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青の物語 ~その大陸で最も平凡な伝説~  作者: 広越 遼
第四章 ~海の旅人~
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『船出』①

   第四章 ~海の旅人~


『船出』




 サニアサキヤが用意してくれた大金は、額を知らなかったリリアンを大きく驚かせていた。

 金二千五百はとても二人で持ちきれる量ではなく、サニアサキヤは二人に従者一人と馬を付けてくれた。

 リリアンは従者がいる間は何も言わなかったが、従者が馬を連れて帰ってからはとても雄弁だった。


「あの吟遊詩人は素晴らしい歌声だったわ」


 ルックもそれにはなんの異論もなかったが、歌った内容が内容だ。諸手を上げて賛同とはいかなかった。


「何が素晴らしかったって、歌の内容ね。あの調子ならルーカファスをも凌ぐ名声が得られるんじゃないかしら」


 リリアンが面白がっているだけなのは分かっていたが、ルックは恨めしげに彼女を睨んだ。


「今度あの吟遊詩人に会ったら、リリアンがいかに素晴らしい戦士なのかも語っておくよ」


 せめてもの抵抗を試みたが、リリアンは意にも介していなかった。

 彼らが金貨を運んでもらったのは街の入り口までだった。それより先は当てがあるので、ここまででいいとリリアンが断ったのだ。

 金貨は背負いあげるほど大きな皮袋に入れられていた。それがしかも二つもあるのだ。


「じゃあ私はロロを呼びに行くから、ルックはここで待っていて」


 とんでもない量の金貨を持っていると、さすがに少し不安になった。ルックはリリアンが早く戻ってくれるように祈った。


 ロロは十クラン(一時間の半分)ほどで来た。ビーアを頭に乗せたルーンも付いてきている。ロロが袋二つを担ぎ上げてくれる。ロロでもそれだけの量の金貨は持ちにくそうだ。


「こんなに大きな袋、何が入ってるの?」


 ルーンが不思議そうに首をかしげると、頭の上にいたビーアが器用にバランスを取る。


「みんなと合流したら話すよ」


 ロロの歩みが少し遅くなったため、そこからザッツの隠れ家までは七クランほどかかった。

 隠れ家に着くとリリアンがなにやらザッツと揉めていた。声を荒げるようではなく、静かにお互いの主張を言い合っている。ルックたちへの出迎えの言葉もほどほどに、二人は話を続けた。


「俺は純然たる好意でカイルを遣わせたのだ。それに金銭で報いを得るわけにはいかない」

「いいえ。これはあなたに対してではなくて、カイルに対しての報酬なのよ。カイルがいなければこの報酬は得られなかったどころか、私たちは誰も無事に戻って来なかったわ」

「カイルは俺の従者だ」


 ザッツはそれで全てだと言うように言い切った。ルックには理解しがたい考え方だが、カンではそれで通じるのだろう。


「あなたたちには従者が主人と意を共にするのは当然なのでしょうね。けど従者は本来主人に養われるものよ。ところがあなたはその従者に食い扶持の世話までさせているの。この場合あなたはカイルの労に感謝するべきよ」

「もちろん感謝はしているぞ。しかしそれとこれとは関係ないだろう」

「関係あるわ。このお金を受け取ることで、カイルの負担は大分少なくなるはずよ」

「正しい主従ならそのような方法では労をねぎらわないものだ」

「それならあなたは他にどんな方法でカイルに感謝を示すの?」


 ザッツは真っ向から投げかけられるリリアンの言葉に、むっとした顔で黙った。反論に窮したのだ。

 自分ではない誰かがやり込められているのが楽しいのか、クロックがにやけた顔でそんな二人を眺めている。

 ザッツは助けを求める目で周りを見渡した。ルーンは真面目な話し合いにはあまり参加するたちではなく、ロロは明らかにリリアンに賛同しているようだ。最も頼みになるはずの忠実な従者も今は出掛けているらしい。リリアンはいないのを見てこの話を持ち出したのだろう。


 ザッツが最後に目を向けたのはルックの方だった。

 ルックとしてもザッツに金貨は受け取ってもらいたかった。しかしザッツの気持ちも理解できた。ザッツは金銭目的で手を貸してくれたのではない。それに対して金銭で報いようというのは、確かに失礼な話だ。しかもザッツは貴族だ。つい先日サニアサキヤの金遣いを目の当たりにしたルックには、ザッツも金銭感覚は真っ当でないのだろうと思えた。


 ルックは考えを巡らせた。要はザッツのプライドを傷つけないで受け取ってもらえる方法を見つければいいのだ。

 アーティス人のルックから見れば、そもそもカンの常識には違和感があった。だからその方法には一つすぐに名案が浮かんだ。


「それならザッツじゃなくて、やっぱりカイルにもらってもらえばいいよ。なんて言ったって僕が死なずにいられたのはカイルのおかげなんだ。元々ザッツに渡すのは筋が違うと思うよ」

「うーむ、それはそうかもしれんが、カイルは俺の従者なのだ。俺以外から褒美をもらえる立場ではない」


 ルックは予想通りの反論に、やはり予想通り違和感を感じた。アーティスでの従者は誰の従者であろうと、主人の物ではなく、自分自身の物なのだ。誰から恩賞をもらったところで問題はない。


「確かにカイルはザッツの従者だよ。だけどカイルにもカイル自身の意志がある。僕はザッツの従者にじゃなくて、カイル自身に感謝を示したいんだ。そのカイルを僕たちに付けてくれたザッツにも感謝はしてるけど、それはまた別の形でお返ししたい。そんな感じでどうかな?」


 ザッツはルックの言葉に腕組みをして考え始めた。


「ザッツは見かけに寄らず頭が柔らかいんだ。なにせ邪教と言われる闇の信者と仲良くしてくれるくらいだからね。きっとルックの提案を受け入れるだろうね」


 クロックがからかい口調で口を挟む。クロックのことだからただ単にからかっただけなのだろうが、それが決定打になった。

 ザッツは恨めしげにクロックを見やってからため息をつく。


「それなら俺はカイルに、報酬を受け取るように命じよう。しかし俺に対しては恩を感じる必要はない。俺は友として当然のことをしただけなのだし、どの道カイルは受け取った金を俺のために使うだろうからな」

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