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青の物語 ~その大陸で最も平凡な伝説~  作者: 広越 遼
第四章 ~海の旅人~
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 話はとんとん拍子にまとまって行き、ルックは結局一言も話さなかった。同じくリキアも主人の横で無口だった。

 ルックとリリアンはその日の内にリキアを伴い、南部猿の壊滅した森へ向かうことになった。

 主人の前では発言を控えていたリキアだが、道中彼は良く話した。彼もリリアンの強さに尊敬の念を抱いていたらしい。好意的な敬いを持っているようだった。


「お前がいたなら俺も南部猿退治に加わりたかった。もう一度お前の剣を見てみたかったよ」

「私の剣を見ても、あなたに学べる物はないと思うわよ」

「ははは、それはそうだろう。だがそうではなくて、私はお前の剣に惚れているのだ」

「例えついてきたとしても、私の剣はほとんど見られなかったわ。ここにいる彼と、仲間の一人がほとんど終わらせてしまったの」

「なんと。ルックと言ったな? お前はそれほどの腕前だったのか?」


 ルックはサニアサキヤにもリキアにも、あまり良い印象は持っていなかった。彼らは最初、自分のことを捨て駒にしようとしたのだ。しかしリリアンの面子もあるので、そう邪険にもできない。


「魔法具の力を借りただけです」


 なるべく当たり障りのないように言葉を選んだ。しかしリキアは全くルックの想いには頓着していなかった。


「リリアンの力を凌ぐ魔法具などあるのか? まさか古の?」


 リキアが「古の」と言うのは、キーン時代に深淵の魔法師デラに葬られた魔法具のことだろう。ルックはどう角を立てずに説明しようか考え始めたが、リリアンがすぐに割って入った。


「ルックの持っている魔法具は確かに優秀だけれど、そうじゃないのよ。彼はアーティス人なの」


 アーティス人だとどうだと言うのか。ルックはリリアンの説明に疑問を持ったが、リキアはそれですんなり得心したようだった。


「なるほどな。確かに違和感はあったのだ。彼とは一度手合わせをしたのだが、そのときに無礼とも取れる発言をされてな。はは、どうやらあれはこちらに非があったらしいな」


 ルックはこちらを利用しようとしている彼らに最大限の反抗をしていた。リキア軍団長の力が大したことはないと、あえて相手にも分かるような皮肉を言ったのだ。しかしリキアは今の今まで、あの皮肉を皮肉だとは思っていなかったらしい。


「ふふ、なるほどね。あの浪費家のサニアサキヤにしてはずいぶんと値切られたものだとは思っていたけど、そういうことだったの」

「そういうことって?」


 ルックの疑問にはリキアが説明してくれた。


「私たちはお前の態度から、お前をただの流れ者だと思っていたのだ」


 流れ者とはこの場合、身分を持たない者ということだろう。ザッツの従者カイルも自分のことを身分を持たないと言っていたが、それよりももっと立場の低い者のことだ。


「お前はかなり控え目な態度が目立った。アーティスでは控え目なことが美徳だと言うそうだが、カンの考え方では違う。自分を安く売るのは、自分にそれしか価値がないと宣うのと同義なのだ」


 ルックは言われて、自分のみすぼらしい格好と、先ほどリリアンに教わったカンの流儀を思い出した。知らない事とはいえ、ルックは彼らを格上とする行動をしていたのだ。そしてカン人は大陸でも特に実質的な性質だという。ルックの控え目な発言を額面通りに受け取ったのだ。


「そっか。確かに謙虚な発言っていうのはシビリア教の教えですよね。ある意味事実を的確に表現していないってことになりますね」

「馴染みはないが、私は謙虚であることは良いことだと思う。しばらく話せばお前が思慮深い人間だとはすぐに分かる。引き換え愚か者が思慮深いと誇示し始めたら、薄ら寒い気持ちになる。相手に判断を委ねることが謙虚というものなのだろう。しかしな、初対面の人間にも謙虚である必要は私はないと思う」


 それは今度のように誤解を生みかねないからなのだろう。ルックもリキアの考え方には馴染めないと思ったが、頭では理解できた。


「ルックは旅もまだ始めたばかりなの。これから大陸中を旅していけば、色々な価値観に触れることになると思うわ。そういう意味でも旅はいいわよ」

「はは。お前は相変わらず旅の神に魅入られているらしいな」


 旅の神アラサは、キーン時代から信仰のある神だ。ルックはそれを知らなかったが、そう話すリキアの表現のしかたが風流に思え、好ましく感じた。彼がリリアンへ寄せている好意的な敬いに、共感を覚えたのかもしれない。


「そうだ、旅と言えば、ダルダンダの件はどうなった? 我が主はいまだに朗報を待っていたぞ」

「そういえば、翼竜はこの目で見たわよ。ふふ、ルックに鱗をもらって来てもらえば良かったわ」

「ああ、翼竜が飛んだと話題になっていたな。ルックは近くでそれを見たのか?」

「ええ。一番近くで見てたわね」


 二人の話にルックが疑問の目を向けると、今度もリキアが解説してくれた。


「主は珍しい物に目がない方なのだ。主の本邸には青色のカーフススやら、デラの仮面やら、ルーメスの頭蓋骨やら、様々な珍しい物が保管されている。はは、ルーメスの頭蓋骨は今ではあまり珍しくないがな。

 主は以前リリアンに、黒の翼竜の鱗を採集したいと申し出たことがあるのだ。確かあれも金二百五十枚の依頼だったな」


 ルックはようやくリリアンがサニアサキヤの話をしていたことを思い出した。リリアンはサニアサキヤに依頼され、ダルダンダに黒の翼竜の鱗を探しに行ったことがあると、確かに話していた。

 そしてその話を聞いていたから、ルックは黒の翼竜の住処からそれを持ってきていたのだ。


「その依頼ってまだ有効なの?」

「ええ。時間はどれだけかかっても、サニアサキヤが生きてる間に持って行けばいいと言われたわ」

「僕、その鱗持ってるよ」


 ルックはいたずらな心でこともなげに言ってみた。リリアンはすぐに目を剥き、リキアは一瞬首をかしげたが、意味を理解していくうちにあんぐりと口を大開きにしていった。


「まさか、それをどうして手に入れたのだ!」

「私もそんな話は聞いてなかったわ。隠していたわけじゃないんでしょう?」


 ルックは今の今まで鱗を持ち帰ったことも忘れていたのだ。


「翼竜と戦ったり、背に乗って空を飛んだり、とにかく鱗どころじゃなくなっちゃったんだ。もちろん隠してたわけじゃないよ」

「よ、翼竜と、なんと言った?」


 リキアは信じがたいことを聞いたというように、恐る恐る聞いてきた。正確には翼竜の傀儡と戦ったのだが、翼竜自身があれを儂だと言っていたのだ。間違いではない。


「戦ったんだよ。残念ながら勝負は着かなかったけどね。和解したから」


 リリアンにも訝しげに見られたが、事実は事実だ。ルックは驚くリキアに少しいい気になった。


「まさか、まさか、まさかそれほどとは……」


 何度も言いよどみながら、結局リキアは上手い表現が見つからなかったようだ。信じられないと何度も呟きながら、しかしもう完全に信じ込んでいるようだった。


「アーティス人の謙虚さにはほとほと呆れる」


 にやにや笑うルックに対して、リキアは最後にそう言った。

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