⑤
イークは気怠げな言葉使いなのに軽快に話すアレーで、歳はルックと同じらしかった。ヒールも同じ年齢で、ミクが一つ上、ユキが二つ下だった。
宿に着いてからローブを脱いだイークだが、他の三人よりも仕立てのいい服を着ていた。半袖の短衣姿なのは同じだが、襟元に細く複雑な模様を縫い取った刺繍が施されている。胸のあたりには剣をデフォルメした紋章があった。
武器や防具は身につけていない。薄い青紫の髪を持つ彼は鉄の魔法が使えるはずなので、素手で戦うのだろう。
イークは細く形のいい目で、鼻が高く、顎が引き締まっている。まだ幼さの残る顔だが、将来はひと睨みで女性を虜にさせそうな、可愛さとは無縁の鋭い顔立ちだった。
宿に着いた彼らは、男女別れてまず水を浴びることにした。
ルックたちが拠点に決めた宿もそうだが、この街の高い宿では水を浴びることができる。宿に水の魔法師がいて、流水の魔法で体を洗い流してくれるのだ。
水の魔法師は水を温めることはできないが、アルキューンでは夜でも気温が高く、寒さに震えるようなことはなかった。
ルックたちは宿の一階で経営する食堂に来ていた。食堂は宿の利用者にしか開放されないらしく、落ち着いた雰囲気だった。
雑談をしながら食事を済ませたあと、ルックは本題を切り出すことにした。
「実は僕たちは、ルーメスの被害を抑えるために旅をしてるんだ。イークたちもルーメスを討伐してるんだよね?」
「お、俺たちもだいぶ名前が売れてきてんだけど、アーティス人にまで知られてたか?」
「ううん。ごめんね、僕がイークたちの話を聞いたのは、ここの第二ギルドでなんだ。
それで、良かったら少し情報を交換しないかな?」
ルックの提案には、イークたちも前向きだった。ルーメスが頻繁に現れるようになったのはここ一年半くらいのことだ。彼らにとっても情報は貴重なのだろう。まずミクが意見を言う。
「そうだな。さっきもヒールが話したが、ルーメスには個体差があるんだ。ルックたちも腕が立つみたいだが、油断はしない方がいい」
「ありがと。そのことなんだけど、あなたたちはルーメスの強さの段階を、いくつ知ってる?」
「私たちが実際に戦ったのは二つだけだ。私たちは弱い方をデス、強い方をウェスと呼んでる。だけど実は私の家が古くからルーメスの記録を残していて、キーン時代にもっと上位と思われるルーメスが出現したっていう話だ。それはネス。この方式で数えてくと九段階になるけど、まあネスまでだろうって話してるな」
彼女の一族はルーメスを討つことを生業としてきたらしい。まだマナで体を動かすアレーがいない時代には、そうした一族は多くいたのだ。
彼女の家に残る資料では、ルーメスの強さを十一、十二、十三と数字で表現していた。終わりを意味するメスまでは九段階ということらしい。
このミクの発言にはクロックが応じた。
「俺たちはその方式で行くと、ヘスまでは見てきたようだね。
君たちはヒッリ教って知っているかい? ルーメスのことを、まあ何というのかな、研究してる宗教団体なんだけど」
イークたちが首を振るのを見て、クロックが続ける。
「彼らはルーメスの強さを、貴族の階級に例えて呼んでいるんだ。デスなら平民クラス、ウェスなら男爵クラス、ネスなら子爵クラスってね。
俺たちは君たちに結構な情報を提供できると思うよ」
それからクロックは、知りうる限りのルーメスについての話を語る。クロックが話し終えるまで、ルックを含め全員が真剣な顔で聞いた。
クロックのルーメスに関しての知識は、思っていた以上に深かった。ルックは関心しながら、この知識を今まで仲間に共有していなかったのは問題だろうと思った。クロックはルックたちが知らないという可能性に思い至らなかったのだろう。
リリアンが聞いたら、またしばらくクロックは辛い日々を送ることになりそうだ。
「ってことは、ルーメスは今んとこ子爵クラス以上は現れないのか?」
クロックの話は世界の境界が歪んでいる話にまでおよび、イークがそれについて詳しく尋ねた。
「たぶんほとんどの場合はね。俺たちが伯爵クラスと戦ったのは、さっき言った歪みを抑えている人が、力を弱めたせいらしい。その反動で伯爵クラスが通れるくらいの歪みができあがったってことだね。
だけどもしかしたら、子爵クラスがこっちの世界で段階を上げるってことはあるかもしれないね」
次にヒールが問う。
「そのヒッリ教というのはどういった宗教なんですか? それだけの知識を持っているなら、もう少し知られていてもいいと思うんです」
それはイークたちにしっかり教えておきたかったことだった。ルックが言う。
「ヒッリ教はルーメスを崇拝してる宗教なんだ。僕たちにとっても、イークたちにとっても、敵だと考えていいと思う。
クロックの左腕が動かないのには気付いているよね? これもヒッリ教の信者にやられた傷のせいなんだ。
カンのフエタラで聞いた話なんだけど、ヒッリ教はルーメスを討伐してる人たちを殺しに来るらしくて、イークたちも警戒した方がいいよ。実際にフエタラではルーメスを殺したって人が、二人ヒッリ教に殺されてるんだ」
イークたちからは特に目新しい情報はなかった。イークたちはアルテスの各地を旅しながら、ルーメスをもう三十体ほど狩ったらしい。
イークたちが自分たちのことを語っているとき、突然クロックが先に部屋に戻ると言って、そそくさと行ってしまった。
クロックの行動に疑問を持ちはしたが、それほど気に止めはしなかった。
イークたちからルーメスに関する有益な情報はなかったが、ルックがイークたちと話をしたいと思った一番の理由は、理の魔法について知りたかったからだった。
イークたちの話を一通り聞くと、ルックはそのことに話を向け始めた。
「イークたちは男爵クラス、ウェスのルーメスも倒せるんだよね? 苦戦したりはするの?」
「四人で一体を相手にすんなら、まず苦戦はしないな。二人でもまず負けない。一対一だとヒールにはきついな」
「ヒールだけなの?」
「そうね。私は体術はほとんど使えないから、正直足手まといなんです」
ルックの質問にヒール自身が答える。少しルックの意図を汲み取り違えているようだったが、それはそのまま流されてしまった。庇うようにイークが補足する。
「足手まといなんてのは嘘だ。ヒールがいるかいないかで戦闘の楽さがまるで違うかんな。ヒールがいれば、俺とミクとユキは時間を稼ぐだけでいいんだ。ヒールの魔法が発動すれば、ほとんどの戦闘はそれで終わんだ」
ルックはその話にも少し興味を持った。ヒールの髪は大地のマナが宿る水色だ。もし自分がその魔法を教えてもらえれば、今後の旅に役立つだろう。
しかしそう思えたのは一瞬で、すぐにルックの心の中からその興味が消えていった。闇の大神官クラムが行う儀式の効果だ。
「そっか。ルーメスとの戦闘だと役割は大事だよね。影か木の魔法師がいれば大分楽なんだけど」
「ああ、抑影と毒霧だよな。俺たちには両方いないから、その面では苦労すんな」
「あ、そういえば子爵クラス、えっとネス以上になると、抑影だと抑えきれないと思うから気を付けてね。
イークたちの戦闘スタイルってどんななの?」
「へぇ、抑影も万能じゃないんだな。
俺は装剣の魔法をかなり細かく操れるんだ。大抵のルーメスは俺の間合いが読めなくて、ほとんど一撃で喉を引き裂けんな。
ミクは魔法は使えないけど、俺らの中で一番体術が得意だな。ウェスのルーメスよりも速く動けんだ。そんで刺突剣がちょっとした一品で、ルーメスの固い皮膚も貫けるから、ミクもウェス一体なら楽に勝てんな」
装剣の魔法とは、拳や足の先に刃を生み出す魔法だ。動きながらなので扱いは難しいらしいが、魔法を知らないルーメスには有効な戦闘手段だろう。
イークはそこまで語ると、目線をユキに向けた。イークの目線に気付いたユキが、少し微笑んでうなずいた。
ルックの胸で期待が高まる。
「なんかお前らは気付いているふうだったけど、ユキはこう見えてアレーなんだ。ルックは理のマナって知ってるか?」
ルックはうなずく。
「やっぱりか。まあほとんど確認されてないやつだから絶対じゃないんだけど、理のマナを宿したアレーは、髪の色が白に染まるっぽいんだ。これもミクとユキの家にある書物に書かれてたことだな」
「じゃあユキは理の魔法が使えるんだね?」
ルックが期待を込めて問うと、イークはまたユキを見た。ユキがうなずいたのを見てから、イークが答える。
「ああ、そういうこと。一応これ秘密にしてることだから、言いふらしたりすんなよ」
「うん。約束するよ」
「はは。んな真面目に答えんなって」
イークが軽快に笑う。ルックもそれに笑みを返した。彼らなら理の魔法についても、快く教えてくれるだろうと思った。
「ミクたちにはさっき話したんだけど、実は僕の剣には自分の集めたマナを特定のマナに変える魔法がかけられてるんだ。今のところ火と鉄と、理のマナに変えられるようにしてある。だけど理の魔法はなかなか使い方が知られてなくて、できたらマナの組み方を教えてもらえないかな?」
ルックの言葉にはまたイークたちは驚きを示した。ヒールとミクとユキには剣の特徴は話していたが、理のマナが使えるとは言っていなかった。イークはそれに加えて、剣の特性そのものにも驚いただろう。
「まさかお前の剣も古の魔剣か?」
お前の剣もということは、先ほどちょっとした一品と言ったミクの剣が、古の魔剣なのだろう。
「ううん。イークたちは光の織り手・リージアは知ってる?」
ルックはリージアのことを語り、再びイークたちを驚かせた。
結局ルックは、ユキに理の魔法を教えてもらえることとなった。しかしずいぶん長い間話をしていたので、それは明日にすることにした。
ルックは宿に食事の分の支払いを渡して、イークたちと別れ、クロックと取った二人部屋へ向かった。
部屋は宿の三階にあり、部屋の入り口は重い毛皮のカーテンだった。毛皮を押し上げて中に入る。
どこへ行ったのだろうか。
ルックが部屋に戻ったとき、部屋の中にはクロックの姿はなかった。




