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青の物語 ~その大陸で最も平凡な伝説~  作者: 広越 遼
第四章 ~海の旅人~
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 報酬の受け渡しについては決まったが、カイルはその日戻らなかった。ルックたちはザッツの住処に一泊し、カイルに報酬を渡してから、船乗りジェイヴァーのもとへ行くことにした。


「そういえばさ、ザッツは彼が戻ってこないとき、自分で料理をしてたのか?」


 クロックが簡単な夕飯を作って、六人で食事をしていた折に問いかけた。


「いや、そういうときはカイルは何か食事を用意してから出かけていた。それか仕事の合間を縫って食事を準備しに来ていたな。今回はクロックがいたから用意しなかったのだろう」


 ルックは聞けば聞くほどカイルの忠信に驚きを持った。アーティスではまず考えられない行いだ。


「まるで物語の騎士みたいだね。ザッツ王様みたい」


 同じ感覚を持っているのだろう。ルーンがそんな感想を言った。


 次の日朝早く、カイルが隠れ家に戻ってきた。

 ザッツは予定通りカイルに報酬を受け取るよう命令した。カイルは戸惑いを見せたが、やがてため息をついて報酬を受け取った。


「この金は私の好きなようにしていいのですね?」

「ああ、もちろんだ。なるべくなら自分自身のために使ってくれ」

「ならば私はこれをあなたの復権のために使うとします。それが私の一番の望みですからね」


 ザッツはそう言われることを予想していたのだろう。開き直って肩をすくめた。


 ルックたちはそんな主従に短い別れを告げた。金が手に入ったのだから、船を依頼しに行くのだ。そして次の目的地アルテス北部に向かう。


 ルックはザッツの住処を離れてから少しの間は二人のことを考えていたが、すぐに体験したことのない船のことについて、思考が移っていった。

 アーティスにも船はあるが、首都アーティーズは平野と森に囲まれた街だ。人生の大半を首都で過ごしたルックには、船旅の経験などはもちろんない。海の上を行くとは不安もあったが、それ以上に期待が大きい。

 クロックが話を付けた船乗りジェイヴァーは、街の西部に拠点を置いているらしい。街を西に進むにつれ、どんどんと潮の匂いが強くなってくる。


 ルックの気持ちはもう次の冒険に捕らわれていたが、他の面々はそうではなかった。何よりもルーンがザッツとカイルについて何かこだわっているようだった。


「さっきのあれ、ザッツがカンの将軍とかになっちゃったら、アーティスが危ないよね?」


 ルーンの誰ともない問いに、リリアンが答える。


「ザッツがどれほどの軍人かは分からないけれど、戦士としてはなかなかだったわ。まあけど実際、ザッツが軍に返り咲くのは難しいでしょうね」

「そうなの?」

「ええ。ザッツは帝王サラロガの不況を買ったのよ。サラロガが死にでもしない限り、ザッツの罪が解かれることはないわ」


 ルックはみんなといる中で、一人思案に耽るのは良くないと思い、二人の会話に参加した。それにふるさとやライトの危機に関わる話なのだ。さすがに我関せずではいられなかった。


「へぇ、そうなんだ。じゃあサラロガが死ぬまで二人はずっとあんな感じなのかな?」


 ルックの疑問には当然リリアンも答えられなかった。首をかしげて曖昧に笑む。


「なるほど!」


 しかしそこで突然クロックが大きな声で言った。


「つまりあいつは、サラロガを暗殺するつもりなのか」


 突拍子もない意見に思えたが、ルーンがそれに納得したような顔になった。そしてリリアンもすぐに否定的な態度は取らず、その言葉に考えを巡らせ始めた。


「ザッツ、そんな人に、見えなかった」

「うん。僕もそれはないと思うよ。カンは主従の関係がすごい重要なんでしょ? 罪に問われていたとしても、ザッツの主は帝王サラロガなんだろうし」


 ロロの反対意見に乗じてルックも言った。ルックの見解はビースの書いた騎士の物語のイメージによるもので、現実的な意見とは言えなかった。しかしあながち間違いでもない。ザッツは忠誠心を非常に重く考えている。ザッツにおいてはサラロガを暗殺するなど、考えつきもしないことだろう。

 しかしもちろん、それをクロックが分かっていないはずはなかった。


「ザッツじゃない。暗殺を考えているのは従者の方だ。ザッツは何も知らないんだろうね」


 クロックの言い回しに、ルックは初めてロロが早くに感じていた違和感を覚えた。クロックが意識してカイルの名前を呼んでいないのだ。

 ルックの脳裏に使い込まれた短い剣がよぎった。あの長さの剣はシャルグの小太刀と良く似ていた。考えてみたらカイルの忠誠心はカンでも異常なのではないだろうか。一度リキアはサニアサキヤに呆れ顔をして見せた。しかしカイルは常に主人を立て続けていた。忠誠の度合いは尋常ではない。それこそ創られた騎士の物語のような忠誠だ。カンとの風習の違いだと考えても、やはり不自然だ。


「あっ」


 ルックはそこであることに思い至った。カイルという名はそれほど多い名ではないのだ。ごく少ない名前だと言ってもいい。そんなカイルに、ルックは二人も知り合いがいる。


 カイルをカ・イルと分けるなら屋根と木漏れ日という意味になり、あまりに意味が通らない。カイ・ルで分けるならそのまま広がる悲しみとなる。おそらくカ・イ・ルと分け、悲しみを優しさで覆うという意味になるのだろう。三つに区切れば良い名となるが、広がる悲しみという言葉が隠れていたらあまり名に使おうという親はいないだろう。つまりたまたま同じ名前のアレーに出会ったと考えるより、一方が名を借りていると考える方が遥かに自然なのだ。

 そして何より、広がる悲しみ以外の名前にはアーティスの古語が含まれている。他国の人間が別の地方の古語を名前にすることもないではない。しかし屋根のような、現地ですらほとんど使われない言葉を名前に入れるのはまれだろう。


 アーティスにいるカイルは元々ビースの付き人だった。暗殺者の知り合いが一人や二人いてもおかしくない。だから彼は名を借りられたのだ。そう考えるとずいぶん得心がいく。


「カイルの、ザッツの従者の本当の名前はなんなの?」


 彼のことに微塵も気付いていなかったのはルックだけだったらしい。ルックの問いに、意外にもロロが答えた。


「彼、名前、知られたくない。だから言えない」


 ロロは暗殺者というものが、あまり好ましい職業ではないと知らないようだ。

 しかしもしあの従者がサラロガを暗殺しようというなら、アーティスにとっては悪い話ではない。サラロガの前王はアーティスへ侵略しようとはしなかった。その前王もアーティスへ攻めて来こそしたが、アーティスを攻め滅ぼそうとはしなかった。

 どちらもルックには大人たちから聞いただけの話だったが、嘘ということはないだろう。サラロガが死に、後任の王が穏健派なら、アーティスが戦争の危機に陥る可能性は極めて低くなる。

 あの従者はそういう狙いを込めて、アーティスの誰かが放った刺客なのだろう。

 事実は違うのだが、ルックはそう考えて納得した。


「それにしても、ロロやルーンまで気付いていたんだね。僕はちっとも疑ってなかったよ」

「あはは、ルックはルックだもんね」


 ルーンがさらりと失礼な発言を投げ込んで来る。それにルックは向きにはならず肩をすくめた。


「ルーンと違って慎重なだけだよ」

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