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青の物語 ~その大陸で最も平凡な伝説~  作者: 広越 遼
第四章 ~海の旅人~
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『青の英雄歌』①

   第四章 ~海の旅人~


『青の英雄歌』




 次の日にはルックも思い悩むのをやめた。暗い気持ちでいて良いことなどない。切り替えて前向きなことを考えていた方が、建設的だと思ったのだ。

 朝の内にリリアンがサニアサキヤへ報告に行くと言い、今度はルックもそれについて行くことにした。


「ルック、本当にもう、平気か?」


 付き合いの長いルーンや、逆に知り合ったばかりのカイルは、昨日のルックの落ち込みをもう気にしていなかった。しかし優しいロロだけはルックを気づかわしげに見ながら、そう聞いてきてくれた。


「うん。もう大丈夫。ありがとね」


 ルーンたち三人は先にザッツの住処に戻ることになった。

 カイルができるだけ早くザッツの元に戻りたがったためだ。これからサニアサキヤの軍団長リキアに、森を見てもらう必要がある。最悪の場合まだ一日以上時間がかかるのだ。

 貴族の館を訪れるのにはビーアも必要ないので、彼女もルーンたちと帰還させた。


 ルーンたちを見送ったあと、リリアンが小さな櫛を取り出した。


「ルック、ちょっと髪をとかすわ」

「僕の?」

「ええもちろん。だいぶ賑やかな髪になっているわ」


 ルックは言われて頭に手を乗せてみた。確かにふわふわと量の多くなってきた髪が、あちらこちら跳ね上がっている。


「貴族のところに行く前は身だしなみを整えるものよ」

「そうなんだ。何か意味があるの?」

「貴族は基本的に大した仕事をしない人たちなの。それなのに生活には余裕があるから、身だしなみに割く時間が多いのよ。彼らの中ではそれが常識になっているから、その常識に少しでも合わせておいた方がいいわ」


 リリアンは彼女特有の観点から、いつも独特な意見を述べる。

 ルックは分かったような分からないような気がしたが、リリアンが言うならそうなのだろうと納得した。言われてみるとリリアンもいつもの短い髪が丁寧に櫛付けられ、首には大きめな色石のネックレスを付けている。石は良く磨かれたオレンジ色の石で、宝石ではなかったが、リリアンのゆったりした服には良く合っていた。小さな宝石では彼女の服装には埋もれてしまうだろう。


 ルックは自分の服装を意識してみた。ルックの服は上に質素な短衣と、下もなんの飾り気もない藍染のズボンをはいているだけだ。旅に出てからは寝間着も特に用意せず、下はほぼこの格好のままいる。布もだいぶ擦れてきていてみすぼらしい。


「アーティス人は服装にこだわる人たちじゃないわよね」


 リリアンがそんなことを言うと、ルックは途端に自分の服装が恥ずかしく思えてきた。彼の育ったアーティーズでは貴金属を身に付けている人も多かったが、ルックのチームは誰もそういった洒落っ気はなかった。


「キルクなんかはおしゃれだったよね」

「キルクは服が好きだったわね。けどアクセサリーなんかには興味がなかったみたい。ルックもそういった物は持ってないわよね?」


 ルックは言われて、少し洒落た所有物があることに気が付いた。預かり物だが、あの笛ならルックの格好にも合うかもしれない。


「そういえば、リリアンはクックカって知ってる?」

「クックカ? ヨーテスの、確かヨードラス領にある村のことかしら?」

「多分それだと思う」


 ルックはいつも背負っている袋の中から銀色の小笛を取り出した。思えばルックはこれを託してきた笛吹の名前も知らない。


「珍しい物を持っているのね。吹けるの?」

「ううん。預かった物なんだ。いつかもしクックカに寄ったら、これを家族に渡してほしいって」

「そう」


 リリアンはそれ以上は何も尋ねて来なかった。恐らくもう生きてはいない笛吹。ルックが手に掛けた男だ。リリアンはこれだけの会話でほとんどのことを悟ったのだろう。


「今回の旅が終わったら、私がクックカまで案内するわね」





 ルックは首に笛をかけると、水色の外套を羽織った。地味な格好ではあったが、ルックはもともと髪が綺麗な青色なので、見栄えは悪くなかった。見ようによっては、青を基調に整えられた舞台役者のようだ。

 サニアサキヤの館は二人のことを快く迎えてくれた。侍従が二人を客間へ通し、リリアンが客間の左手にあぐらをかいて座った。ルックもそれに習ってリリアンの隣に座る。


「座って待つのが礼儀なの?」


 以前来たときはどうしていいか分からず、ルックは立ったままで待った。

 リリアンはルックに説明をくれた。


「カンにはアーティスほど明確な礼儀はないわ。ただどう待つかによって相手との力関係は示せるの。立ったままで待つのは相手より下であることを意味するわ。座って待つのも、部屋の奥で扉に向かって座る場合は敵意があるか、相手より格上だと示せるの。こういうふうに入り口の左か右に座るのは、相手と対等だということよ。

 私たちは彼らの望みを叶えて対価をもらうのだから、今回はこうするべきね」


 アーティスではそもそも客として来ていても、部屋の外からドアを開けさせる習慣がない。ノックの音がしたらドアを引きに立ち上がるものだ。そのためどのように待つかなどは決まっていない。ルックは風習の違いというものをとても面白く感じた。

 しばらく待つとサニアサキヤが軍団長のリキアを伴って部屋へ入って来た。彼らはルックたちの正面に座る。


「待たせたか?」

「いえ、そうでもないわ」


 貴族を相手に素っ気ないとも思えるリリアンの態度だったが、サニアサキヤもリキアも気にした様子はない。


「森にいた南部猿は全て倒したと思うわ。特に群れに奇形が二体いて、それがちょっと普通じゃ手に負えない強さだったわ」

「お前にしてそうだったのか?」

「ええ。他の猿たちはリキアでも二体は同時に相手にできる強さでしょうね。ワータスの部隊が全滅したのも、恐らくその奇形がいたからよ。仮に生き残りがいても、もうそれほどの脅威はないわ」


 ルックはリリアンとサニアサキヤのやりとりから、二人の仲がそれなりに良好なのだと悟った。リリアンは死んだワータスのことも知っていたようで、残念そうな声音だった。それにサニアサキヤもリリアンの強さにかなりの信頼を寄せていたようだ。


「良かろう。私は多忙故これにて失礼をするが、後のことはリキアがしっかりと取り計らう。リリアン。また会える日を楽しみにしているぞ」

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