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青の物語 ~その大陸で最も平凡な伝説~  作者: 広越 遼
第五章 ~砂漠の旅人~
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 丸馬車は、四台縦一列になって走り始めた。先頭の馬車にはルック、クロック、ヒール、ミクの四人が乗り、二台目の馬車には他の四名と一羽が乗ることになった。三、四台目には飼料と荷物が乗っている。御者はイーク一人だ。

 ルックは四台の馬車を引くのに、御者がイーク一人なのを不思議に思った。しかしそれぞれ三頭ずつのラバが馬車をひいているが、乱れずに先頭のイークについていっている。


「どうして後ろのラバはちゃんとついて来るの?」


 ルックの問いにミクが答えた。


「イークの乗っているラバは他のよりも一回り大きいだろう? 実はあのラバは奇形なんだ。原理とかは知らないけど、奇形のラバは他のラバを従えられるんだよ」

「そうなんだ。僕が戦った南部猿もボス猿は奇形だったけど、そんなものなのかな?

 念のためだけど、奇形って危なくないんだよね?」

「ああ。イークが乗ってるのはそれほどの奇形じゃないからな。たてがみがまだらに黄緑がかっているだろ。人間でもあんな感じの髪の色だったら、大したアレーじゃないのと同じだ。

 昔もっと大きな奇形のラバがアルテス王宮の中で産まれたことがあったらしいんだけど、そのときはアルキューンが滅亡しそうになったらしい。アルキューン中のラバとロバと馬が王宮目掛けて押し寄せてきたって話だ」

「赤ラバのお話ですね。二百年前、死者が千名も出たという大災害です。アーティスではあまり知られていないのですか?」


 ルックがミクの話に驚いていると、ヒールが会話に参加してきた。戦時下でもないのに死者が千名というのは、未曽有の大災害だっただろう。しかしアーティスではそのような話は聞いたことがなかった。


「うん。初めて聞いたよ。そもそもアーティスじゃラバもそんなに見ないしね。ラバはなかなか繁殖しないんでしょ?」

「いや、どうやら本当に知らないみたいだな。ラバっていうのはなかなかもなにも、繁殖能力がないんだ。だから一頭で馬の十倍は値が張る家畜なんだよ」


 ミクとヒールは良い話し相手だった。遠く離れた異国の話は、ルックにとって興味の尽きない話題だったのだ。二人にとっても、ルックの語るアーティスの話は、興味深いものだったらしい。特になぜか彼女たちは、森人の話を喜んで聞いた。アルテスは一番緑の多いアルキューンにも森はない。森人が木と木の間を交互に飛び移り、軽々樹上に身を運ぶのだと話すと、手を叩いて大げさに喜んでいた。


「うちの家系の伝説なんだがな、私たちはもともと小さい谷の出身らしいんだ。それで北に向かって巨人と子を作ったのが私たちの初代で、南に向かって人間と子を作ったのが森人の祖先だって話なんだ」


 ミクはそんな話を聞かせてくれた。小さい谷出身と聞いて、クロックが驚いた顔をした。ルックにもヨーテスにある小さい谷の噂は聞いたことがあった。


「小さい谷って、ミクの祖先は妖精だったのかい?」


 ヨーテス山脈にある大陸一深いと言われる谷は、谷底に妖精が住んでいるという言い伝えがある。誰も確認したものはいないが、陽のない曇りの夜、小さい谷が明るく輝き、岩肌に大きな影が映ることがあるというのだ。影は楽しげに踊っているようで、朝には見えなくなっている。

 小さい谷はとても深く、もし谷底の何かが影を投影させたのだとすれば、それはとても小さな生物だろうと言われている。

 そして影は人の形をしているので、谷底には妖精が住んでいると推測されるようになった。大陸で最も深い谷が「小さい谷」と呼ばれているのは、そんな理由からだ。


「おや? 見て分からないかな? とても繊細で儚げだろう?」


 おどけるミクに、クロックは口元に笑みを浮かべながら右肩をすくめた。


「本当だね。ついでに光を纏って空を飛び回っていそうだよ」


 丸馬車での旅は順調に進んだ。昼過ぎに発ち、暗くなる前にはアルキューンを出た。アルキューンを出てすぐに一度休憩を取り、砂が降り出すころにまた出発をした。

 砂漠での旅は、夜通し走り続けるのが基本になるという。夜に立ち止まり続ければ、朝には確実に地面の下にいることになるのだ。


「砂がまた巻き上げられる頃まで、生き埋めにされるんです。私たちは小さいころ、悪いことをすると一日生き埋めにするよなんて、よく脅されたんですよ」


 ヒールがそんな説明をしてくれた。

 昼に五、六時間ほど睡眠を取り、起きたら夕ごはんを食べてまた進む。馬車の一つはほとんどが飼い葉や水のためのもので、ラバの飼料はそれが尽きたら次の街まで仕入れられないという。


「不便なものね」


 砂が降り始める前の食事のときに、リリアンが言った。リリアンの発言は、イークとユキが一頭一頭に水を与えているのを見ながらのものだった。


「歩いて行くよりはだいぶましだよ。ラクダならここまでの苦労はないんだが、ラバほどは速くないからな」


 ミクが干し肉をかじりながら答えた。彼らの食事は一日二回になっている。しかし一回の量はいつもと変わらず、ルックは少し物足りなく感じていた。


 次の街にはアルキューンを出て五日後に到着した。三十の街のうち二つ目の街だ。地下から湧き出るオアシスを中心に作られた街で、人口は二万人ほどだという。

 アルキューンほど整列してはいないが、家はやはり全て南南東を向いている。街は高い防壁に囲われていた。これは外敵から身を守るためではなく、砂が街に入り込まないようにするためだという。


 街でまずしたことは、飼い葉の調達だった。ラバは馬ほどは食べる量が多くないが、それでも十二頭分の飼い葉はかなりの量だ。

 アルテスのほとんどの街では、食糧や飼い葉は主に南のオラークから輸入しているらしい。生産性の乏しいアルテスの街は、規模はそれなりに大きくても豊かではなかった。


「アルキューンだけは例外なんだけど、アルテスは南に行くほど街が貧しくなるんだ。北ならアルテス山脈から無限に金が掘れるかんな。けどとにかく街を作るには水場が必要だから、割と南の方にも街はあんだ」


 宿でひと息ついたとき、イークがそんな解説をした。


「ここなんかはまだましな方で、オアシスが割と広いから、多少は自給ができてんだ。ただこの街の南東部はレジスタンスの巣にもなってるから、ここでは俺たちの身分は明かさないようにしてくれな」


 ルックは第二ギルドでの暗殺の依頼を思い出し、クロックの方を見た。彼も同じことを思い浮かべたようで、右肩を上げて苦笑いしている。

 宿で食事を済ませると、リリアンが仲間のことを詳しく話し始めた。まずは自分のことから語り、続いてルーンのことを語った。


「体に呪詛の魔法って、普通すぐに死んでしまうものじゃないのか?」


 ミクの家系は呪詛の魔法にも詳しいのだろう。イークとヒールより二人の姉妹の驚きは大きかった。


「ええ。私もそう認識しているわ。だけどルーンの場合はちょっと特殊な事情があるの。だから私とルーンは割と普通だと思うわ」

「ってことはルックかクロックかロロがなんかしてんのか?」

「ええ。イークの言うとおりよ。ルックがルーンの命を支えているの。あなたたちは神は信じているかしら?」

「あー、ミクとユキには申し訳ないんだけど、俺は無神論者だな。一応アルテスにはいくつか宗教があるし、ノリッタ教が国教になってるんだけど、俺は生まれてこの方神様には会ったことがないんだ」


 ミクとユキは母親が司祭長だと聞いていた。詳しく聞くと、二人の母親はアルテスの国教、ノリッタ教の司祭長なのだそうだ。しかし彼女たち二人はノリッタ教の信者ではなく、父方の宗教を信奉しているらしい。彼女たちは自分たちを命の神の信者だと言った。


「へぇ、それは驚いたな。君たちは生と死の神の信者なんだね」


 これには宗教に詳しいクロックが驚きの声を発した。

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