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青の物語 ~その大陸で最も平凡な伝説~  作者: 広越 遼
第一章 ~伝説の始まり~
31/354




「それじゃあ行こう」


 それと同時にアラレルが林を抜け出し加速した。

 そして右足で大きく踏み込み、跳んだ。

 高い。ドーモンの身長三つ分はある防壁を軽々飛び越え、アラレルはそのまま防壁の向こうに消えていった。

 ルックたちが固唾をのんで待つと、何の支障もなく跳ね橋が下り始めた。ジャラジャラと鎖のこすれる音と、木のきしむ音が響く。中に敵がいれば間違いなく気付かれただろう。

 跳ね橋が下りきると、ドゥールを先頭に、ルックとシュールが林から出る。跳ね橋の向こうで砦を警戒するアラレルが、その様子をちらりと確認した。


「おい!」


 ドゥールが叫んだ。アラレルが後ろを見たほんの一瞬を狙って、砦の中から短剣が投げられたのだ。アラレルはドゥールの言葉にすぐ向き直るが、タイミングが最悪だった。避けられそうではない。

 もしかしたらアラレルならばそれでもなんとかなったのかもしれないが、ルックは博打は打たず、剣を大地につけて隆地の魔法を放った。アラレルと短剣の間に大地が立ちはだかり、アラレルを守った。


「良くやった」


 シュールはルックをほめる。魔法自体は剣の性能によるものでルックの実力ではないが、とっさの判断力は悪くなかった。

 ルックたちがアラレルと合流する頃、魔法で生み出した大地の壁が消えた。向こうには三人のアレーが立ちはだかっていた。最初に情報を仕入れた実力者二人がいない。


「強いのは誰だ?」


 敵にかシュールにか、ドゥールが尋ねる。どこからも返事は上がらなかったが、金色の髪のアレーが一歩後ろに下がった。先日の笛吹の男だ。

 ルックも一歩後ろに立ち位置を決めた。左隣に剣を抜いたシュールが並ぶ。

 敵の前衛は男女で、二人とも黄色い髪、水のマナの使い手だった。アラレルは左の女に電光石火の突きを見舞う。

 常識から桁外れた速度の突きだ。シャルグほどのアレーでもアラレルの本気の突きはかわせない。


「!」


 しかし黄色い髪の女にアラレルの一撃は当たらなかった。女の体を、アラレルは通り抜けてしまったのだ。驚いているアラレルにシュールが叫ぶ。


「アラレル、蜃だ」


 蜃というのは水の魔法で、実体のいる位置をずらして見せるものだ。


「退くぞ。やはりアラレルだ」


 黄色い髪の男の方が、姿の見える位置とは違うところからそう言った。敵三人はすぐに後ろを向いて砦の中へ駆け戻っていく。三人の体が門をくぐる前に、外開きの扉が閉められた。それと同時に敵の姿が消える。どうやら敵の実体はもっと後ろの方にいたようだ。


「はは。お前がしてやられるところなど久しぶりに見たぞ」


 ドゥールが言った。


「そんな楽しそうに言わないでよ」

「ははは。すまんすまん。敵が一筋縄で行かない相手のようで、嬉しいのさ」


 アラレルが不平を言うと、しかしドゥールは余裕で笑った。そして肩を回して骨を鳴らした。言葉通り、彼は強敵との戦闘に目を輝かせている。


「あの二人もやっぱり手強いの?」


 ルックの問いにドゥールは頷く。


「ああ。蜃の魔法は繊細な魔法だ。生み出した幻を歪ませず、望み通りにコントロールするのはなかなか難しいらしい。どっちが使っていたのかは分からんが、相当の使い手だぞ」


 敵に水の魔法を使う黄色の髪は二人いた。内の一人はかなりの魔法師だということだ。嬉々として語るドゥールは、狂ったような目を爛々と輝かせている。ルックは対称的に、胸に強い不安を抱いた。


「僕は敵が強くても嬉しくないな」


 ルックが言うと、それもそうだとドゥールが笑った。

 砦の門は鋼鉄製だった。鉄はこの近辺ではとれないので、わざわざ運んできたのだろう。


「さてと、それではどうする?」


 ドゥールの問いに、シュールが逡巡した。


「中に逃げ込んだということは、アラレルと戦いやすい状況が中にあるんだろうな。アラレルが構わないなら突入する」

「罠があるってことかい?」

「いや、あの防壁を破られる想定はしていないだろう。ただ単にお前の速さが生かしきれない状況だと思う。行けるか?」


 シュールの再びの問いに、アラレルはうなずく。


「だけどどうやって中に入るの?」


 ルックは聞いた。鉄の門は頑丈そうで、簡単に破れそうには見えなかったのだ。

 シュールはルックに笑顔を向けた。


「分からないか? 俺の魔法で鉄を溶かすんだ」


 鉄はマナを籠めにくい素材だ。帰空の魔法は掛けられているだろうが、魔法の生み出す熱までは防げない。そして鉄を溶かすほどの火を操る魔法師はほとんどいないが、シュールは数少ない例外だった。


「それじゃあ行くぞ」


 言うとシュールはマナを集め始めた。彼は集中力もさることながら、魔法に使えるマナの絶対量が人より多い。


「光炎」


 シュールがそう漏らすと、扉のつがいに触れるか触れないかの位置に、拳大の白い炎が生まれた。燃やすもののない炎はマナを絶えず与えなければ消えてしまう。扉に触れてしまえばせっかく生み出した魔法が帰空に消される。

 シュールは険しい表情で炎の調節を行っている。

 一クランほどでシュールは左側のつがいをすべて溶かした。

 シュールは取っ手をつかみ、壊れた鉄扉を引き倒す。そこにドゥールが飛び込んでいく。


「氷柱!」


 中に踏み込むと同時に、ドゥールをとがった氷の柱が襲う。しかし鉄の皮膚に守られたドゥールに氷は刺さらず砕け散る。

 ドゥールに遅れ、アラレル、シュール、ルックの順で砦に乗り込む。

 中は広めの部屋になっていて、先ほどの黄色い髪の女と、小太りの男がいた。


「小火」


 シュールがすぐさま魔法を放つ。小太りの男の目のあたりに、二つの小さな火がついた。

 火はすぐに消えるが、熱と光で目くらましには絶大な効力がある。

 小太りの男は苦痛に顔を歪ませ、しかしむちゃくちゃに短剣を投げてこちらの動きを牽制してきた。短剣は体に何本も仕込んでいるようだ。突撃をしようとしていたアラレルはそれを見ていったん距離を取る。小太りの男は迷わず後ろの扉へ駆けていき、後退した。アラレルがそれを追っていく。


 ドゥールは氷柱を放った女と対峙した。女は武器を持っていなかったので、魔法師に見えた。しかし身のこなしは軽く、ドゥールとも対等だ。

 ルックは女が飛び離れたタイミングで隆地の壁を作ろうかと考えていたが、ドゥールの表情を見てやめることにした。明らかに彼は一対一の戦闘を楽しんでいる。


 女が後ろに大きく跳んで距離を取る。そしてマナを溜め始めたのかその場で静止する。それを見たドゥールは一気に踏み込む。マナを集める時間を与えないためだ。しかし突然、ドゥールの真横から光の魔法で生まれた無数の針が襲い来る。

 蜃の魔法は姿を隠すことにも応用できる。ドゥールの真横に光の魔法師が隠れていたのだ。

 ドゥールの姿は、光の針の中に埋もれて一瞬見えなくなった。並の鉄の魔法師なら、鉄皮で覆っていない部分に大ダメージを受けていただろう。しかしドゥールの鉄皮は全身を覆っている。光の魔法が正面から来なかったのも幸いだった。目だけは鉄皮で覆えないためだ。

 破壊力のある光の中からドゥールは飛び出した。身にまとっていた服は一部の布を残しぼろぼろになっている。しかしドゥール自身は全くの無傷だ。彼のたくましい上半身が露わになる。その岩肌のような体が女に向かって突進する。


「流水!」


 信じられないだろう光景に、女は慌てて魔法を放った。ドゥールの顔に大量の水が飛来する。

 ドゥールはそれを、わずかに体を左に反らしてかわした。走り抜ける勢いは衰えない。

 それを見た女は身を翻し、奥の部屋へ逃げようとしたが、女の服にドゥールの手が届いた。

 彼は筋力だけで女の体を引き寄せ、足をかけて真横に投げ飛ばす。マナを使った全力の投げだ。石の床に強かに打ちつけられた女はうめき声を一つ上げ、そのまま動かなくなる。

 ドゥールはさらに女の頭にとどめのけりを入れようとしたが、軸足の地面が凍り付き、バランスを崩してどうと倒れた。黄色い髪の男と、桃色の髪の男が姿を現した。

 ドゥールを転ばせた氷は、黄色い髪の男が蜃を解除して放った魔法だった。


 突然姿を見せた二人に向かって、シュールが大型の火蛇を放つ。蛇のようにのたうつ火炎が二本、二人の男を襲った。


「はぁ!」


 力強く黄色い髪の男が声を上げると、火蛇の前に水の壁ができ、火蛇を受け止めきる。相当マナをため込んでいたのだろう。しかし水壁の魔法は使用するマナが多い。さすがにこれで種切れだろう。

 シャルグとドーモンが強者と認めた桃色の髪の男が、倒れたドゥールに駆け寄る。

 ドゥールはすぐに身を起こそうとしていたが、その前に敵の男の蹴りがドゥールの腹を打ちつけた。ドゥールの重たい体が宙に浮き、壁際まで飛ばされる


「隆地よ」


 ルックが剣に溜めたマナで魔法を放った。狙ったのは倒れた黄色い髪の女だ。女の体は立ち昇る大地にはね飛ばされ、そのまま落ちてくる。女は落ちた衝撃にもぐったりとして動かない。誰の目から見ても死んでいるのは明らかだった。


「ちっ」


 女を諦め、桃色の髪の男がルックに接近してきた。相当に速い。ルックには対応しきれない速さだ。シュールは黄色い髪の男と魔法を打ち合い、予断を許さない状況になっていた。ルックはとにかく時間を稼ぐため、残りの剣のマナをすべて砂にして放出した。濃い砂煙が敵の視界を遮る。そしてルックはドゥールの方に駆ける。

 そのとき敢えて足音を大きく立て、男の気を引く。今敵がシュールの方に加勢したら、遅い自分よりもシュールの方が危険な状況だと判断したのだ。

 ルックの狙い通り、砂の目くらましの中から、桃色の髪の男はこちらに向けて迫ってきた。

 だが一つ誤算があった。男の速度はあまりに速く、ドゥールの元にたどり着く前にルックの目の前まで迫ってきてしまったのだ。


 男が腰の剣を抜き払いながら、ルックに斬りつけてくる。ルックは大剣でその一撃を防いだ。だがそれはたまたまだ。一撃防げたことが奇跡だ。二撃目はないだろう。

 目にも留まらぬ速さだった。どう動いたのか、敵の剣は上段から振り下ろされてきた。

 鉄と鉄がぶつかり合う甲高い音が響いた。間一髪で間に合ったドゥールの腕が、ルックのことを守ったのだ。


「ちぃっ」


 男は再び舌打った。そしていったん距離を取るため後方に跳んだ。


 シュールと黄色い髪の男は一進一退の攻防を続けていた。男はシュールに準ずる早打ちで魔法を操っていた。シュールは攻撃力の高い火蛇を何度も放つが、水の魔法師はピンポイントで流水の魔法を合わせてきて、相殺している。

 そして隙あらば敵の方から氷柱が襲い来て、それをシュールが剣で払いのけるのだ。

 どちらのマナが先に尽きるか。このまま横やりが入らなければ、それが勝敗を分ける。

 シュールは光炎で相当マナを浪費したが、それでもまだ敵に勝つ自信があるように見えた。顔に焦りの表情はない。

 桃色の髪の男は、ちらりとそのシュールたちの戦況を確認したようだ。そして苦い顔をして再びルックたちの元に踏み込んでくる。ドゥールを味方の元に行かせない気だ。


 ルックは一歩引いてドゥールの後ろに立つ。


「ルック、援護しろ」


 ドゥールは言った。彼もシュールの状況を見て、一対一を楽しむ余裕がないと考えたのだろう。


「うん、分かった」


 ルックは剣へとマナを溜め始める。

 桃色の髪の男は、ドゥールの目を狙って攻撃してきた。ドゥールはその攻撃にも全く怯まず、顔の位置をわずかに逸らして目を守る。速さは敵が一枚上手だ。しかも敵の剣技は並大抵ではなく、無駄な動きを省き、とんでもなく手数が多い。

 十に一度ほど敵はドゥールの顔以外の部分を打ちつけてくる。ドゥールの鉄皮を顔だけに集中させないためだ。そうやってドゥールのマナが切れるのを狙っているのだろう。

 ドゥールも雨あられと来る敵の攻撃を防ぎながら、反撃の機をうかがっていた。

 隙をつくのが先か、マナを切らすのが先か。こちらも予断を許さない状況になった。


 ルックは剣にマナを補充し終えた。しかしどのように援護に入るべきか判断しかねた。

 敵の動きは速く、シュールほど魔法のコントロールに自信のないルックは、ドゥールを巻き込まないように魔法を放てる自信はなかった。敵の背後に隆地を放って音で驚かせることも思いついたが、ドゥールの後ろにいるルックの行動は、ドゥールの虚をも突きかねない。かといってドゥールの後ろから踊り出れば、敵に斬りかかられたときになす術がない。


 ルックは色々と考えた結果、シュールと対峙する黄色い髪の男に石投を放った。拳大のつぶてが勢いよく飛んでいく。しかし黄色い髪の男はルックの動きにも警戒していたようだ。少し左に立ち位置をずらし、マナを手放しもせずにそれを避けた。


 そこで事態はいきなり動いた。


 奥の部屋から黒い短髪の男が飛び出してきたのだ。アラレルが追っていった小太りの男だ。あのアラレルをどう巻いたのか、息を切らしながらも男は無傷だった。男は一目散に壊れた入り口に向かって駆け抜けたかと思うと、振り向きざまにシュールに短剣を放った。そしてそのまま砦の外に逃げ出した。

 シュールはとっさに飛び退き短剣をかわしたが、その機に黄色い髪の男がやはり壊れた入り口に向かって駆けだした。


「あのバカ勇者が」


 シュールは怒気をはらんだ声で言い、逃げようとする水の男に手を向けた。

 敵はありったけの集中力を振り絞ったのだろう。驚異的な早打ちで水壁の魔法を作り出す。しかし、怒気をはらんだ声は、そして迷わず黄色い髪のアレーに手を向けたのは、どちらもシュールの罠だった。

 シュールの手から生まれた火蛇は、黄色い髪の男には向かわず、大きく旋回し、ドゥールと対峙する男を死角から襲った。


「グラン! 避けろ!」


 黄色い髪の男が叫ぶが、遅い。シュールの火蛇は桃色の髪の男を飲み込んだ。


「あぁー!」


 火蛇の熱に桃色の髪が悲鳴を上げた。その燃える顔面に、容赦なく、ドゥールの拳が打ちつけられる。

 男の首があらぬ方向に曲がり、横向きに倒れる。炎ごと殴った右拳を、ドゥールは大きく振って冷ましている。

 黄色い髪の男は悔しそうな表情で踵を返した。


「ドゥール、まだ戦えるか?」


 シュールはひとまず場の戦闘が落ち着くと、そう早口でドゥールに聞いた。ドーモンが押さえにいるが、水のマナ使いとの相性はあまり良くないだろう。そうのんびりもしていられない。


「少しなら行ける」


 ドゥールは戦闘の間中、全身を覆う鉄皮という、大魔法と言っていい魔法を使い続けたのだ。余力はあまりないようだ。


「ならお前はアラレルを探してきてくれ。最悪の事態がないとは言えない。まだ敵にはアレーが一人いる。強くはない奴だが、油断はするな。ルックは敵の残りが逃げ出さないようにここで待機していろ」


 それだけ指示をすると、シュールは砦の外に駆け出ていった。

 ドゥールも奥の部屋へ向かって歩いて行った。鉄のマナを温存するため、慎重にゆっくりと進んでいく。

 ルックは剣のマナを補充して、砦の入り口の方で待機した。


 少しそのまま待機していると、外からシュールの魔法が立てる轟音が聞こえてきた。ドーモンが敵をくい止めていて、再び戦闘になったのだろう。

 ルックは予想以上に強い敵に動揺していた。しかしどうにか高鳴る心臓に叱咤をし、気持ちを落ち着かせる。

 外の二人が心配だったが、ルックは正直ほとんど役に立たない。シュールがここで待機を命じたのは、ルックを危険から遠ざけるためだろう。

 武力という意味での力には冷淡だったルックだが、こんなときはもっと自分に力があればと思ってしまう。

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