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青の物語 ~その大陸で最も平凡な伝説~  作者: 広越 遼
第五章 ~砂漠の旅人~
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 王宮はルックが今まで見たこともない、輝く金色の建物だった。平たいドーム状の建物で、高さはアーティス城の半分もないが、とにかく広い。小さな町が収まるのではないかというほど、広大な建物だった。

 アルテス王宮の周りには庭園があり、その庭園の入り口には小屋が建てられていた。ルックがその小屋の前に来ると、中から衛兵が一人現れた。全身を魔法具の鎧で固めた、魔装兵だ。


「ここはアルテス王宮だ。何の用件で参られた?」


 魔装兵はルックを引き止め、問いかけてきた。王宮の威厳を保とうとしているのか、尊大な口調だった。


「第一王子のイークに会いにきました。僕の名前はルックです。ルックが訪ねてきたと取り次いでもらえますか? ヒールやミクやユキでも構いません」


 衛兵はルックの言葉に目を丸くした。何にそこまで驚いたのかは分からなかったが、少なくとも敵対的なようではなかった。


「かしこまりました。ただちに伝えて参ります。しばしお待ち下され」


 急に衛兵は尊大な口調をやめ、すぐに宮殿の方へ走っていった。ルックはその場で衛兵の態度について考えながら待った。

 イークたちが話を通してくれていたのだろうか。それとも海蛇を退治したことで、そこまでルックの株が上がっていたのだろうか。

 数クランでイークが出迎えに来てくれて、ルックの疑問はすぐに解消することとなった。


「おお! 本当にルックだな。いつアルキューンに戻って来てたんだ? みんなも会いたがってたぞ。そんでぜひとも黒の翼竜の話を聞きたいんだ」


 ルックたちが海に出ている間に、アルキューンにとある吟遊詩人が訪れ、現在この王宮の客分となっているのだそうだ。そして甘い歌声でルックの英雄譚を歌い上げたのだという。


 ルックはイークに連れられて、イークの部屋へと入った。部屋は黄金を散りばめた豪勢な部屋で、床は赤く染められた絨毛で覆われ、壁には様々な色の宝石がはめ込まれていた。

 部屋には奥へと続くドアが一つあり、そのドアは鉄製で、立体的な魚の絵が施されている。

 その手前には丸くカーブするソファーが置かれていて、そこにヒールとミクとユキが座っていた。ソファーの前には半円形の白いテーブルが置かれていて、四つのグラスと、銀色のポットと、小さな焼き菓子が盛られた皿が置かれている。


「俺はちょっとルックの分の飲み物を頼んでくっから、ヒールたちと話しててくれ」


 イークはそう言って、駆け足で部屋を出ていった。


「ルック、元気だったかい? とりあえずこっちに座るといい」


 一番手前に座っていたミクが少し詰めてくれて、ルックを手招きした。ルックはありがたくそこへ座った。座ってすぐにイークが出て行った入り口を見る。


「イークって第一王子なんだよね? 結構自分の足で動き回るんだね」


 ルックはそんなことを聞いてみた。

 ライトは自分でお茶を入れたり、自由に城を歩き回っていたが、それはライトがかなり特殊な生い立ちで王になったためだった。普通の王族なら、護衛や従者が常に周りに控え、何をするにも率先して行動してくれるものだろう。


「アルテス王宮では他国と違って、王族はそこまで敬われないんです。もちろん私たちよりも格上の存在ではあるのですが、周りに人間を置いて命令権を持つのは、王ただ一人なんです」


 ヒールの説明に付け加えるように、ミクが言う。


「ひと昔前までは奴隷制度があったから、王子も自分で動くことはなかったらしいんだけどね。今の女王がアルキューンでの奴隷を禁止したんだ」

「そうなんだ?」

「ああ。今の女王、つまりイークの母親は、その前の国王が奴隷の女に産ませた子供だったんだよ。本来奴隷の子供は王位継承権が最下位になるんだが、なかなか子供ができない王だったらしくて、現女王はただ一人の子供だったんだ」


 ルックはイークを待つ間、ヒールとミクからアルテスの簡単な歴史を学んだ。

 イークが持ってきてくれた飲み物は、柑橘系の果実を絞ったジュースだった。ルックは一口それを飲んだが、顔が酸っぱさに歪まないようにするのに、大変な思いをした。しかし走ってここまで来たルックには、のど越しはとても爽やかでおいしく感じた。


「そんでルック、アルキューンに来た名楽師スビリンナが歌うには、この王宮ほどの大きさがある翼竜と戦って、挙げ句その翼竜の背に乗って、お前は空の旅人になったってことだけどよ、どんな話がそうなっちまったんだ?」


 イークは吟遊詩人の歌を鵜呑みにはしていないようで、ルックに真相を聞いてきた。ルックはからかわれているのだと分かってはいたが、情けない声で答える。


「空の旅人って……

 翼竜と戦ったのは本当だけど、黒の翼竜本体じゃなくて、彼が操る人形と戦っただけなんだ。まあ、その他の翼竜の背に乗ったとかは、残念ながら事実だよ。ぐるっとそこらへんを一周した程度だけどね」


 ルックの説明にイークたちは目を丸くしていた。確かに少なくともここ数千年は、黒の翼竜の背に乗ったのはルックだけなのだ。驚かれるのも無理はない。

 ルックはため息をつく。


「え、それじゃあほとんど事実ってことじゃないか。私はてっきり、奇形のトカゲでも倒した程度だと思ってた」

「私もです。まさかユキが正解だったなんて」


 ミクとヒールが続けてそう感想を言った。彼らはルックをネタに賭けをしていたようで、ユキの前にそれぞれ金貨を一枚ずつ置いた。


「信じらんねぇ。まじかよ。それじゃあルック、千を超える奇形の猿の群れを、剣一振りで狩り尽くしたってのはどうだ? さすがにそれは嘘だよな?」


 イークは嘘だという方に賭けているのだろうか。ルックは一瞬、自分を賭けのネタにしたイークに痛い目を見せてやりたいと思ったが、さすがに肯定するには話が大きくなりすぎている。


「それはだいぶ話が大きくなってるね。猿の群れは百くらいだったし、奇形の猿は二匹だけだったよ。しかもその内の一匹はロロが倒したし」

「いやいやルック、それならわざわざスビリンナは歌になんかしなかっただろう? 正直に話してくれよ」


 ミクが言った。イークと違い、彼女は話が事実だと賭けているのだろう。


「これは本当のことだよ。ただその一匹の奇形がすごく強かったんだ。リリアンでさえ追いつけない速さで、しかも武器を持って魔法を使ってきた。群れの猿もみんな武器は持っていたけどね。

 それと剣一振りでっていうのも嘘だよ。一匹ずつ首を跳ねていったんだ」


 ルックはできるだけ大したことなく捉えられるよう話した。この話はルードゥーリ化が絡むので、事実がすでに極端だ。ルックはサニアサキヤ公爵へ語ったときの教訓から、なるべく極端に聞こえないよう、努力して話した。

 しかしイークたちはそれでもなお目を剥いていた。先ほどの翼竜の話よりも驚いているようだ。

 ルックはそんな彼らを不思議に思ったが、その理由までは分からなかった。


「これはヒールの案が一番近いっかな? ヒールは確か、猿が全部奇形なはずはなくて、いて数匹だって言ってたよな?」


 イークが確認をすると、ヒールは自慢げな顔で頷いた。


「そうですね。あと剣一振りで全部の猿が倒せるはずがないから、せいぜい五匹くらいを同時に討ち取ったんじゃないかっていうのが私の予想です」


 彼らの賭けは事実かどうかではなく、事実に近い予想をするというものだったようだ。

 イークが舌打ちをして、懐から金貨を取り出そうとする。

 そこに不服顔でミクが言った。


「それじゃあ、猿の首がいっせいに跳ね飛ばされたから、吹き上げる血が滝のような轟音を発したってのはなんだ? 五匹程度じゃそんなふうにはならないだろう?」


 彼ら全員の目がルックに集まった。できればそこには触れてほしくなかったのだが、これからルックは彼らに丸馬車を借りたいと依頼するのだ。適当にごまかすのは不誠実だと思った。

 ジレンマを感じながら、ルックは半ば投げやりな気持ちで、肩をすくめてから言った。


「最初の猿の首が血を吹き上げきるまでの間に、一匹ずつ順番に、最後の猿の首までを跳ねたんだよ。だから血が吹き上がったのは、ほとんど同時だったみたいだね」


 その場にいれば、それはぞっとしない光景だったのだが、話で聞くだけならばそこまでの忌避感は覚えないものだ。

 イークたちは少し興奮をしたようにルックを褒め称えた。賭けは奇形の数を予想していたヒールと、滝のような音を事実だと予想したミクの勝ちとなったらしい。

 ルックは柑橘類のジュースをまた一口飲んだ。馴れたためか、苦い思いを抱いていたためか、先ほどよりはその酸っぱさも気にならなかった。

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