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青の物語 ~その大陸で最も平凡な伝説~  作者: 広越 遼
第一章 ~伝説の始まり~
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 さすがは子爵の家というだけあって、かなり大きい。

 石造りの三階立ての上に、木でもう一階分が造られている四階建てだ。装飾も豊かで、左右対称に造られているようだ。

 大雪の降ることがあるアーティスなので、屋根は前方から後方にかけて大きな傾斜がつけられている。後ろを確かめたわけではないが、この造りでは恐らく裏口はないだろう。

 正面の扉は非常に大きく、ドーモンが頭をぶつける心配も全くないほどだ。両開きの鉄扉で、石の階段を五段上がったところにある。

 扉の脇には左右一人ずつ門番が立っている。二人ともアレーの門番だ。首都に近いとはいえ、小さな貴族には珍しい大盤振る舞いだ。


「あなたたちは?」


 門番の一人が近づく彼らに問いかけてきた。


「シュールだ。このくらいの時間に来るように仰せつかっていたが」

「聞いています。お連れの方がいるのは初耳ですが」

「そうか? どこかで伝え漏れたんだろう」

「かしこまりました。お通りください」


 門番はそれで扉を開いてくれた。

 扉の中は二回部分まで吹き抜けのホールになっていた。扉の正面に、恭しく頭を下げる二人の侍女がいる。一人は年齢からして侍女頭だろうか。


「お待ちしておりました。主人はすでに部屋におります。ご案内いたしますのでどうぞお越しください」


 その年かさの侍女がそう申し出てきた。

 ルックはこのような仰々しい接待は初めてだったので、珍しく思っていた。しかしシュールがいつもの柔らかな物腰ではなく、少し威厳のある態度をとっているので、辺りを見回すようなことは控えた。 


 三人は侍女二人に連れられて屋敷の三階に上がっていった。

 一階から二階へは玄関からすぐ見えていた大階段を上った。三階へはテラスをぐるりと周り、細身の石でできた階段を上った。階段は緩いカーブを描き、両脇には等間隔で光籠の魔法が使われたランプが灯されていた。外と同様、中も左右対称に造られているのだろう。途中で反対側からの階段と合流した。

 階段を上りきると、両脇に二つずつドアがある幅の広い廊下があった。奥に一際立派な両開きのドアがあり、侍女二人の足はそこに向かっていた。

 侍女は大扉にノックをし、中に向かって声をかけた。


「旦那様。シュールがお見えになりました」


 不必要なもったいぶった間を空けて、中から返事が聞こえる。


「うむ。お入りいただけ」


 侍女は二人で一枚ずつその大扉を押し開いた。そして自らは中に入らず、脇で頭を下げて待機する。

 中にいたのは、中肉中背で髭を生やした三十代の男だった。肌艶がよく、目が少年のような輝きを持っている。若々しいといえば聞こえはいいが、その歳の男としては少しあか抜けないように見える。

 油を塗りたくった茶髪を編み込み、後ろで短くまとめている。それなりに整った顔をしているが、大きな耳がやけに目に付く。


「お目にかかれて光栄です。わたくしが面会を申し出ましたシュールで、こちらの連れがドーモン、ルックでございます」


 シュールは丁寧に頭を下げて言った。それに合わせてルックは軽く目礼をする。


「ようこそおいでくださった。噂はかねがね。さあ、堅苦しい挨拶は抜きにして、どうぞおかけください」


 ざっくばらんと言うよりは、正式な礼の尽くし方が分からないのだろう。男はすぐに無礼講に切り替えようとした。

 ルックにはまだ分からなかったが、名を名乗った相手に名乗り返さないのは、大抵の国であまり礼に適っているとは言えない。シュールはやんわりとそれを指摘した。


「失礼ですが、気品のあるお姿から格式高いお家の方とお見受けしますが、スイラク子爵でお間違いないでしょうか」

「ああ、ああ。これは失礼した。私がスイラクだ。さあさあ、どうぞおかけください」


 一市民であるシュールに、これ以上恥を重ねられないと、スイラクは積極的に椅子を勧めてきた。

 スイラクは横長のテーブルの前にかけていて、その向かい側に椅子が一つ用意されている。シュールはその椅子を静かに引いて、姿勢正しく腰を下ろした。

 ルックとドーモンはその両脇に立つ。


「それで、ご用件をお伺いしてよろしいですかな」


 スイラクは何の前置きもなくそう尋ねてくる。ここに来てシュールはスイラクに対してまともな応対を望むことを諦めたようだ。


「では早速ではありますが。あなたの領地に要塞を築いている盗賊をご存知かと思いますが、国令により私たちで処分することになりました。領内をお騒がせすることをお許しいただきます」


 シュールの言い回しはとても丁寧だった。しかし領主に対してこうも反論の余地を残さない発言は、明らかに非礼だった。スイラクにもそれは分かったらしい。いや、シュールはスイラクにも分かるように露骨にそう言ったのだ。


「それはなんとも。国令とは大袈裟な。私の領内のことです。私の私兵を投入し、ちょうど事を治めようと思っていましたし、そうビースにお伝えいただけませんか」


 スイラクのその要求はもっともなことだ。しかし裏でスイラクとその盗賊が繋がっているとしたら、黙って引き下がるわけにはいかない。ちなみに国令というのは、国王が不在の間、首相などが下した国の決定事項を言う。国の直轄領ならそれが絶対の意味を持つが、基本的に貴族の領地では、特に治安に関してはその領内の法が設置されている。そちらとの優先度は五分というところだ。


「討伐隊を組んでおいででしたか。ところで話は変わりますが、スイラクはアーティスの黒影をご存知ですか?」

「ああ、もちろん知っていますとも。あなたと同様、勇者アラレルに付き従い、国を救った英雄のお一人だ。しかしそれが?」


 黒影というのはシャルグの呼び名だ。実際には付き従ってというのは正しくないのだが、表向きはそういうことになっている。


「その黒影が手を焼く手練れが、その盗賊に二人もおります。失礼ですが、スイラクの私兵にそれほどの腕の者はおいでですか?」


 この質問の答えは分かり切っていた。いるはずがないのだ。もしいたとしたら、必ずその名が知れ渡っている。

 スイラクも当然それを分かっていた。さすがにいるとは言えず、言葉をなくしていた。

 ここで言葉をなくすというのは、彼の無能さを大声でふれ回っているに等しい。スイラクは元からその盗賊を討つ気がないのだ。それを正当化する、もしくはシュールたちが討伐に向かわないようにする手だてを考えていると、誰の目にも明らかだった。


「さらに言えば、これは一貴族が立ち入る問題ではございません。盗賊団はヨーテス人だという確認が取れております。これは国際問題でございますので、やはり我々が対処させていただきます」


 シュールが重ねて言う言葉に、スイラクは目を丸くした。どうやら彼は盗賊団がヨーテス人だとは知らなかったようだ。


「まさか。なぜヨーテス人がアーティスで盗賊など」


 スイラクの言ったことは、ルックも考えていたことだった。盗賊業など、わざわざこのスイラク領まで来てやることではない。ヨーテスとアーティス東部の間には、ルテスという大河が流れているのだ。渡ってくるだけでも相当な手間だ。そしてスイラク領はそこからさらに南に下って数日かかる。


「盗賊の行動は、恐らく軍事行動でしょう。知っての通りアーティスにはアレーの国軍は存在しません。有事の際は隊商の護衛はもちろん、盗賊ですら傭兵となり国を守ります。

 敵の狙いは推測の域を出ませんが、盗賊団と護衛のアレーを積極的に殺し合わせ、アーティスの戦力を殺ぐことではないでしょうか?」


 これにはスイラクはもちろん、ルックも驚いた。国からの依頼にしては盗賊団の制圧は珍しいとは思っていたけれど、ビースはそこまで考えていたのだ。

 スイラクは明らかに唖然とした表情で、事の重大さにようやく気付いて喘いでいた。

 シュールはスイラクに国を裏切る気はないと見て、しっかりと事情を説明する気になったようだ。


「ここから先は仮定の話だとお思いください。その盗賊団はある領主に、領内での盗賊行為を黙認してもらう代わりに、多大なアガリを献上した。本当はその盗賊の犯罪行為は知られている物よりも遙かに多いが、領主がそれを握りつぶしているため、広くは知られていない。

 ビースはこう考えました。国から討伐隊を派遣し、その領主に討伐の報告をする。領主が難色を示すようなら、領主は国賊であり、しかるべき処断をしなければならない。しかし討伐隊を快く迎えるようなら、領主に対してはただの思い過ごしだろうと」


 シュールはそこまでをゆっくりと語り、充分な間を空けた。その間はスイラクにとってはひどく恐ろしいものだっただろう。スイラクの顔面は冷や汗がにじんでてらてらと光り始めた。


「さて、何の話でしたでしょうか。ああ、そういえば私は盗賊団の討伐の許しを請いに来たのでしたね。領内をお騒がせしますが、ご了承をいただきたい」


 白々しくシュールがそう言い放つと、スイラクは一も二もなくシュールの申し出を快諾したのだった。





「驚いたよ。盗賊の目的がそんなことだとは思ってもみなかった」


 スイラクの屋敷を出て、今朝とは違う宿に入ると、開口一番ルックはそう言った。彼らは三人部屋を取ったので椅子は三つ用意されていたが、ドーモンだけはベッドに腰を掛けている。肘掛けのある椅子だったので、ドーモンにはサイズが合わなかったのだ。


「ん? ああ。あれはただの可能性だ。実際のところはまだ分からないな」

「そうだったの? 全然分かんなかった」


 ルックはシュールの巧みな話術に改めて感心した。


「あとシュールがあんな丁寧な口調で話すのを初めて聞いたよ。ビースみたいだったね」

「はは。そうか? だけどな、あのスイラクとの会話はあまり参考にしないでくれ。特にスイラクの対応はまるでなってなかった」

「ふーん? どういうところが?」


 ルックは礼儀作法にはあまり明るくない。純粋な興味を持って聞いてみた。


「まずは時間だな。昼過ぎというのは向こうから指定してくる時間じゃない。確かに人を訪ねる時間としては適当な時間だが、それはこちらが軽いもてなしで充分だと示すためのものだ。簡単に言うと昼食はいらないということなんだ。

 たぶんスイラクは食事の作法も分からないんだろうな。それが露呈しないようにそんな時間にしたんだ。だからお茶の一つも出さなかっただろう?

 次に部屋のドアを開けるのは、アーティスでは中にいる者のすることだ。それを侍女に開けさせて、自分は椅子から立ち上がろうともしない。よっぽど足を怪我したのかと聞きたかった。

 それと三人で行くと伝えていたのに、伝え漏れていたわけだが、それは仕方ないとしてもすぐに侍女に二人分の椅子を用意させるべきだった。俺はお前たちのことを連れと紹介したしな。

 細かいことは他にもあるけどな。あれだけは見習わないでくれ」


 スイラク子爵はただ本当に無能なだけの男なのだろう。ルックは苦笑いをして頷いた。確かに貴族といっても人それぞれのようだ。


「俺、あいつ良くない、と思う」


 ドーモンが言う。

 確かに盗賊行為のアガリを得ていたことは許し難いが、それはシュールでも罪に問えることではないし、国にとっては大きな害になる存在というわけではない。

 なのでアーティーズに戻ってから、ビースに判断をしてもらうしかないだろう。


「さて、それじゃあ盗賊退治の作戦を練るかな」


 スイラクは無能な男だったが、役には立った。敵の正確な人数を知っていたのだ。敵はアレーが五人に、キーネが二人ということだった。

 シュールはルックが話していた金色の髪のアレーの実力を、ルックより正確に見抜いていた。

 金髪のアレーは魔法が使えない。加えてあの身のこなしでは間違いなく強くはないだろう。キーネ二人とあの男はたぶん戦闘員ではない。そう語った。

 しかし残りの二人のアレーがあの小太りの男と同程度の戦士なら、一筋縄ではいかない。

 シュールもドーモンもかなりの実力者だが、勝てる保証はない。

 さらに敵はねぐらを要塞化しているという。どの程度のものか正確な情報はまだないが、かなりの障壁になりかねない。


「できれば敵、おびき寄せたい」


 ドーモンが言った。それはおそらく、要塞の外で、小分けに撃破していきたいという意味だろう。それにはシュールも頷いた。

 ルックは首をかしげて言う。


「そんなことできるの? その盗賊がどこで仕事をするかは分からないんでしょ? 僕たちを警戒してしばらくは盗賊行為を控えるかもしれないし」 

「できないだろうな」


 ルックは二人がただ理想を語っただけなのだと納得した。ドーモンにも、シュールにすら、名案はないということだ。


「俺は一度敵の要塞というのを見てこようと思う。その出来次第では、一度アーティーズに戻るべきだ」


 ルックもドーモンも、リーダーの意見に異論はなかった。


「もし俺が夜までに戻らなかったら、そのときもアーティーズに戻るんだ。ドーモンは俺がいない間ルックを頼む」

「おう。分かった。任せろ」


 ゆったりと、ドーモンは余裕を持って笑って応じた。それを見たシュールは、少しはっとしてルックの方を見た。

 ドーモンがあえてゆったりと言ったのは、ルックに安心感を与えるためだった。ルックはこのとき、言いしれぬ不安にかられ、無意識のうちに表情が硬くなっていたのだ。

 昨日の宿は用心のため引き払ったが、尋常ではない巨体のドーモンがいるのだ。街で聞き込めば、すぐに彼らの宿は分かってしまう。

 それに何より、シュールが一人で危険な偵察に向かうというのが、ルックを不安な気持ちにさせたのだ。

 シュールは確信に満ちた目を向けてきて言った。


「大丈夫だ。必ず戻るさ」


 彼は立ち上がってルックの頭に手を置く。ルックは少し恥ずかしくなり、控えめに笑んだ。

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