⑦
次の街には四日で着いた。この街にはレジスタンスの拠点はないということで、イークが安心してくれと言った。
彼は同行する仲間の中で、唯一レジスタンスとのあの戦闘を苦く思っているようだった。彼はルックと同じ気持ちでいると語った。
「なんかな。あんまりにも俺たちが強かったせいで、虐殺をしたみたいに感じたよな」
二人で飼料の買い出しに歩いているとき、イークはそんなふうに言っていた。
しかし彼も、あの戦闘が必要なことだったとは思っていたようで、ルックにだけしかその話はしなかった。
ルックはイークと気が合った。お互い価値観が近いように思えたのだ。
例えばイークは、武力という意味での強さに否定的だった。アルテスでは定期的に内戦が起こるそうで、イークの歳でも三回戦争に参加したことがあるらしい。そのときにイークは、戦争の狂気に薄ら寒い想いを抱いたのだという。
ルックもかつて戦争のときに、勝ちどきを上げるアーティス軍の中で、同じような気持ちを抱いていた。
またイークは自分に力があるから、ルーメスを狩っているのだと言った。義務感や強い正義感からではなく、仕方ないからルーメスを討伐しているのだと、謙遜気味に言った。
それはルックも同じだった。
リージアに頼まれてルーメス討伐を行っていたルックだが、彼は自分が人より強いから、他の人がルーメスと戦うよりはリスクが少ないと考えていたのだ。
ルックがルーメスと戦う理由はただそれだけだった。特別世界を守りたいからだとか、自分は悪を討って平和をもたらしたいだとか、英雄的な思想は持っていなかった。
ただ客観的に見て、自分がやるべきだと感じていただけなのだ。
「まあ誰かがやらなきゃいけないことだかんなぁ」
イークがそう言ったのに、ルックは強い共感を覚えた。
街での補給を終えたルックたちだったが、今度はすぐには出立しなかった。
「次の街までは十日くらい距離があんだよ。今日は十九月の十六日だから、三日後にはアルテスじゃ大雨が降る。出発は二十日になんな」
今度の宿には大部屋があり、ルックたちはその部屋を借りていた。この街はレジスタンスの脅威は少ないが、前回の街であれだけの戦闘があったのだ。報復も警戒しなければならない。全員が一つの部屋にいた方が安全だった。
ルックとイークの買い出しは一番時間がかかったようで、部屋に戻ると仲間はすでに全員集まっていた。
イークはそれを確認するとすぐに言った。
「雨の中を走ると、ラバの機嫌が悪くなんだ」
「そういえばもうメスのメスなのね。その日に雨が降るのはアルテスに限った話じゃないわよ。ティナ街以外ではどこでも降るんじゃないかしら」
「へぇー、そうなのか? なんでティナ街だけは降らないんだ?」
リリアンの言葉にイークは興味を持ったようで、そう聞いた。
「単純な話、ティナでは雨じゃなくて雪が降るのよ」
数字としては十九を意味するメスは、物事の終わりや作り上げたものの崩壊という意味がある。ルックは今まで十五年生きてきて、メスのメスに雨や雪が降るのは当然だと思っていた。そこに意味などは考えたことがなかった。
しかし光の織り手・リージアが言うには、言葉が世界に与える影響は大きいとのことだった。だから一年のうち、メスのメスは大陸中で雨が降り、逆に完成を意味するテスのテスでは、大陸中が晴れになるのだろう。そしてルックは気が付いた。テスのテスが最も世界が安定する日なら、メスのメスが一年で一番世界が不安定になるのだ。
まさか何万というルーメスが現れるということはないだろうが、警戒はしておくべきかもしれない。
「雪かぁ。俺たちは一度も見たことがないな。ルックとルーンはアーティスの生まれなんだよな? 生まれはティナ街か?」
「ティナはアーイスやないよー」
アルテス人はティナをアーティスの一部とみなしているらしく、ルーンがそれに反論した。しかしイークが聞きたかったのは、ルックたちが雪を見たことがあるかどうかだろう。ルックはすぐにそれに気付いて会話に参加した。
「ティナ人にはアーティス国王も命令権はないし、アーティスでは独立した地域って認識なんだ。だけどティナとアーティスには関税はほとんどないし、僕たちはよくティナには行ってたよ。それにアーティスにも雪は降るしね」
アーティスでも年の前半の寒季では、雪が降ることも多い。一度も降らない年もあるが、降るときは一面が雪景色になることもある。
「雪が積もると景色が一変するんだ。僕たちの生まれたアーティーズは、地面にカラフルなタイルを敷いてある街なんだけど、雪が積もると全部が真っ白になるんだよ」
ルックとルーンは、イークたちに雪の話を語って聞かせた。大雪のときは雪を投げ合ったり、そり遊びをしたり、イークたちは楽しそうにそんな話を聞いてくれた。
「いいですね。アルテスでは雨も年に一度しか降らないですから、とても想像できないです。一度他国にも行ってみたいですね」
ヒールが言った。彼女たちは将来的には国の中心になる人たちだ。ルックのように自由に旅に出ることはできないのだろう。彼女の口調は憧憬と諦めまじりのものだった。
ルックとルーンがイークたちと話し込むと、リリアンがロロと会話を始めた。クロックは一人静かに爪を研いでいる。雪の話が一段落つくと、ミクが話から抜けてクロックと会話を始めた。
ルックたちはそれから二股の木の話をイークたちに聞かせ、イークたちはアルテス北部の金鉱脈やテテという山の話をし始めた。
それからルーメスの話になり、戦闘の心構えの話になり、フォルキスギルドの話になり、シュールやライトたちの話になった。
幼なじみが王になった話には、イークは興味深げだった。第四王位継承権を持つイークは、ライトの話を自分に置き換えて聞いていたようだ。
王になっても庶民の感覚が抜けないライトに、イークは共感を示していた。イークも王子らしさがないので、通ずるものがあったのかもしれない。聞けばイークは、ルーメスが大量発生する前から、あまり王宮には居つかなかったらしい。アルテス国内から出ることはないが、国内の各地を巡り、アレーギルドの一員として活躍していたそうだ。
それからイークとヒールが、アルテス最南の街で毎年行われる、アレーの大会について語り始めた。王族や高級文官の家のヒールには参加資格がなかったようだが、イークは自信満々に、自分たちなら優勝ができたと言った。
ルックはティナのファースフォルギルドのトーナメントについて話した。それから前回の優勝者、アラレルの話をした。
アラレルのことはイークもヒールもユキも知っていた。しかしアラレルが片腕に敗れた話は知らなかったようで、その話にはイークたちはかなり驚いていた。
「俺たちの中ではミクが一番強くてさ、あいつは北のアラレルなんて呼ばれてんだ。ミクがそれに、いつかアラレルを南のミクって呼ばせてやるなんて言ってたから、アラレルが負けたっていうのはちょっと残念だな」
ルックにとってはアラレルのことは他人事ではなかった。アラレルは育ての親でもあるシュールやシャルグの親友なのだ。歳は離れていたが、ルックもルーンもアラレルを友人だと思っている。アラレルの生死も普段から気にしていることだった。
しかしイークたちにはアラレルは話の中の登場人物でしかないのだろう。残念という言葉には情がこもってはいなかった。
話は片腕のものに移り、最近は片腕の噂を聞かなくなったということを語った。
この頃の片腕はヒッリ教の大教会を離れ、コールに向けて北上しているのだが、なるべく人間と関わるのを避けていた。片腕の噂が絶えているのはそのためだ。
ルックたちはそのことは知らなかった。そして当然、イークたちが一つ目たちに狙われているというのも、まだ知らなかった。
一つ目と耳無しと口無し、女ルーメスのヒーラリアと、揺らぎの祝福を得た人間キュイア。彼らはすでにアルテスへと入り、ルックたちのすぐそばにまで近付いているのだった。
まだ砂漠の旅は続きますが、今話で『丸馬車の旅』は終了となります。
そして次回から少しルックたちから目線が離れます。
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