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青の物語 ~その大陸で最も平凡な伝説~  作者: 広越 遼
第四章 ~海の旅人~
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 リリアンは久しぶりに使った水鏡のせいで、感傷的な気分になっていた。


 本当は老ルーメスを殺すべきなのかもしれない。しかしリリアンの氷の短剣は、老ルーメスの喉元で止まった。ルーメスとはいえ、感情のある彼らを簡単には殺したくなかったのだ。


 喉に突きつけられた刃を見ながら、老ルーメスが何かを言った。

 三十名のルーメスが周りに集まってきた。彼らからは戦意は感じられず、みなリリアンの前で地面に片膝を下ろした。

 リリアンが刃をどけると、老ルーメスも片膝をつく。


「リリアン。古い戦いのしきたり、終わった。みんな、お前の、言うことに従う」


 最後に歩み寄ってきたロロがそう告げた。リリアンはそれを聞いて、残酷な依頼をしようとする自分に、歯がゆい思いがした。


「ロロ。彼らに歪みを広げる行為はやめて、逆に抑えるようにお願いして。それとテスのメスのことを伝えてもらえるかしら。テスのメスに最大限の力で歪みを抑えて、次の日は力を弱めてもいいって」


 ロロは頷き、老ルーメスに向かって口を開いた。しかしルーメスの言葉ではなく、リリアンに人間の言葉で尋ねてきた。何かに気付いたようだ。


「リリアン。テスのメス、何日後だ?」


 リリアンはそれについて全く考えていなかった。彼らは人間の月日の数え方など知るはずがないのだ。そしてリリアンも船旅の間、日数を数えていなかった。船酔いのためそれどころではなかったのだ。


「それは困ったわね。アルキューンを出たのが確か十七の月の四日だったかしら?」

「俺、それ分からない。気にしてなかった」


 二人で相談を始めたリリアンたちに、ルーメスたちが戸惑ったような顔を向けてくる。どんな要求がなされるのか、不安があるのだろう。ロロが彼らに何かを言って、安心させてやった。


「そういえばロロ、ルーンの誕生日から何日たったかしら?」


 そこでふとリリアンは、船の上でルーンが誕生日を迎えたのを思い出した。ルーンの誕生日なら、確か十七の月の十日だったはずだ。


「あれなら、八日前だ」


 リリアンはそこから数えて、来年の二十月の十九日が、四百六十一日後だとロロに伝えた。

 彼らは抵抗なくその依頼に従った。戦いのしきたりに負ければ、その一団は生殺与奪権まで勝者に委ねるのだという。

 リリアンとロロはそれから、集落には向かわずにそのまま立ち去ることにした。

 立ち去るリリアンたちに、ルーメスたちからかかる言葉はなかった。決して彼らと分かり合えたわけではないのだ。


「リリアン、最後のあれ、何あった?」


 帰り道にロロに尋ねられ、リリアンは水鏡の詳しい説明をしてやった。さらにロロはリリアンの速さと、左目を覆っていたレンズについても聞いてきたが、そちらにはただ新術だとしか答えなかった。


 イークたちとの鍛練でも試していたが、全力で二つの新術を使ったのは初めてだった。使ってみて分かったことは、遅鏡の魔法はまだ調整可能だが、体術の魔法は持続時間に問題がある。

 今回は老ルーメスも勝負を急いでいたので、最後の最後までは持続できたのだが、老いていない伯爵クラスが相手ならば負けていただろう。

 持続時間は一、二クラン程度だ。使う場合は短期決戦を心がけなければならない。

 もっとも、この体術の魔法で勝負が長引くことは、そうそうないだろう。

 イークたちとの実践形式の鍛練でも、これを発動させれば半クランもせずに勝負はついた。


 イークたちが弱いのではない。

 イークはかつてのルックの仲間、黒影シャルグほどの速さがあるだろう。ルックの話では、シャルグも視力強化と思われる技術を手に入れ以前より速くなっているらしい。しかしイークはシャルグより魔法が巧みだ。二人はきっと近い実力なのではないかと思えた。

 ヒールは体術においては、戦士とは思えないほど何も鍛えていない。しかし砂漠での戦闘には彼女の砂を操る魔法は絶対的な強さがある。魔法を発動させるのも速く、彼らとの実践形式の鍛練では、真っ先に倒すべき存在だった。

 そしてミクとユキの姉妹は、どちらも何かしら特殊な技法で体術を行っていた。ルックやクロックに準ずるほど速い。当然視力強化もしているのだろう。ミクには多少速さで劣るが、ユキの魔法、特に加重の魔法は厄介だった。加重を決められてしまえば、体術の魔法を使って一気に勝負をつけなければならない。


 しかし一度体術の魔法を発動させてしまえば、そんなイークたちにもなす術はなかった。


 リリアンたちはしばらく歩き、また一日野宿をした。吹きさらしの崖上の野宿は辛く、朝起きた頃には体が固くなっていた。

 リリアンは体をほぐすために伸びをして、体術の魔法のもう一つの欠点に気が付いた。首も肩も肘も腰も膝も、手首足首も、体中がずきずきと痛むのだ。リリアンはこれからまた半日以上歩き、さらには長い崖下りをしなければいけないことを思い、憂鬱な気持ちになった。




 船へと戻る道中、リリアンは一つ考えていることがあった。


 彼女たちは今、ルーメスから世界を守るための旅をしているのだが、ルーメスを倒すことだけが方法なのではないのでないか。例えばこの人間の立ち入らない未開の地ならば、ルーメスに害はないのだ。

 彼女たちの仲間にはロロがいる。話して分かってくれるルーメスなら、ここのことを教えてみてはどうだろうか。特にそれが女のルーメスだったなら、あの老ルーメスたちも喜ぶだろう。

 ロロにそのことを相談してみると、ロロもそれには同意してくれた。


「俺、それいいと思う」


 優しい異端者は、リリアンの考えを喜んで破顔した。

 しかし崖の削られた部分で、リリアンは一つそれの問題点に気付いた。


「ロロ、あなたここで少し待っててもらえるかしら。考えてみたら、ルーメスたちはここを登ることはできないわ。私が毎回水繰で送るのも無理があるでしょうし、ちょっと船からロープを持ってくるわ」


 ロロが承諾したのを見ると、リリアンはその場で手を離し、海に向かって飛び降りた。かなりの高さがあったので、足から着水したリリアンは、海底に足をつくほど深く沈んだ。

 海底で一気に跳ね上がり、海面に顔を出す。リリアンが飛び降りるのを見ていたのだろう。ナームペクタス号が近付いてくる。


 リリアンも泳いで船まで近付き、船体に手をかけた。ナームペクタス号には搬入をする場所にくぼんだ取っ手があり、リリアンはそこを支点に体を海面から引き上げる。それからその少し上に縄ばしごが垂らされてきた。リリアンはそれを掴んでデッキまで一息に登りきる。

 デッキではルックが出迎えてくれた。彼はリリアンの無事な姿を見ると、笑顔を見せた。


「リリアン。無事で良かったよ。ロロはどうして降りてこないの?」


 ロロが絶壁にしがみついたままなのも見ていたようで、彼はすぐにそう聞いてきた。


「ちょっと考えがあるのよ。ルック、剣を預かってもらってもいい? 私はロープを持ってもう一度崖に登るわ」


 リリアンはルックに二本の剣を差し出した。彼は素直にそれを受け取ったが、不思議そうに首を傾げている。


「それってロロにロープを渡すってことだよね? それならビーアに持っていってもらえばいいよ」


 言われてみれば、ロープを届けるだけならリリアンが行く必要はない。


「それより早く剣の手入れをしなきゃ。海の水は鉄を錆びさせやすいんだって」

「そうなの? それは知らなかったわ。そうしたらルック、ロープの件はお願いしてもいいかしら? なるべく丈夫なロープがいいわ。確か前にガンベかどこかで買っていたわよね?」


 ルックは少し考えてから、自信ありげに頷いた。


「うん。フエタラで買ったね」


 ルックはリリアンよりも正確に思い出したようで、後は任せることにした。リリアンは自分の船室に向かう。

 船室に入るとすぐ、自分の体より先に剣を拭くことにした。鞘から抜き放った剣は、海水に濡れて重たくなっている。リリアンは船室のベッドの上に置いていた綿のタオルで、丁寧に剣の水分を拭う。

 それから剣に流水の魔法をかけ、タオルからこびりついた糸くずを洗い流した。

 それから彼女は短剣もまた同じように洗い、砥石を取り出して剣にあて始めた。

 リリアンが手早く手入れを済ませると、船へ戻ってきたロロが、リリアンの部屋をノックした。


「リリアン。俺、ロロだ」

「ふふ。知っていたわ。どうぞ、入っていいわ」


 言葉が不器用なロロの言い方は、まるで改めて名乗り直したかのようだった。リリアンはそれを少しからかってから、ロロに入室を促した。

 部屋に入ってきたロロは、しっかりとロープを取り付けてきたと言った。


「そういえば、どうやってあそこにロープを固定したの?」

「手で突いて、穴開けた。そこ、引っ掛けてきた。大丈夫。簡単には、外れない」


 ロロは請け合ったが、リリアンは少し不安に思った。だが不安に思ったところで、強度を試そうと、外れるまで強く引くわけにもいかない。

 もともとルーメスの集落に同情しての提案だった部分が強く、リリアンたちがどうしてもやらなければいけないことではない。ここらへんが妥協点だろうとリリアンは思った。


「俺、自信ある。大丈夫」


 ロロが再び力強く請け合うので、リリアンもそれに笑顔で頷いた。


「そうね。あなたがそこまで言うなら安心できるわ」





 実際に、ロロの結んだロープは、そう簡単には外れないように固定されていたのだった。風雨に耐え、大波に飲まれることもなく、アルテス山脈北部にぶら下がり続けた。


 風化を防止する魔法がかけられたロープは、私の生きた二千年後の時代でもまだ存在している。

 誰がなんの目的で、あんな絶壁にロープを垂らしたというのか。そもそもどうやってあれほどの高さにロープを固定したのか。

 そのロープがルーメスの集落への入り口だったと知るものは、二千年後の時代では誰もいなかった。

 ただ役目を終えた古びたロープは、北の船乗りには良く酒席の話題にのぼる、大陸の謎の一つになったのだった。

このお話で、第四章 ~海の旅人~ は終了となります。いかがでしたでしょうか?


よろしければ評価や感想などいただければ幸いです。

これからもルックの物語にお付き合い下さいますようよろしくお願いいたします!

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