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青の物語 ~その大陸で最も平凡な伝説~  作者: 広越 遼
第四章 ~海の旅人~
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 リキアに森を見せる間、ルックとリリアンはリキアを守るために辺りに細心の注意を払った。生き残った猿が報復をしてこないとも限らないと考えたのだ。しかし森中歩き回ってみたが、生きた猿の姿はどこにもなかった。


 ララニアに戻った二人は、また客間でリキアに待たされた。リキアがことの次第をサニアサキヤに報告しに行ったのだ。

 予定ではリキアが報酬を持って帰ってくるだけだったが、息せききって多忙なはずのサニアサキヤ自身が部屋へ駆け込んできた。

 リキアに話を聞いたのだろう。すぐにも鱗の話をしようとしたが、寸での所で先に言うべきことを思い出したらしい。気不味げに咳払いをして言った。


「リキアの報告は聞いた。まずはご苦労であった。猿は一匹も見当たらなかったそうだな」


 サニアサキヤはほとんど間を置かず、彼にとっての本題を話し始める。


「してルック。お前の所有物の話を聞かせてもらいたいのだが」


 ここまで露骨だと、せっかく取り繕って労をねぎらったことも無駄だった。

 ルックはアーティス人特有の本能が疼き始めた。敏感にそれを察知したのだろう。リリアンが隣でため息をつく。


「サニアサキヤ。先に報酬をもらえるかしら。私は一度宿に戻って荷物をまとめて来るわ。その間にルックとは思う存分話すといいわ」

「おお、そうであったな。リキアは何をしておるのか」


 サニアサキヤがそう言った折、リキアがずっしりと重たそうな袋を持って部屋へ入って来る。


「サニアサキヤ。お持ちしました」


 声が聞こえていたのだろう。多少呆れ顔でリキアがその袋を主に渡す。公爵とはいえ金二百五十枚もの大金をたちまちに用意できるはずはない。それなりの手順を踏んで持ち出してきたのだろう。それにリキアは時間を取られたのだ。


「うむ。さてリリアン。これが今度の報酬だ。持って行かれよ」


 サニアサキヤはリリアンの手に惜しげもなく袋を乗せた。紐で口を塞がれた袋をリリアンは開き、ざっと中身を確認すると頷いた。


「じゃあ私は一度失礼するわ。ルックのことはあとで迎えに来るから、その間に話は済ませておいて」


 リリアンはそう言うと立ち上がって部屋を辞退した。


「さてルック。話の続きをよろしいか?」


 リリアンを見送ってすぐ、待ちに待ったとばかりにサニアサキヤがルックの前に腰を掛けた。座った位置はかなり近い。ルックは思わず身を引きそうになる。サニアサキヤはルックの両手を包み込むように触った。


「お前が持っているというのは、本当に黒の翼竜の鱗なのだな」


 これもカンの流儀なのだろう。ルックは手を揉まれる感覚に少し抵抗を感じながら、端的に質問に答えた。


「間違いないですね」

「そうかそうか! リキア、すぐにまた金二百五十枚を取ってこい」


 サニアサキヤの命令にリキアが答えようとするのを、ルックは遮る。


「待って下さい。僕はあの鱗を譲るつもりはありません」


 ルックは瞬時に計算を始めた。幸いカン人のサニアサキヤはルックがこう出るとは予想していなかったのだろう。すでに彼は手の内をさらし過ぎていた。彼が喉から手が出るほど鱗を欲しがっていることは、今さら取り繕いようがない。ルックはもちろん鱗に実用性は見いだしていない。先ほどまで存在すら忘れていたほどだ。手放すことが惜しいとは思っていないが、そんなことはサニアサキヤが知る由もない。

 まずこの交渉の場は、圧倒的にルックの有利になっていた。


「なんだと? しかしお前の仲間リリアンは、確かに私に黒の翼竜の鱗を約束したのだ。今さら反故にしようと申すか?」

「その約束はリリアンが以前のチームでしていたものでしょ。僕は彼女のチームに加わったんじゃなく、彼女が僕と友人のチームに加わったんです」


 これは本当のことだ。リリアンはこの仲間のリーダーではあったが、元々旅の目的地はクロックが決めていた。そのクロックとリージアから依頼を受けた自分とが、今のチームを作り上げたのだ。


「だからリリアンが以前どんな約束をしていたかには、僕は一切関わりがないんです」

「なるほど。それは確かにそうであろうが、どうしてお前は翼竜の鱗を譲りたくはないのだ?」

「当然のことです。僕はこの鱗を命懸けで手に入れました。これは僕と黒の翼竜との友情の証でもあるのです」


 これはかなり事実からは湾曲している。鱗はただ拾っただけで、黒の翼竜もルックが鱗を拾ったことなど知らない。しかしリキアが何事かをサニアサキヤに耳打ちすると、たちまちサニアサキヤはその話を信じた。


「なんとお前はあの伝説の生き物と死闘を演じたのか。リリアンすらも手に負えない奇形の猿も、お前がいともたやすく討ち取ったそうだな。確かにそれはお前にとって掛け替えのないものなのだろう。

 しかしそこをなんとか曲げて頼む。私はリリアンとも昵懇の仲。お前とも仲良くなりたいと考えておる。鱗は責任を持って私が管理をする。どうか譲っては貰えぬか?」


 サニアサキヤはなかなか鋭いところを突いてきた。ルックはリリアンの過去をよく知らないからこそ、昵懇の仲とまで言い切るサニアサキヤをむげにはできない。それに彼はルックの鱗を管理すると言っているのだ。つまり彼はルックが鱗を見たくなったら、いつでも取り出して見せてくれるのだろう。

 なかなか手強い相手に、ルックの気分は高揚してきた。


「問題なのは鱗が二度とは手には入らないだろうということです。黒の翼竜の住処は、僕がダルダンダの洞窟で迷いに迷った挙げ句、たまたまたどり着いた場所なのです。しかも翼竜との戦闘中、その一つしかない入り口は崩れ落ちてしまいました。また翼竜があの住処から飛び立たない限り、二度と鱗は手には入らないでしょう。そして最後に彼があの山を飛び立ったのは、ルーカファスが生きた時代より前だったとか」


 ルックは最終的には鱗を金にする気でいる。ルックは自分にとって鱗がどれだけ大事なものか語るふりをして、鱗の希少価値を釣り上げたのだ。記念に取っておきたいと言えば、サニアサキヤが諦めてしまう危険がある。しかしこれならばサニアサキヤの物欲をさらに煽ることができる。


「相分かった。それほど貴重なものだ。金二百五十とは安すぎた。しかし私は、お前が産まれる遥か前からそれを欲していた。私はもう若くない。老い先短い私の余生、その間だけでもそれを借り受けることはできまいか。私が死したあとは、必ずお前にその鱗を返すと誓おう。もちろんそれで金を返せとは言わぬ」


 サニアサキヤは弁に熱を込めて語ってきた。先ほどといい今度といい、彼はアーティスにはない類の交渉上手だ。思わずルックは彼の頼みに心動かされそうになる。

 ほだされそうな自分を叱咤し、ルックは値の釣り上げに移った。


「それほどサニアサキヤは鱗を欲しているんですね。けどサニアサキヤは健康そうですし、戦士の僕より長生きをする可能性はかなりあると思います」


 ルックはそこで話を切り、じっくりと考え込む姿勢を取った。もちろん気分が高揚して頭の回転が早くなったルックには、そんな時間は必要なかった。しかしこの間が交渉においてとても重要なものだと、冴えている頭だからこそ気が付いていた。


「じゃあこうしませんか? さっきサニアサキヤがした提案通り、僕は鱗の管理をサニアサキヤに託します。けど、その間にサニアサキヤの気が変わらないという確信がほしいです」

「というと?」


 ルックは肩から下ろしたリュックの中を開け、そこから黒い鱗を取り出した。それ一枚で小さな盾のような大きさの鱗だ。その大きさが、これを黒の翼竜の物であると何よりも証明している。サニアサキヤが息を呑み、目がその鱗へ釘付けになる。


「この鱗をずっとサニアサキヤが大事にしてくれるように、サニアサキヤの懐が痛むほどの大金を出して下さい。それで僕もあなたを信じて、この鱗をお譲りします」

「あぁ」


 鱗に目を奪われたサニアサキヤは、上の空で相槌を打つ。


「サニアサキヤ」


 ルックはサニアサキヤに握られた手を、逆に強く握り返した。サニアサキヤの注意を自分に向け、ルックは最後の一押しを告げる。


「あなたはこの鱗にいくらの価値を付けてくれますか?」


 情に訴えてくる交渉術を使うと、少なからず自分自身がその情に流されるものだ。それにさらに熱く情をたたみかけると、非常に高い効果がある。ルックは瞬時にそれを読み取っていた。

 ルックの熱意に押し負けたサニアサキヤは、当のルックも気が引けるほどの金額を提示してきた。


「金二千だ。いや! 二千五百用意いたそう!」


 真っ赤に顔を紅潮させたサニアサキヤが立ち上がる。ルックも手を引かれたため一緒に立ち上がった。成長期のルックより頭一つ高いサニアサキヤは、大げさに両手を広げ、がっしりとルックを包容した。

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