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青の物語 ~その大陸で最も平凡な伝説~  作者: 広越 遼
第四章 ~海の旅人~
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 ルックはリリアンが断定するのに、目を丸くした。抑える目的でなく手を加えているとしたら、歪みを広げようとしているということだ。つまりルックたちが向かおうとしている先にいるのは、ルックたちと敵対する相手かもしれないのだ。


「ん? それはそうだけど、分かってなかったのか?」


 きょとんと問い返すクロックに、ルーンも含めた全員が呆れ顔をした。


「あなたね、……

 もうなんと言っていいか分からないわ」


 リリアンが匙を投げた。船酔いとあまりの馬鹿らしさのせいで、怒る気力も失せたようだ。

 ルックはリリアンに代わり、困惑するクロックに説明をした。


「クロックはこの旅の目的についてこんなふうに言ってたよね? 世界の歪みに力を加えている術者に、打ち合わせに行くんだって。そんなふうに言われたら、それがみんな歪みを抑えようとしてる人たちなんだって思うよ」

「ああ、まあそれはそうかもしれないけどさ、それがそんなに問題なのか?」


 クロックは仲間たちが非難している空気を感じ取ってか、びくびくと不安そうな声だった。


「問題だよ。だってもしかしたら黒の翼竜みたいな存在と戦いになってたかもしれないんだよ? どのくらい危険な旅だったのか、僕たちは誰も正確に把握してなかったんだ。それって問題だよね?」


 ルックは自分で言ってから、クロックがダルダンダでやけに不安がっていたのを思い出した。単純に黒の翼竜を恐れていたのだと考えていたが、黒の翼竜が世界の歪みを抑えていると確信していたら、あの巨竜とはいえそこまで恐れる必要はない。

 クロックは黒の翼竜が世界を崩壊させようとしていて、自分たちと敵対する可能性を考えていたのだろう。


「ああ、そうだね。ごめん。俺がまた軽率だったみたいだ」


 クロックは素直に謝った。ルックは肩をすくめてため息をつく。確かに彼は軽率な人間だが、彼を責めることに意味はない。これ以上は可哀想だと思え、ルックは話題を変えた。


「うーん、確認しないでついてきちゃった僕たちも僕たちだからね。気にしないで。とりあえずこの状況じゃアルキューンに戻るよね。この先はどんな予定を立てているの?」


 クロックはすまなそうにルックに感謝の目を向けてくる。


「次はジェイヴァーたちにカンの北部で降ろしてもらって、コールに向かおうと思うんだ。コールはたぶんだけど、大学が何かをしてるんだろうって母さんに言われてるよ」

「コールは未開の地がない国だから、今回みたいなことはなさそうね」


 リリアンも気を取り直したようで、そう請け合った。


「ああ。ここは俺もそんなに不安に思ってないんだ。それで最後の目的地がフィーンだ」

「フィーンのどこかしら?」

「オルタ山地ってとこだ。その山地でも一番高い山に、全てを知る者って呼ばれている人間がいるんだ。たぶんその人も歪みを抑えていると思うよ」


 ルックは最後のクロックの目的地を聞き、ルーンを見た。ルーンも同じことを思ったのだろう、目が合った。全てを知る者に会うというのは、ルックたちが冗談半分に話していたことだ。


「全てを知る者なんて実在するの?」


 リリアンの問いにクロックが頷く。


「ああ、闇の信者で一番年上の人が生まれたときからいたって聞いたよ」

「そう。闇の信者っていうのは長生きなのよね。その信者はおいくつなの?」

「正確には長生きするのは神官だ。その人は六千年は生きてるらしいね。あ、そういえば俺もこの前神官になったよ」


 ルックたちは目を丸くした。テツの三百歳にも驚いたが、まるで桁が違う。それにクロックもその一員になったとは。


「ねーねー、神官が長生きするなら、ルックも長生きなの?」

「いや、長生きなのは闇の神官だけだよ。そもそも普通の神は人間に過ぎた力を与えようとしないんだ。まあビーアのことがあるし、全くってわけじゃないみたいだけどね」


 ビーアは現在デッキの上を飛んで周囲を警戒している。彼女は休む必要がないので、見張り役にはありがたい存在だった。


「ちなみにヒッリ教の神、揺らぎは、神ではなくて莫大な力そのものらしいよ」

「揺らぎ、神ではないのか?」

「ああ。けど俺は詳しく知らないよ。全部母から聞いた話だからね」


 ルックたちの会議は次第に本題から離れ、それからさらにとりとめのない雑談へと移って行った。誰にも手詰まりな状況を打開する案はなく、最終的にはアルキューンへと戻る意志をジェイヴァーたちに伝えに行くことにした。




 次の日の朝、ルックたちの乗るナームペクタス号は、ごろごろと鈍い音を立てて方向転換を始めた。

 ルックはロロとデッキに登り、大陸の方を見ていた。

 大陸沿いを一隻の船が西から東へ進んでいる。アルキューンからアルテス東部かフィーンの港へ移動中なのだろう。ナームペクタス号はかなり大陸からは離れていたため、その船は豆のように小さく見えた。


「クロックの前では言えないけど、ここまで来て目的の人に会えないのは残念だよね」


 ルックは話の種にそんなことを言った。しかしなぜかロロはルックに答えず、茶色の目を細めて大陸を睨んでいた。


「どうかしたの?」

「ルック、あれ見えるか?」


 ルーメスは人間よりも目がいい。視力強化も遠見には役立たないため、ルックは目を凝らしてもロロが何を見ているのか分からなかった。


「何が見えるの?」

「あの崖の上、集落がある、ように見える」


 ルックは驚いてロロの指差す方を改めて見た。しかしやはりルックの目にはそれらしきものは見えない。


「ルック、魔法で遠く、見えないか?」

「うーん、そんな魔法は聞いたことないな。ちょっと船に近付いてもらおっか」

「あまり近付くと、たぶん、見えない」

「角度の問題?」

「ああ」


 ルックはとりあえずこのことを他の仲間たちに報告しにいった。もしかしたらこの仲間たちなら、誰か遠見の方法を持っているかもしれないと思えたのだ。

 しかし仲間の誰も、そのような方法は持っていなかった。

 船は試しに大陸に近付いて行ったが、ロロの予想通りすぐに集落は見えなくなってしまったらしい。


 ジェイヴァーとナームを除く全員がデッキに上がり、近付いてくる絶壁を見ていた。絶壁は恐ろしいほどの高さがある。しかも下の方が大きく波に削られていて、よじ登っていくことも無理そうだった。


「確実にロロが見たっていう集落が目的地だよね」


 状況判断だが、ルックにはそれが間違いないだろう思えた。クロックも頷きを返した。


「集落があるってことは人間がいるってことよね?」


 リリアンが確認するように言って、何かを考え始める。

 ビーアに手紙を持たせるという意見も出たが、この閉ざされた地に生きているとしたら、相手がキーン文字を読めるとは思えない。もっと言うと、日付の概念すら同じとは限らないのだ。

 引き返すことを考えていた彼らだが、苦労をしてやってきた目的地が目の前にあると分かったのだ。誰もがたどり着く方法を検討した。


「ルックの掘穴でトンネルを掘るのはどうだい?」

「天井が崩れないように加工しながら? 数年はかかるよ」


 クロックの案をルックがにべもなく蹴ると、クロックはおどけた口調で違う案を出してきた。


「じゃあ君がユキに教わったっていう大剣の魔法で、一人を弾き飛ばすのはどうだ?」


 明らかにこの崖を登りきれるほどの威力はないが、クロックもそれを分かって言っているようだった。ルックは肩をすくめる。


「僕はまだあの魔法に慣れてないんだ。クロックが練習台になってくれるなら検討するよ」


 結局のところ、一か八かビーアに手紙を送ってもらうだけで引き返すしかないだろう。ルックはそう考えていた。


「ロロ、質問なのだけれど」


 しかしそこで考え込んでいたリリアンが口を開いた。

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