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青の物語 ~その大陸で最も平凡な伝説~  作者: 広越 遼
第四章 ~海の旅人~
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 ダンバースと別れ、それから彼らは再び買い出しに戻った。

 結局リリアンの提案通り、二組に分かれて行動することになった。

 荷車を引いたロロ、ルーン、クロックを見送ると、ルックはリリアンと二人で他の市場に向かうことにした。ビーアはルーンの頭の上が気に入っているのか、何も指示していないのにそのままルーンについていった。

 リリアンと二人になったルックは、先ほどのダンバースのことをリリアンに聞いてみた。


「ダンバースって、狂ってるようには見えなかったよね?」

「ええそうね。ジョイスの話?」

「うん。結局狂ってたのはジョイスだったんだね」

「実際にどうかなんて分からないわ。あれだけの話じゃ、ダンバースのこともジョイスのことも、ちゃんと把握できたとは言えないでしょうからね」


 リリアンの指摘にルックは深く考えを巡らせた。ルックはダンバースのことを信じ切ってしまっていたが、それは早計だったのかもしれない。以前にもルックは、キス公爵家の長男ヘルキスを信用し、判断を誤ったことがある。

 ルックは思い込みというものの危険性を改めて認識した。

 ふと気付くと、リリアンがもの問いたげな目でルックを見ていた。


「どうかしたの?」


 リリアンに尋ねたルックだが、すぐにその視線の意味に気付いた。

 ルックはシュールと話すとき、シュールの問いや言葉に今のように考え込むことが多かった。慣れたシュールはそれについて何も言っては来なかったが、普通に考えてみたら、ルックは突然会話中に黙り込んだのだ。訝しく思って当然だ。


「あ、ごめん。ちょっと考え込んじゃったみたい」

「ふふ。そのようね。何を考えていたの?」

「うーん、短い間に人を見極めるって難しいなって。結局リリアンはダンバースに、ボルトがもう死んだって教えてあげてたけど、あれは良かったの?」

「ダンバースのおかげで、ヒッリ教がどういう目的でいるのかが分かったのよ。あれはそのお礼よ。まあ元々推測はできていたけれど、クロックが闇だから襲われた可能性もあると思っていたのよ。だけどそうじゃなかったわ。ヒッリ教はルーメスを討つ人間を殺すのよ。それが確定した価値は大きいわね」


 ルックはリリアンほどヒッリ教に危機感を持っていなかった。なのでリリアンの説明を聞いても、そこまで大きな価値があったとは思えなかった。


 しかし実際はリリアンの判断は正しいだろう。ルックは現実感を持って考えていなかったが、彼らがしようとしていることは英雄的な行動なのだ。そしてルックたちの実力は、個々人の強さではアラレルに劣るかもしれないが、チームとして考えればアラレルたちを上回る。

 リリアンはこの旅を続けていけば、自分たちの名前が売れて行くだろうと考えていた。

 そしてそれは決して間違いではないことなのだ。彼らはこの後、歴史に名を残すことになるのだから。


 フエタラには南北に大きな市場がある。先ほどまでルックがいたのは北の市場で、荷車を引いていても邪魔にならない、大きな通りだ。南の市場は多少狭く、小さな店舗が多くある。


 二人はいくつかの店舗を回り、酒を中心に買い集めた。ジェイヴァーから海上での飲み物は酒がいいと教えられていたのだ。ただ買い集めるといっても、三百食分の酒を運べるわけはない。出航の日に港まで運ぶように依頼をしたのだ。


 カンでは水よりも酒は高額で、さらに港まで運ばせる手数料も上乗せで払うので、驚くほどの勢いで金が消費されていった。


「お手柄ね。ジェイヴァーに支払う分以外の出費がこんなにあるなんて思わなかったわ。危うく一文無しになるところだったわ」

「そう言ってもらえて良かったよ。さすがにそろそろいたたまれなくなってたんだ」


 リリアンが声を上げて笑った。

 買い物は順調に進み、そろそろ目的の量が揃ったかという頃だった。ルックたちは後ろから幼い声で呼びかけられた。


「ねえ、お姉さんたち、旅のアレーだよね?」


 振り返ると、そこには八歳くらいの男の子がいた。

 柔らかな輪郭の、愛嬌のある少年だ。その年頃だった頃のルックとは違い、武装はしていない。格好も柄模様のない短衣に、服と同じ素材で織られた七分丈のズボンと、肩に防寒用の外套を羽織った、それほど裕福ではない普通の町人に見える。しかし髪の色は灰色で、アレーだ。


 なぜかはっきりとした理由は分からないが、ルックは少年を見た途端にわずかに身構えた。

 少年は濃い緑色の瞳で、ルックたちの反応を待っている。その年頃の少年らしい、落ち着きのなさがない。


「ええ、そうよ。どうかしたの?」


 リリアンにはルックと同じ警戒はないようだった。ごく普通な調子で問いかけに応じる。


「ちょっと僕、人を探してるんだ」


 言葉は年相応の少年のものだ。それなのにどこか世慣れた様な雰囲気がある。

 迷子かしらとリリアンが小さく言った。


「背が高い男の人でね、顔に火傷のあとがあって、紫色の髪の戦士なんだけど、知らないかな?」


 強い警戒心を持って身構えていたルックは、少年の言葉に辛うじてなんの反応も示さなかった。リリアンもさすがなもので、顔色一つ変えずに答える。


「ごめんなさい。ちょっと知らないわね」


 ルックですら一瞬、本当にリリアンが分からなかったのかと思った。リリアンは実際に見たわけではないし、男の特徴をクロックと話していたときには、もう死んだ人間で、容姿を覚えておく必要もなかったのだ。


「そう。ありがとう」


 しかし礼を言って少年が走り去ると、リリアンが険しい口調で聞いてくる。


「今の子が言っていたのって、ボルトのことよね?」


 ルックは感心しながらうなずいた。


「うん。そうだと思う。あの子もなんかすごく違和感があったよ」


 ルックは感じた警戒心をどう説明すべきか考えたが、リリアンはそれには頓着せずに言った。


「ルック。気付かれないように後を追える?」


 ルックは少し迷ったが、軽く首を縦に振る。尾行に自信があるわけではないが、あの少年のことを知る必要があると考えたのだ。少年の年齢を考えれば、彼自身が脅威になるとは思えない。しかしあの年齢の少年が、まさか一人ということもないだろう。

 いや、あの少年自身が危険でないとは言い切れない。ヒッリ教でルーメスと同じような祝福を受けているとしたら、外見にそぐわない力があるかもしれない。


「ここで待っているわ」


 ルックは早足で少年の走っていった方へ向かった。

 少年はすぐに見つかった。少し行った先で、再び戦士と思われるアレーに声をかけていたのだ。

 フォルキスギルドでは尾行の依頼もたまにある。ルックは受け持ったことはないが、シャルグは得意な仕事で、心得も多少は聞いていた。さりげなく物陰に隠れながら、一定の距離を保ち続ける。


 少年は戦士風の人を中心に、様々な人に声をかけているようだ。しかしこの広いフエタラで、一人の人間を知っている者に会う確率はそう高くない。

 数日かけてリリアンを探し回ったことをルックは思い出した。


 ちょうど少年が二十人目に声をかけているとき、ルックは細いわき道に身を隠していた。少年とはかなり距離があるが、身を隠せる場所がここしかなかった。リリアンに教わった視力強化は尾行にも役立つようで、この距離でもルックは少年を見失わないだろうと考えていた。

 しかし、ほんの一瞬少年が道行く人の陰に隠れたときに、その姿が見えなくなった。


 見失うかと思い慌てて通りに戻ろうとしたら、突然後ろから声をかけられた。


「さっきのお兄さんだよね?」

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