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青の物語 ~その大陸で最も平凡な伝説~  作者: 広越 遼
第四章 ~海の旅人~
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「どうした?」

「あなたはあの絶壁の削れていない部分からなら、上に登って行けないかしら。できれば食料を背負って」


 絶壁の高さはアレーでも登りきれるものではないが、確かにロロならばなんとかできるかもしれない。だがそれには絶壁に手をかけなければならない。下を大型帆船が余裕を持って通れるほど削られた絶壁は、それを許してはくれないだろう。


「たぶん、できる。だけどあそこまでは、俺、跳べない」


 ロロの答えにリリアンは満足そうに頷いた。


「クロック。ロロが背負えるように酒樽を一つ改造できないかしら。いくつかあなたとジェイヴァーで空き樽にしたのがあるわよね?」

「ああ。ちょうど昨日空けたのが、ロロが背負うのにちょうど良さそうだね」


 リリアンの発言には、常時酒盛りをするクロックへの嫌みが含まれていた。しかしクロックは悪びれずに言う。


「何かあそこまで登る方法があるのかい?」


 船は大陸のすぐそばまで近付いていた。先ほどからドーンという音が聞こえなくなって、細かくごろごろと船の位置を微調整する音が聞こえている。


「あるわ。ただ今日はもう休ませてもらうわ。この細かい揺れが一番頭に響くのよ」


 それからクロックは酒樽とロロのサイズを調べ、試行錯誤をしながら樽にロープを巻き付けて、背負えるように細工した。


「少し食い込んで痛いかもしれない。大丈夫そうかい?」

「大丈夫だ」


 試しに食料を詰めてロロが背負うと、確かにロロの肩に食い込んだロープが痛そうだった。しかしロロは痛がる素振りは見せず、朗らかな笑みで言い切った。


「へぇー、器用なんだね。片手だけで良くこんな物作れるなぁ。いつか僕たちの船を造ってもらいたいよ」


 早い時間に船を動かすのをやめたナームが、珍しく元気な様子でそう言った。


「それの進水式んときは、ぜひ俺は陸で待っていたいね」


 ジェイヴァーが豪快な笑い声を立ててからそう言った。




 リリアンの考えた方法は水繰の魔法だろう。私が以前一度見たときは、リリアンはアーティスの海を陸地まで持ち上げた。

 ディフィカの黒い炎を避けるため、数人のトップ軍兵士が海に飛び込み、それを救うために使った魔法だ。

 あのときに比べれば、断崖の削れた部分の高さは半分ほどだ。

 しかしそれでも海を持ち上げるほどの魔法だ。並大抵のものではない。


 リリアンは次の日目覚めると、慎重に自分の体調を感じ取った。船酔いは完全には良くなっていないが、吐き気がするほどでもない。これならば集中力を乱さないでできるだろう。

 リリアンは部屋から出てブリッジに向かい、それから階段を下りて食堂に向かった。


 食堂を覗くとロロがいた。ロロは堅いパンと度数の低いワインで軽い食事をしていた。


「おはようロロ、昨日は良く眠れたかしら?」

「おはよう。俺、良く眠れた。リリアンはどうだ?」

「ええ。良く眠れたわ。調子もだいぶ良さそうよ。今日は苦労をかけることになりそうだけど、ごめんなさいね」


 ロロは独特な節でろろろと笑うと、リリアンの分の食事を取りに行ってくれた。

 ロロが出て行くと、すれ違いでルーンがやってきた。ビーアが頭の上に乗っている。


「あれ? リリアンおはよー。早いんあねー」


 ルーンが眠そうな声でそう言った。リリアンはそんなルーンに思わず笑みをこぼした。いつもの元気な彼女より、今の眠そうな彼女の方が可愛い。クセの強い緑の髪が無造作に跳ねとんでいる。


「おはよう。ビーアは見張りはいいのかしら?」


 リリアンに問いかけられたらのが分かったようで、ビーアが高い声で鳴いた。


「さすがのビーアも飽きたったんじゃない?」

「そうかもしれないわね。あ、そういえばルーン。後で体を洗ってあげるわ。しばらくは帰って来られないでしょうから」

「あえ? リリアンも崖に登うの?」


 まだ寝ぼけているのか、ルーンは舌が回らないようだった。リリアンはそれがとても可愛くて、声を立てて笑った。


 リリアンはロロと、二人で崖を登るつもりだった。ルーンにはとても崖登りは無理だろうし、クロックも片手だけでは辛いだろう。ルックは万が一のため船に残っていてほしかった。もうあの海蛇のような脅威はないだろうが、海賊に襲われないとも限らない。

 実際には海賊はフィーン周辺の海にしかいないのだが、リリアンはそのことを知らなかった。フィーンで海についての知識を学んだリリアンには、海賊は警戒すべき存在だったのだ。


 全員が起き出して朝食を済ませると、食堂でリリアンは水繰の魔法についてを語った。ジェイヴァーとナームも一緒にいる。海に残される船はかなり危険になるので、リリアンとロロが海に入ったら距離を置くことに決まった。

 だがリリアンは一つ計算違いをしていた。ロロが泳げないと申告してきたのだ。


「向こう、泳げるほど、水ない。海も、俺見たことない」


 ロロが申し訳なさそうにそう言った。ロロがルーメスだと知らないジェイヴァーが、オラーク人かとナームと話している。


 リリアンは自分がロロを抱えて泳ぎながら、水繰の魔法を使う姿を想像してみた。

 リリアンはため息をつく。別の方法を考えなければならないだろう。

 そこでルックが言った。


「僕がロロと海に入って、ロロを支えるのはどう?」


 リリアンはその案に首を振る。


「水繰を解いた後は海がものすごい勢いで荒れるわ。間違いなく溺れるわよ」


 膨大な水を持ち上げ、それを一気に落とすことになるのだ。リリアンの水繰を見たことのないルックには想像も付かないだろうが、水圧だけで人などはぐしゃぐしゃに潰れかねない。


「ボートを使うのはどうだい?」


 それはリリアンも考えていたが、問題がある。クロックの提案にリリアンはジェイヴァーを見る。


「ボートは間違いなく壊れるけど、どう?」


 ジェイヴァーはリリアンの視線をそのままナームに流した。大人しそうなメガネの青年は、少し考えながらずれ落ちたメガネを持ち上げる。


「この船にボートは一つしかないんだ。あれが壊れると、誰かが海に落ちたときに困ることになるよ。ジェイヴァーはどう思う?」

「まあ今回の乗客はみんなアレーだからな。落ちてもなんとかなるだろ。アルキューンに戻ったら新しいボートを買ってくれるってことなら、俺は構わねえな」


 話はそれで決まり、早速実行に移されることとなった。

 デッキにあったボートをジェイヴァーとナームが海に落とす。酒樽を背負ったロロが、オールを抱えてボートに飛び移った。揺れるボートに上手に着地した彼は、リリアンに向けて手を振ってくる。

 リリアンは腰の剣二本をロロに投げてから、ボート脇の海面に飛び降りた。

 それからボートによじ登ると、デッキの上に声を飛ばした。


「船が離れたらすぐに始めるわ。海が収まったらまたこの場所に戻ってきて」


 しばらくすると、ドーン、ドーンと音を立て、ナームペクタス号はリリアンたちから離れて行った。

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