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青の物語 ~その大陸で最も平凡な伝説~  作者: 広越 遼
第五章 ~砂漠の旅人~
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 ルックはあの暗殺の依頼を受けておけば良かったと思った。

 五十のアレーはみな武装していて、好戦的な目をこちらに向けていた。

 イークを狙ってきたレジスタンスでほぼ間違いないだろう。レジスタンスは宿を中心に半円形に広がり、完全にルックたちを包囲していた。


「どうかしたんですか? 僕たちは旅のアレーで、アルテスには初めて来たんです。こんな大人数に囲まれる覚えはないんですが」


 こちらの人数はビーアも入れれば十人だが、ルーンとヒールはこの状況では戦力にならない。できれば穏便にやり過ごしたい。

 ルックはそう思って発言したが、どう考えても平和的には終わりそうになかった。

 レジスタンスの中から短く高い笛の音が鳴り、全員が片手剣を抜き、構えた。


「無駄な抵抗はやめろ。私たちはそっちの鉄のアレーに用がある。すんなり引き渡すんなら見逃してやるよ」


 レジスタンスもルックたちと戦えば、かなりの戦力を失うことになると考えているのだろう。前にいる女が威圧的に脅しをかけてきた。

 ルックはイークの方を見た。街中で戦闘になって構わないか確認したのだが、彼は意味を取り違えたらしい。


「へぇ、そいつはありがたいな。それじゃあ俺だけ捕まれば、他の連中は見逃してくれんだな?

 ルック、なんか悪かったな。俺がついてきたせいでとんだトラブルになっちまったみたいだ。俺は身代金と引き換えにアルキューンに戻ることになっから、気にせずお前らは旅を続けてくれ」


 ルックはそう言われ、小さな怒りを覚えた。ここで彼一人を置き去りにするほど、自分は薄情ではない。

 彼は身代金と引き換えになるだけだと言ったが、それはレジスタンスの力を高めることになるだろう。最終的にイークたちの命にも関わりかねない問題だ。とても看過できない。


 ルックは仲間たちの顔を順番に見ていった。


 ルックと同じアレーチームで育ったルーンには、もちろん彼を見捨てる選択肢はないだろう。ルックと目が合うと、彼女は軽く頷いた。


 リリアンはイークたちに全ての事情を打ち明けたのだ。彼女にとっては、すでにイークも仲間の一人なのだろう。ルックが見ると、呆れたように目を閉じて頭を揺らした。


 クロックはすでに背中に手をやって、いつでも爪を抜けるようにしていた。


 ロロもここから立ち去る気はないというように、目を閉じて戦闘のときを待っていた。


「ねえ、あなたたちはレジスタンスっていう人たちなんだよね? ちょっと聞いてもいいかな?」


 ルックは声を張り上げて言った。


「僕たちがもし徹底的にやり合うって言ったら、そっちにも少なくない被害が出るよね? それってイークの身代金と釣り合いが取れるのかな?」


 ルックの言葉に、一瞬レジスタンスはためらいを見せたが、すぐに彼らの中から、派手な貴金属を大量に付けた男性が進み出た。


「旅のお方。聞き分けていただきたい。先ほど彼も言った通り、私たちは何も彼の命まで取ろうというのではありません。言わばこれは王族の通行料のようなものなのですよ」


 派手な男は落ち着いた口調でそう言った。レジスタンスということだが、彼らは王族に恨みを持っているようにも感じなかった。

 ルックがそれを訝しく思っていると、後ろからヒールが歩み寄り、ルックに小声で言ってきた。


「あの男の言うことは本当です。ほとんど王族の誘拐は、レジスタンスと王族の予定調和のようなものなんです。もちろん王宮側は苦々しく思ってるんですが、彼らの仲間はとても多いんです。本格的に事は構えたくなくて」

「いや、ちょっと待てよ」


 ルックを止めようとしたのだろうヒールの言葉を、ミクが遮った。


「これだけの数の反抗勢力を討ち取れるなら悪い話じゃない。こいつらはレジスタンスの中でもたちの悪い連中だしな。ルックたちが協力してくれるなら、正直大した数じゃないんじゃないか?」


 とんでもない話だった。確かにルックたちは強くなった。しかし向こうは五十人はいるのだ。大した数でないわけはない。しかしルックはそれでも、いざ戦闘になれば、全員が無傷で乗り切れるだろうとは思っていた。


「でもミク、ここで五十の死体を作るのはどうなんですか?」

「そんなの埋めればいい」


 こともなげに彼女は言い、刺突剣を抜き放った。

 ヒールは「あぁもう」と癇癪を起こしたが、それ以上は反論しなかった。


 ビーアが高く声を発して、ルーンの頭から飛び立った。

 その瞬間にルックは、ヒールを抱えてその場から飛び退いた。

 仲間たちもルーン以外は回避した。そこに水魔や炎上、隆地の魔法が立ち昇る。


「ルックはそのままヒールを守っていて」


 リリアンから指示が飛ぶ。ルックは慣れた動作で背中の大剣を抜いた。

 敵は地面から立ち昇る魔法を使ってきた。街に被害を出したくないのだろう。敵の魔法が消えると、中から無傷の白いローブ姿が現れた。ルーンはローブにも帰空の魔法をかけていたので、まるで魔法など立ち昇らなかったかのようだ。

 軽く驚きを示したレジスタンスに、ビーアが特攻をかける。ビーアは普通のアレーよりは確実に速く、瞬く間に三人がそのくちばしに貫かれた。

 敵の一団にリリアンの水魔が襲いかかった。けたたましい音とともに、一気に二十ほどのアレーが吹き飛んだ。

 クロックが駆け、派手な男を切り裂いた。クロックは以前より確実に速くなっていた。ルックよりも一段速い。派手な男の構えは戦闘に慣れていそうな、板についたものだったのだが、抵抗してくる間もなかった。

 ロロは敵の命までは奪う気がないようで、掌を敵の鳩尾に打ちつけ、次々に敵を当て落として行く。

 逃げ出そうとする敵を強風が阻み、ミクの刺突剣が立ち止まった敵を貫いて行く。

 イークは攻めてくる敵から、ルーンを守るように立ちはだかり、敵の剣を全て装剣の魔法で防いでいる。

 ルックもヒールとユキを後ろに隠し、防戦に徹した。


 そして左目に水のレンズを装着したリリアンが動き始めると、勝負は一瞬にして終わった。


 リリアンの動きは、視力強化をしたルックにも追いきれないものだった。ほんの一クランもしない間に、敵の五十名は全員地に伏していた。

 ほとんどが死んでいる。生きているのは、ロロに当て落とされた数名だけだ。街の人々が遠巻きにこちらを見ていて、その顔はどれも恐怖に歪んでいた。


 ルックが思っていた以上の圧勝だった。ルックは少し、自分たちの力が恐ろしく思えた。とても人間に振るっていい力ではない気がする。

 ルックたちはそれから街の外れに墓穴を作り、街の人たちに数十枚の金貨を渡した。レジスタンスを穴に運び、埋める作業を彼らに任せたのだ。


 ルックたちは丸馬車に乗り、次の街へと出発した。馬車の振り分けは変わらず、ルックの馬車にはクロックとミクとヒールが乗っていた。クロックとミクは先ほどの戦闘を興奮気味に語り合っていた。お互いの力を褒め合い、リリアンの絶対的な強さを讃えていた。


 そこでルックは、イークたちがリリアンの新しい魔法を使った動きを知っていたのだと気付いた。だから彼らは奇形の猿をリリアンより速いと言ったとき、翼竜のとき以上の驚愕をしたのだ。当時のリリアンは今のように速くなかったことをイークたちは知らないのだろう。


 日が暗くなり始めたころ、また食事のために馬車を止めた。

 それぞれが馬車から食料を取り出し、思い思いの場所で食事を始める。


 ルックも自分の干し肉と、酒漬けにした根菜を取り出して、黙々と食事をし始めた。誰とも話したい気分ではなく、一人丸馬車の陰で寄りかかっていた。

 干し肉は固く塩辛い。酒漬けにした根菜も匂いがきつく、噛むと口の中にあくの強い味が広がる。食後には果実を絞ったジュースを飲んだが、濃く重たいジュースに、ルックは胸焼けを感じた。

 黙々と食事をするのは、ルックが慣れ親しんだシビリア教の教えに反する行為だったが、ルックはとても明るい話をする気にはなれなかった。

 食事が終わると、そんなルックにリリアンが声をかけてきた。


「ルック、落ち込んでいるのかしら?」


 ルックは知らずうつむいていた顔を上げ、リリアンを見る。クリーム色のショートヘアーは、心配そうにルックを見ていた。


「うん。ちょっとね。なんかわざわざ殺す必要があったのかなって思ってて」

「殺す必要?」


 リリアンはルックの言葉に、意外そうに目を丸くした。緑色の瞳が不思議そうにルックを覗き込む。

 敵はルックたちを殺そうとしていた。先に剣を抜いたのは向こうだったし、最初の魔法は避けていなければ、確実にこちらを殺す威力を持っていた。

 そのことを考えれば、殺す必要は当然あったのだと言える。誰からも後ろ指を指される行為ではなかったと思う。しかしルックには、自分たちの行いがひどく残酷なものに思えた。


「うん。なんていうか、僕たちは彼らを確実に殺せるって分かってたんだ。もっと上手いやりようがあったんじゃないかって気がするんだ」


 ルックの言葉に、少しの間リリアンは考える素振りを見せた。そしてルックの隣に腰を下ろして、後ろから手を回してきて、抱きかかえるようにルックのおでこを撫でた。


「考えすぎよ。イークを差し出すわけにもいかなかったでしょう? イークが本当に殺されない保証もないし、彼がいなくなればラバに乗れる人がいなくなるわ。

 私たちはルーンのために先を急いでいるのよ。戦わないわけにはいかなかったわ」


 ルックはリリアンに撫でられたことで、一瞬落ち込んでいるのも忘れてしまった。彼女の手は柔らかく、優しい温かさがあった。

 アーティス人では考えられない触り方に思えて、ルックはとても戸惑った。

 しかしルックはすぐに真面目に思案をし、逸る心を落ち着けた。


「戦うのは仕方なかったかもしれない。だけど、ロロみたいに相手を殺さない方法もあった気がして」


 リリアンはルックを撫でる手を止めて、厳しい視線を向けてきた。


「ロロは格闘が得意なのよ。私たちが使う剣や魔法は、殺さないようにするには向かないわ。

 ルック。真剣に考えてみて。相手を殺さないようにって考えは、仲間をそれだけ危険にさらすことになるのよ」


 リリアンの言葉はルックの胸に突き刺さるようだった。

 リリアンはおそらく、自分一人なら相手を殺さないようにするのだろう。最初に出会ったとき、敵として現れたリリアンはルックたちを殺さないように立ち回っていた。

 彼女は心優しい人なのだ。その彼女に殺すという選択をさせているのは、きっと自分たち仲間なのだ。

 ルックは得も言われぬ罪悪感を感じ、口を閉ざした。

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