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青の物語 ~その大陸で最も平凡な伝説~  作者: 広越 遼
第四章 ~海の旅人~
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 ルックは大体の話をルーンに聞いて、深く思案を巡らせる。

 ルーンの処置が早かったため、そこまでは体力を失わずに済んだようだ。そのためルックは半日ほどで目覚めたらしい。生まれて初めての大けがだったと言うのに、軽いめまいがする程度で体調は悪くなかった。


 ルックはルーンと船室を出て、ブリッジに向かった。

 ブリッジにはナーム以外の全員がいた。ルックの顔を見ると、みな安心したような表情をした。

 しかしまだ頭がぼんやりしていたので、その日は軽い食事だけ済まし、すぐに寝ることにした。万が一のためにルーンがルックの部屋で寝ることになり、眠りにつくまでの時間、二人でおしゃべりをした。


 次の日目覚めると、もうほとんど調子は戻っていた。

 ルックはデッキに上がり、自分が倒した海蛇を見た。

 海蛇を見てまずルックが思ったことは、またこのことが知られれば、吟遊詩人に歌にされてしまうだろうということだった。みんなに口止めをお願いしようかと思ったが、海蛇の脅威が去ったことは広めなければならない。

 ルックはため息をつきたい気持ちになった。


 船は海蛇から全力で逃げたため、かなり大陸からは離れてしまったらしい。ナームが目覚めなければ船は動かないので、多めに食糧を用意しておいて正解だった。

 ブリッジに戻ると、頭にビーアを乗せたルーンと、ジェイヴァーが会話をしていた。


「ねーねー、この船ってナームの魔法で動いてるんだよね? 私にも動かせないかな?」

「いや、船を動かしてんのは爆空の魔法なんだよ。あれはかなり練習しないと、難しい魔法なんだろう? 爆空の衝撃を上手くコントロールして船を進める機関を動かすんだが、失敗したらもう船が動かなくなるからな。このままここに住むってんじゃなきゃやめといた方がいい」


 ブリッジにはクロックもいて、なぜかジェイヴァーの発言に大げさに驚いていた。


 ルックは知らなかったことだが、クロックが驚いた気持ちが私には良く分かった。

 ジェイヴァーはルーンに、誰も知らない革新的な技術を教えたのだ。

 私の生きた二千年後の時代でも、闇の大神官クラムの秘術で、この大陸の進化は止められていた。ジェイヴァーとナームが自主的に新技術を開発することはできても、それを誰かに伝えることはできないはずだ。

 クロックが大慌てで二人を止める。


「ジェイヴァー、ルーン。訳は聞かずに言うことを聞いてくれ。それ以上何か新しい技術に関する話はしないでほしい」


 クロックは昨日一つ、闇の宗教における禁忌を犯していた。闇の穴にこの船の人間を入れたことだ。緊急時だったので見逃してくれるとは思うが、本来闇の信者以外を穴の中に入れるのは禁忌とされている。クロックもよく分かってはいないが、闇の神に負担を与える行為なのだそうだ。

 闇の信者以外が闇の穴に入ったことは、すでに大神官たちは感知しているだろう。

 おそらく進化を止める魔法は、大陸から大きく離れたために効力が及んでいないのだ。だがクロックたちがまた効果範囲内に戻れば、闇の大神官クラムは新技術が広まったことを感じ取るだろう。

 このままそれを放置すれば、クロックは陸地に戻ったときに、恐ろしい怒りを受けることになる。だからクロックはこれ以上自分が窮地に追い込まれないよう、ルーンたちを止めたのだった。


 ルックとルーンはクロックの部屋に移動した。


「何か闇の宗教の話?」


 クロックの様子から、ルックはすでにそう予測していた。

 想像通りクロックは頷く。


「ああ。ジェイヴァーには言えないんだ。申し訳ないね。ちょっとリリアンとロロも呼んでくるから、待っていてくれ」


 ジェイヴァーにはもちろん、クロックの宗教のことは話していない。闇は邪教と言われているので、あらぬ誤解を招きたくなかったのだ。同じ理由でロロがルーメスだということも伏せている。

 クロックに呼ばれて、まだ具合の悪そうなリリアンがまず部屋に来た。ルックはリリアンの顔色をじっと見つめる。


「リリアン、平気そう?」


 ルックの問いに、クリーム色の頭を押さえながらリリアンは答えた。いつものように泰然とした、心地の良いアルトの声だ。


「ええありがとう。船が動いてないからでしょうね。そこまでひどくはないわ」


 その声に少女らしさの残る高く響く早口が、茶化すように指摘し、雑談を始めた。


「だけどリリアン、今のリリアン、昨日の大けがしたルックより顔色悪いよ。夜もあんまり食べなかったし、無理しちゃだめだよ。きっとリリアンが大海蛇の一番の被害者だからね」


 これには少しルックをからかう意味があるようだった。ルーンが小さい頃から知るルックは、巨大な海蛇を仕留めるような存在ではなかった。そんなルックが活躍しているのを、ルーンは何かの間違いだと思っているのだろう。ルックもそれには自分のことながら賛成だった。


「いいえ。さっきナームの様子を見てきたけれど、彼の方がよほどぐったりしていたわ」

「あ、そうだそうだ。私マナが枯渇したことないし分かんないけど、ナームなんて死んじゃいそうな顔してたもんね。あはは。起きたらお礼言わなきゃ」

「ええ、それがいいと思うわ。私は何度かマナを切らしたことがあるけど、あれは船酔いと同じくらい気が滅入るのよ。ふふ、それで死んだって話は聞かないけど」


 二人の会話はルックにとっても都合が良いものだった。もっと他の人の手柄を大きく語ってほしいと思う。そしてできるだけ自分の活躍などは忘れてもらいたかった。


「そっか。じゃあ今回の武勲賞はナームだね」


 ルックはさりげなく自分の功績をなくそうと言ってみたが、勘のいいリリアンとルーンにはすぐに感づかれ、からかいの目を向けられた。


 それからクロックがロロと一緒に部屋に戻った。全員が集まると、クロックは早速大事な話だと前置きをする。

 それから個人的な技術や、広く知られていない知識を何か知っていても、そのやり方や詳細を広めないでほしいと言った。


 ルックは言われてすぐに、リリアンから教わった技法と、ライトやアラレルが知っているのだろう体術を思い浮かべた。クロックが言っているのはそのようなもののことだろう。


「約束通り理由は聞かないわ。だけどクロック。私たちがお互いの技術を教えあえば、これからの旅で危険を遠ざけることができるのよ?」

「ああ。それはそうだろうね。だけどあまりに目に余る状況になったら、闇の大神官の一人が君たちを殺しにくるかもしれないよ」


 リリアンの問いにクロックがそう言った。クロックにしてみれば、リリアンがそんな着眼点を持ったことも、苦い思いだっただろう。確実にここでは今、クラムの進化を止める儀式が働いていないのだ。

 ルックもクロックの話に聞きたいことは山ほどあったが、闇の大神官と聞いて、それ以上は関わらない方がいいと判断した。


 ルックの知る闇の大神官ディフィカは、勇者アラレルをも圧倒する人物なのだ。そしてティナ軍やシェンダーの砦を、たった一つの魔法で壊滅させた存在だ。その闇の大神官に比べたら、片腕やヒッリ教など恐ろしくもなんともないとまで思えたのだ。二股の木の下で戦った伯爵クラスよりも、ディフィカはおそらく強い。


「リリアン。僕は一度闇の大神官を見たことがあるんだ。クロックの言うとおりにした方がいいと思う」


 リリアンはルックの真剣さを見て、従った方がいいと判断してくれたようだ。あっさりと頷いて見せた。


「分かったわ。だけどそれだと一つ問題があるわね」


 リリアンはルーンの方を見る。ルーンがそれに困ったような表情をした。

 リリアンに見られたルーンは口を開き、言い訳をするように困った顔のまま言った。


「あのね、怒らないで聞いてね。実はちょっと昨日、リリアンに私が研究してたマナの仕組みについて、話しちゃったの。それとたぶん革新的な感じの魔法も提案しちゃった」


 クロックがさっと顔を青ざめ、それから頭を抱えた。


「そうか。手遅れだったか」


 クロックはそのまま少し沈黙し、意を決したように言う。


「分かった。それがどれほどのものかは知らないけど、アルテスの港に着いたら、なんとか母さんに事情を説明するよ」


 余程母親のことを恐れているのだろう。クロックは意気消沈したように、悲しげな声だった。

 ルックは彼の母親の恐ろしさをまた思い出し、クロックの説明が上手くいくことを強く願った。

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