝説の始まり~
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 砦の外ではドーモンが二人のアレーに奮闘していた。跳ね橋の上に立ちはだかり、巨大な棍棒を高速で振り回し、敵二人を近付けさせない。ドーモンの巨体からはとても想像できない軽い身のこなしで、水の魔法師の援護射撃や、小太りの男の短剣を、棍棒を振り回しながら素早く避けている。

 シュールの接近は、後ろを警戒していた黄色い髪の男にすぐ気づかれた。


「おい、後ろからも来たぞ。お前は前をなんとかしてくれ」


 守りに徹するドーモンに、どうにも切り込んで行けなかった小太りの男は、苦い顔でうなずいた。

 再びシュールと黄色い髪との魔法の撃ち合いが始まった。

 ドーモンはシュールがすぐに敵に打ち勝つと思い、しばらく守りに徹していたが、敵も一筋縄で行かないことに気づいた。

 そのためドーモンは守勢をやめ、一切の溜めなく攻勢に転じた。なめらかで柔らかい動きだ。


「うわお」


 小太りの男はドーモンの柔らかい動きに驚きの声を上げた。いつ気持ちを攻勢に切り替えたのか、全く分からなかったのだろう。しかしそこからの小太りの男の動きは見事だった。軽業師のように飛び回り、勝負を焦るドーモンを攪乱する。そして手首の力だけで短剣を投じ、そのたびにドーモンは一歩一歩後退を余儀なくされた。

 しかし小太りの男もなかなか打ち倒せないドーモンに焦りを覚えていたようだ。ドーモンが跳ね橋よりも後ろに下がったあたりで、急加速をして脇を抜けようとした。


 普通なら男のその動きについていけるものはいなかっただろう。それほどの急加速だった。しかし男は焦りすぎたのだ。行動を起こすよりもわずかに早く、目線をドーモンの脇へと向けてしまった。目ざとくそれを察知したドーモンは、男の急加速に完全にタイミングを合わせた。


 小太りの男の腰に、ドーモンの棍棒が直撃した。腰だったため絶命にはいたらなかったが、ドーモンの棍棒に打ちつけられたのだ。腰の骨は粉々になり、歩くことは不可能だろう。

 ドーモンは男にとどめを刺すよりも前に、シュールの相手に向かっていった。


 シュールはもちろんドーモンの様子が見えていたが、立ち位置的に敵には見えない。なのであえて苦しくなってきた素振りを見せ、敵の集中を自分に向けさせた。

 ドーモンの棍棒は、黄色い髪の男の頭から振り下ろされた。その一撃だけで、男は原形をとどめないほどに破壊されたのだった。




 シュールたちが出て行ってから程なくして、奥の部屋から男が一人現れた。羽根付き帽子をかぶった金髪の男。あの笛吹だ。細いチェーンで首に小さな笛をぶら下げている。


「君は……」


 笛吹は一言そう漏らした。しかしルックはそれに答えず、大剣を正眼に構えた。


「退いてくれないか。たとえ勝てたとしても、君とは戦いたくないんだ」


 笛吹は哀願するように言う。彼の顔は真剣そのもので、うそはないように見えた。そのためルックの心に迷いが生まれる。


「おじさんは戦闘員ではないんでしょ? なんでここにいるの?」


 ルックはまじめな口調でそう尋ねてみた。笛吹は少し迷ったようだが、やがて口を開いた。


「僕は薬師なんだ。ここで薬の原料になる植物を栽培していた」


 笛吹はやはりうそを付いているようには見えなかった。なぜなら彼はそれを、唾棄すべきことのように語ったからだ。


「薬って言うと聞こえはいいけど、どんな薬なの?」


 今度のルックの問いには、笛吹は黙したまま答えない。ただ憂いを帯びた目で遠くを見ていた。

 薬とは、戦争で使うための毒薬なのではないだろうか。

 その沈黙から、ルックはそう推測をした。


「おじさんたちは罪のないキーネまで手に掛けたんだ。見逃すことはできないよ」

「そうだね」


 口べたな男は、それだけ言ってうつむいた。

 笛吹は腰に帯剣をしていた。その剣の柄に静かに手をおいた。強くないとは言っても、ルックも強いわけではない。油断はできない。

 そう思ったが、男が剣を抜いて構えただけで分かった。彼はその人生において剣になど全く触れて来なかったのだ。


 笛吹が駆けてくる。一合、二合と剣を合わせるが、戦闘訓練を積んでいるルックとの差は歴然だった。

 笛吹は全く力の乗っていない剣を何度もルックに打ちつけてくる。すべての動作が隙だらけだった。


 ルックがすぐに切り返さなかったのは、まだ迷いがあったためだ。ルックの頭に、楽しそうに笛を吹く男の姿が浮かんだ。笛吹は故郷に家族がいると言っていた。子供はまだ七つだという。ルックとは話しやすいと言ってくれた。

 ルックは倒すべき相手を、こんなに良く知っているのは初めてだった。といって名前すら知らないのだが、今まで倒してきた敵は、顔も覚えていないのだ。


 ルックは覚悟が定まらないまま、笛吹の剣を受け流し、わき腹を斬った。


 そうしなければいけないという思いがあったのだが、そうしてしまった後に、激しい後悔に襲われた。

 この男を殺すということは、あの笛の音色もこの世から消すということだ。ルックは今まで何人もの命を奪って生きてきた。しかし殺すということの恐ろしさを、今また改めて悟った。


 そのとき砦の入り口から、戦闘を終えたシュールが現れた。

 わき腹を斬られた笛吹はその場でうずくまり、シュールが来たのには気づいていなかった。


「クックカに家族がいるんだ。まだ子供も小さい。お願いだ。見逃してくれ」


 笛吹は泣きながら言った。戦闘員ではない彼は、何の覚悟もできていなかったのだろう。

 しかしルックは使命感に突き動かされ、大剣を振りかぶった。頭の中は激しい迷いのため、真っ白だった。

 そんなルックの肩に、シュールの手が置かれた。

 ルックは振り返ってシュールを見上げた。シュールは瞳に深い感情を映し、首を振った。


「ルック。いい。殺さなくていい」


 シュールは優しい声音で弱々しく言う。真っ白だったルックの頭は、その言葉の意味を理解するのに時間がかかった。ルックは振り上げた剣を力なく下ろし、虚脱感に襲われ剣を落とした。


 石の床に剣が当たり、その音で、重傷を負った男が顔を上げた。そして帽子で顔を隠して、何も言わずに立ち上がる。覚束ない足取りで二人の前を通り過ぎ、入り口へと向かう。

 しかし彼は入り口の前で膝を折り、斬られたわき腹を強く押さえた。しばらく痛みに耐えようと、立て膝を突いたままそこでじっとしていたが、やがて口を開いた。


「ルックっていうのかい? 一つ、君にお願いをしていいかな?」


 ルックは入り口の男を見た。男は祈りを捧げる人のように、立て膝で頭を垂れている。


「もしいつかクックカに寄ったら、僕の家族にこの笛を渡してほしいんだ」


 男は弱々しい動きで首からチェーンを外した。それを隣に置くと、ルックの答えも待たず立ち上がり、再び歩き始めた。




 その後シュールとルックの元に、奥の部屋からドゥールとアラレルが現れ合流した。

 アラレルはどうやら無事で、小太りの男が逃げ出したのにも気づかず探し回っていたらしい。


「中にキーネ二人の死体があったよ」


 小太りの男たちはアラレルが跳ね橋を下ろしたときから、逃げ出す算段だったのだろう。逃げ足の遅いキーネ二人を口封じに殺したのだ。

 ルックはシュールに薬の栽培の話をした。ルックの手には笛吹の男が置いていった小さな笛があった。銀色でずんぐりとした形の横笛だ。手のひらに隠れるほど、本当に小さな笛だった。

 ルックは薬を毒薬だと思ったが、シュールの見解は違った。


「わざわざアーティスで栽培したんだ。関門を越えられない薬だろう。毒薬なら進軍のときに持ってこられるからな」


 シュールは敵がなぜ砦を築いたのか分かったようだ。シュールの予想通り、砦にはスイ湖に面した裏庭があり、そこでは青白い綿毛の植物が一面に栽培されていた。これを栽培するため、敵はねぐらを移動できなかったのだ。


 その植物はビカという、中毒性の高い麻薬の原料だ。

 この麻薬を首都アーティーズにでもばら撒き、アーティスに混乱を招こうとしたのだろう。


 シュールは火炎を放ち、ビカの畑を燃やし尽くした。


 彼らはそれからメラクで一泊した。しかしルックは、沈んだ気持ちをどう処理したらいいか分からず、一睡もできなかった。

 彼らは次の日朝早く起きると、ハシラクの鉱山に戻った。アラレルだけは先に首都に戻るためその前に別れた。


 鉱山ではライトとルーンが、ひと目見るなりルックの沈んだ心に気付いてくれた。

 ルックは二人の心配そうな顔を見ると、ふと強烈な眠気に襲われ、二人に倒れかかるようにして眠ってしまった。

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