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青の物語 ~その大陸で最も平凡な伝説~  作者: 広越 遼
第四章 ~海の旅人~
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「珍しいね。旅の人かな? どういった用だい?」


 受付の男はルックたちが旅人だとひと目で見抜いたようだ。男は半袖の短衣で、ルックたちが長袖の短衣だったためだろう。


「旅人が来るのは珍しいのか?」


 クロックが尋ねる。


「そうだね。船乗りは港区からあまり出てこないし、砂漠を渡って来た旅人は、大抵第一アレーギルドか第三アレーギルドに向かうんだ」

「へぇ。なるほどね。

 俺たちは船に乗って来たんだが、ちょっと船の手入れが必要になってね。半月ほど滞在予定なんだ。それまで臨時で依頼を受けられないかな?」

「ああ、そういうことか。この時期に海からの旅人なんて珍しいね。だけど臨時だとなかなか良い仕事は回せないよ。暗殺なんかはどうだい?」


 あっさりとした口調で受付の男が言う。ルックは思わずぎょっとした。

 ルックのいたフォルキスギルドでも、暗殺の仕事はあった。だがそれは表面的には隠されていたのだ。一般のギルド員に任されることはなく、ギルド子飼いの暗殺者の仕事だった。


「悪くない仕事なんだ。ちょっと遠いんだけど、標的は普段国の東のオアシスにいる人なんだ。だけどその標的が今、隣の街まで来ているらしくて、上手く行けば往復でちょうど半月くらいの仕事だよ。標的はレジスタンスの部隊長だ」


 レジスタンスとは反乱を起こそうという組織のことだ。その部隊長なら、十中八九武力蜂起を考えているアレーの戦士だろう。引き受け手のない仕事なのだろうと想像が付く。


「よしてくれよ。他国の人間に任せる仕事じゃないだろ?」

「あはは。だけど報酬はすごいんだよ。金貨百枚だ。もちろん我が国のね」


 アルテス金貨百枚なら、ジェイヴァーたちに払ったキーン金貨二百枚を超える金額だ。だが男は軽い口調で、それほど本気で勧めているようには見えない。受けてもらえるなら儲け物だ程度に思っているのだろう。

 クロックは男の思惑に気付いていないのか、本気で角の立たない断り文句を探しているようだった。ルックは横から口を挟む。


「僕たちはルーメス退治の旅をしてるんだ。時間が空いたから、ルーメスが現れたって情報がないか見に来たんだよ。そういう依頼は来てない?」

「お、そうなんだ。ルーメス関連の依頼は、こないだまとめてイークたちが始末したからな。

 一応ちょっと確認してくるよ」


 クロックが拍子抜けした表情をする。話が突然変わったのに、ついて来られなかったのだろう。男が裏に下がると、彼はルックに言った。


「なあ、レジスタンスの話はどこ行ったんだ?」


 ルックはそれに思わずくくと笑った。


「クロックは真面目にしているときの方が面白いね」


 クロックが傷付いた表情になると、ルックはごまかすように笑った。

 受付の男は二クランほどで戻ってきた。手には一枚の羊皮紙を持っている。


「たった今第一ギルドから知らせが来てね。隣のオアシスから来た商人が、ルーメスらしき影を見たらしい。確認と討伐を頼めるかい?」


 ルーメスとの戦いは、通常の奇形退治などに比べてかなり危険が多い。腕に覚えのある戦士を探すか、討伐隊を組むか、普通ならどちらにしろ時間がかかる。ルックたちはちょうど良いときに現れたようだ。


「ルーメスは一体だけ?」

「目撃されたのはそうだね。もし討伐が無理そうなら、情報だけ仕入れてきてくれても報酬は出すよ」


 ルックたちはお金にはだいぶ余裕があるので、報酬の話は早々に切り上げた。

 他の仲間と合流しようかとも思ったが、その間に被害が出るかもしれない。貴族クラスのルーメスは危険だが、男爵クラスまでなら二人でなんとかなるだろう。

 ルックとクロックは受付の男から地図を借り、二人だけで討伐に向かうことにした。


 商人がルーメスを見たというのは、昨日のことだったらしい。アルキューンの東、街からかなり近い位置でのことだという。

 街の西側にいた二人は、マナを使った走法で駆けた。アルキューンは大きな街で、その走法でも街の東に抜けるまで二時間もかかった。

 ルーメスと戦闘になるかもしれない前にマナを使った走法をするのは、クロックには負担なのではないかと思った。しかし二時間駆けてもクロックにはまだ余裕が見えた。

 左腕が動かなくなったクロックだが、彼はその分闇の洗礼を強く受けたという。

 ルックは初めて、クロックが確かに強くなったのだと実感した。


 街の出口はゆるくて長い階段だった。それを一気に駆け降りる。階段は最後、砂漠の中に埋まっていた。

 そこから先はルックがクロックを先導した。地図には印を付けてもらっていて、それをクロックが読めなかったからだ。

 街を出たあたりから、風が砂を巻き上げるようになった。渦を巻き舞い上がる砂で、極端に視界が悪くなる。

 ルックは後ろにいるクロックを見失わないように目をこらす。青い瞳に砂が入り、口を開ければ途端に唾液が砂の味になった。


「ここら辺りのはずだね」


 地図が示す場所までは街から一時間かかった。砂漠の真ん中で、周りは巻き上げる砂に視界を隠されて、何も見えない。

 ルックは周辺の地面を見る。ルーメスの足跡がないかと考えたのだ。しかしそれらしきものは見つからない。


「ちょっと辺りを探してくるね」


 ルックはクロックにそう言いおいて、クロックが見えなくならない範囲を歩き回った。

 しかし十クランほど探してみたが、なんの成果も得られなかった。


「どうだい? 足跡は見つかったかい?」


 ルックが首を振ると、クロックは緊張を解いたようだ。


「商人の見間違いだったのか?」


 しかしルックはそこで気付いた。今までここに向かってきた自分たちの足跡が、すでに風に消されそうになっているのだ。

 ルックは舌打ちをした。

 どうやらこの砂漠では足跡は当てにならないらしい。

 ルックがそのことを説明すると、クロックも眉をしかめた。


「それはしまったな。ビーアだけでも連れてきてれば良かった。そしたら空から探してもらえたのに」

「この砂ぼこりの中じゃどうだろう? クロックはルーメスの気配は感じない?」

「ああ。だけど平民クラスだともともと感じられないからな。とりあえずはどうする? 一度戻るか、しばらく探し回るか」


 言われてルックは考え出した。本当ならすぐにでも探し出したいが、そもそも本当にルーメスがいたかも怪しい。この砂塵の中では、商人も遠目がきいたはずがない。

 いないのならそれが一番いい。しかしここでそう判断するのは楽観的すぎるだろう。もしいた場合は早めに見つけ出したい。

 ルックがしばらく一帯を捜索することに決め、それをクロックに伝えようとしたときだった。


「おーいお前らぁ、ルーメスかぁ?」


 若い男の声がした。ルックとクロックは声のした方へ目を向ける。

 砂ぼこりの向こうに人影が見えた。ルックと同じくらいの背丈で、四人分だ。


「いや、俺たちはルーメスじゃないだろうね。肌が灰色じゃないし、目も髪も紅くないんだ」


 ルックは少し警戒したが、クロックは無警戒にそんなふうに答えた。

 四人の人影も警戒していないのだろう。普通の歩みでこちらへ近付いてくる。ルックも肩の力を抜くことにした。


「!」


 だが四人が良く見える位置まで近付くと、ルックとクロックは目を丸くした。

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