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青の物語 ~その大陸で最も平凡な伝説~  作者: 広越 遼
第一章 ~伝説の始まり~
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 ヨーテスというのはアーティスの北から北東にかけての大きな国だ。七大国の一つに数えられる。

 ヨーテス山脈がその領土のほとんどを占め、南部以外はほぼ狩猟で生活をする多部族国家だ。

 アーティスとは友好関係を築いていたが、最近になって国交が途絶えている。

 それはヨーテスの中枢を担う国王が、老齢のためほとんど表には出てこなくなり、その執政をジルリーという王子が請け負ってからだ。

 そのため今はどのような思惑を持っている国なのか、不明瞭になっているらしい。


 ルックはシュールからそのように説明を受けた。

 大事なことは、ヨーテス人は森での戦いには非常に長けているという点だ。

 敵が要塞を築いているのはまさに森の中だ。


「手強い相手だな」


 シュールは珍しく厳しい見解を示した。


「そっか。でもビースがシュールとスイラク子爵を会わせたいわけだね。ビースはシュールに子爵を見せて、白か黒か判断してほしかったんだ」

「どうだろうな。確かにスイラクが怪しいと思って、ビースがそうなるように仕組んでいた可能性は考えられるが、さすがにあの人でもそこまでは分からないんじゃないか?」

「そうかなぁ?」

「まあ、あの人の頭には俺は到底及ばないからな。なんとも言えないな」


 シュールはビースを深く慕っている。ルックから見ればシュールもビースに見劣りしない賢者に思えるのだが、シュールはいつもビースを一つ上に見て話している。

 宿に戻ると、ルックはドーモンの肩の包帯を変えた。幸い悪化するようなこともなく、傷は治り始めていた。


「悪いな」


 ドーモンはにっと笑って礼を言ってくる。

 それから三人で眠りについた。

 翌朝、シュールは宿の小間使いに小銭を握らせ、スイラク子爵への使いに出した。


「貴族の屋敷に突然訪ねていくのは無作法だからな」


 シュールはそう説明してくれた。

 一時間ほどで小間使いは戻り、昼を回った頃にお越しくださいとの伝言を持ってきた。

 シュールは小間使いにもう一枚銅貨を握らせた。


「昼過ぎってことはヒス(この場合七の刻、空が明るくなり始めてから七時間後の時間を意味する)ぐらいだよね。少し時間が空くね」

「そうだな。剣の稽古でも付けてやろうか?」


 例え力が同じ程度のアレーでも、剣技に差があると歴然とした実力差になる。ルックは剣技においては、戦士として教育されたアレーの中ではかなり劣る。しかしシュールがそう言ってくることは珍しかった。

 シュールは実力で言えばシャルグにも劣らない戦士だ。剣や体術ではシャルグに劣るが、魔法の腕はシュール以上の人はそういない。

 しかし、シュールは元々戦闘を好む人間ではなく、ルックたちに戦士としての教育を施すのにも消極的だった。

 これから危険なところに行くから、そのためなのだろうかとも思ったけれど、今剣の稽古をしてもすぐにはそう効果はない。


「珍しいね。どうかしたの?」


 ルックは考えてもシュールの真意が分からなそうだと思い、素直に聞いてみた。


「いや、ちょっとな」


 シュールは曖昧に濁してそれに答える。

 理由は分からなかったが、シュールがそうした方がいいと言うのなら、ルックは素直に従うことにした。ルックとしてもライトのためにもっと強くなりたい気持ちがある。


「ドーモンも付き合ってくれるか?」

「おう、いいぞ」


 三人は町の外れまで歩いていき、広場でそれぞれの武器を構えた。

 シュールが持つのは硬化の魔法をかけた普通の長剣だ。構えも正眼で、基本に忠実だった。

 ルックも剣は特殊な大剣だったが、構えは正眼に構えた基本通りのものだ。基本の型をシュールに教わったからだ。

 ドーモンは棍棒を両手で持ち、肩に立てかけるように構えている。


「二対一でルックはとにかく守りに徹しろ。無理に勝とうとはしなくていい。なるべく長い時間攻撃を受け流せ」

「魔法は使っていいの?」


 シュールとドーモンは離れた位置に立っているので、大声でルックは聞いた。


「ああ。だけど俺は使わない」


 シュールも大きな声で返事をする。

 ドーモンは藍色の髪で、何かのマナを宿してはいるが、それが何のマナなのかはまだ解明されていない。ライトのような金色の髪、それから勇者アラレルの赤髪と同じだ。そのため魔法は使えない。つまり自分だけが魔法を使えるという状況だ。


「始めるぞ」


 ドーモンが言ってルックを軸に大きく回り込んだ。後ろと前から挟み撃ちにしようというのだろう。

 実力差が大きい上に二対一だ。とにかくまずは魔法が使えるようにマナを集めなければならない。しかし動きながらマナを集めることは不可能だ。その場にとどまっていなければ、集めたマナも手放さなければならない。しかし動き回らなければあっという間に討ち取られてしまう。

 だがルックの大剣はその不可能を可能にする。柄の宝玉に集めたマナはそのまま持ち運べるのだ。


 ルックは左に大きく飛んで二人が視界に入るようにした。すかさずドーモンも左に駆けてルックの死角を取る。ルックはやむを得ずシュールに向かって駆けだした。魔法を使わないという条件でなら、シュールよりドーモンの方が確実に強い。それにドーモンの足音は目立つ。接近をされそうになったら飛び離れればいい。

 マナを使った走りで、シュールとの間はすぐに詰まる。

 ルックが渾身の力を込めて上段から大剣を振り下ろした。シュールは落ち着き払ってそれを左にいなす。バランスを崩して左につんのめりそうになったルックだが、そのまま駆け抜けようと思った。再び距離を取ろうとしたのだ。

 しかしそのルックの左の地面に、巨大な鉄の塊が打ち付けられた。


 ドーモンがほとんどひと跳びでルックの後ろに迫っていたのだ。これでは足音どころではない。

 もちろんドーモンが地面に棍棒を叩きつけたのはわざとで、その時点で勝負はついたということだ。


「そこまでだな」


 シュールが短く言った。

 マナを集める間などほとんどなかった。

 それから時間まで何度も試合を繰り返したが、結果はほとんど変わらなかった。


「うーん。やっぱり速さが違いすぎるよね」


 時間になったのでスイラク子爵の屋敷に向かう道中、ルックはそう言ってみた。

 ドーモンがそれににっと笑って言ってくれた。


「速さ、爆発力だ。体にあるマナ、思い切り使う、速くなるぞ」

「ドーモンは体が大きいからさ、体の中にあるマナの量も違うんだよ」

「ルック、それ違う。シャーグ、俺より速い」


 体の大きさでマナの量が違うのは事実だ。しかしもっと小さな子供でなければこの言い訳は通用しない。一人のアレーが持てるマナの量には上限があり、その上限には個人差はない。十三歳のルックはすでにその上限に達していた。実際にアレーの速さを決める要素は、ドーモンの言うとおり自分の持つマナの爆発力だ。

 あまりに結果が悪くて情けなかったルックは、分かっていてそう言い訳したのだ。しかし厳しくそれを指摘されるということは、甘えてはいけないということなのだろう。

 このところルックは体術には限界を感じていた。フォルの試験を受けてから先、伸びている気は全くしない。自分はシュールたちのようにはなれないのだろう。


 今すぐ強くなりたいのに、自分には才能がない。


 最近ではこうした考えが頭の中で堂々巡りを続けている。

 去年でルックは十三になった。シュールやシャルグが十年前の戦争で活躍し始めた歳だ。同じ年齢になったからこそ彼らは自分とは違う特別な存在なのだと実感できた。

 もしかしたらルックのその悩みに気付いて、シュールは今回の話を持ち出したのかもしれない。もしそうなら、ルックにもまだ可能性はあると、シュールは思ってくれているのだろうか。

 そんなことを考えながら歩いていると、スイラク子爵の屋敷まではあっという間だった。

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