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青の物語 ~その大陸で最も平凡な伝説~  作者: 広越 遼
第三章 ~陸の旅人~
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「俺、驚いた。ルック強い。戦うのに、大事なもの、速さと力強さだけ、と、思ってた」


 試合のあと宿に戻ると、ロロが感心したように言ってきた。ルックも手放しで誉められて悪い気はしなかった。


「だめだよロロ。あんまり誉めるとルックが調子に乗っちゃう」

「ルーン」


 ロロが声を上げて笑った。ろろろ、ろろろと独特な笑い声に、カイルが訝しげにロロを見ている。


「けど試合をしてみて良かったね。ロロが自分の弱点を見つけられたから」

「ああ。魔法絡む、戦闘、とても複雑になる」


 ロロの発言にはさらにカイルが不思議そうな表情をした。ロロが以前来た時代にも魔法はあっただろうが、そのときは平和な貴族の小間使いで、戦闘自体ほとんどしていなかったのだ。


 実際ロロがしてきた戦闘は妖魔界での戦闘だった。妖魔界でも魔法は使うが、戦闘に使うのは通常火を喚び出す魔法くらいだ。

 しかしカイルはそんな事実など知る由もない。なので違う解釈をしたのだろう、彼もルックを賞賛してきた。


「ルックほどの魔法には私も驚きました。私が見た中で一番魔法が巧みな戦士ではないかと思います。動きもリリアンとも遜色がないように見えますし、随所での判断の速さも並大抵の戦士ではないのでしょうね」

「あはは、それはちょっと誉めすぎだよ。リリアンは僕よりも速いし、魔法は足元にも及ばないよ」

「ああ、確かにリリアンは魔法にもとんでもない技量をお持ちでしたね。しかしあなたのように二つのマナは扱わないでしょう?」


 ルックはなるほどと思い、大剣の特性を彼に語った。

 そのあとすぐに領主の別邸からリリアンが戻ってきた。

 領主との交渉は上手く運んだようで、報酬は金二百五十枚に引き上げられ、猿の群れを討った現場をリキア軍団長に確認させることで報酬を約束してもらったらしい。


「二百五十枚の内五十枚はカイルに渡すわ」

「本当ですか? それはありがたいお話です。しかし私は身分を持たない者なので、報酬はザッツにお渡しいただけますか?」


 慎み深い従者はそう申し出た。

 討伐には明日向かうことになった。話が一段落したので、ルックはロロとの試合のことをリリアンに語った。


「かなり運が良かったんだけどね、ロロは魔法に慣れてなかったから、突然環境が変わったのに対処しきれなかったんだ」

「そう。ふふ、どうやら私、恥をかいてしまったみたいね」


 リリアンをやり込めようと思っていたルックは、先手を打たれて苦笑いをした。

 南部猿の住処は、ララニアから北北西に歩いて数時間のところにある小さな森だ。


 次の日、ルックたちはルーンを宿に残してララニアを出た。

 森はカンでは珍しいもののように思えたが、逆にカンでは所々にそのような森は多いらしい。もちろん森人の森のように広大な森というわけではなかったが、町一つ分ほどの広さはあるという。

 そんな森がフエタラとビガスを繋ぐ北の大商路の脇にあるのだ。

 起伏の多い土地なので商路から森は見えないが、南部猿は岩場を抜けて、付近の道々で悪さをするらしい。

 森はかなり背の低い山だった。ルックたちの故郷アーティーズの北にある小山よりも小さい。広大な荒野にぽつんと盛り上がった緑の塊といった見た目だ。木々は思っていたほど密集はしてなく、歩くのに困難なようではなかった。


「さ、ここから先は気を引き締めてね。木の上から突然飛びかかってくるかもしれないわ」


 リリアンがそう告げると、ルックとロロとカイルは静かに頷いた。

 ルックはいつでもすぐに剣を抜けるように、腰に差した長剣の剣帯を緩める。

森へはリリアンを先頭に、ルック、ロロ、カイルの順で縦一列になり踏み入った。ビーアは木々の中では飛びづらいので、ルックの肩に乗っている。

 ルックが後ろを確認すると、カイルはすでに小太刀を抜いていた。ロロの目も警戒心を強めている。


 比較的に静かな森だった。木々の木ずれは聞こえるが、鳥以外に動物の声は聞こえない。賢い猿たちを恐れ、野生の動物たちはこの森から逃げ出したのだろうか。

 しばらく分け入っていくとリリアンがふと足を止めた。リリアンの目線を追うと高い木の上から猿が見下ろしていた。数は一匹だったが間違いない。南部猿だ。手には小ぶりの斧が握られている。


「どうするの?」


 ルックがリリアンに問うと、リリアンはそのまま同じペースで歩き始めた。


「一匹を倒しても意味がないわ。それに木の上に攻撃する手段もあまりないから。このまま進んでサニアサキヤの兵士団が壊滅させられた所に行くわ」


 リリアンが歩き始めたのを見ると、樹上の猿は木から木へと飛び移り、森の奥へと姿を消した。

 兵士団が壊滅したのは少し開けた場所だったらしい。広くはない森なので、ほどなくしてその場所に着いた。


 そこは小さな泉を置く広場だった。下生えのないむき出しの岩場がロロの背丈ほどの高さで泉の背後にあり、そこからトクトクと、白く光る水が染み出ている。


「祝福の泉だね」


 光る水がそのまま光る泉を作っていた。真っ白にきらめく泉は、アーティーズの北にある山、ヒルティスにも似たようなものがあった。


 祝福の泉。

 それは大陸のいたるところにある白く発光する泉のことだ。光る原理は分かっていないが、昔は神聖なものとして扱われていたらしい。今でも結婚式で振る舞われる酒などに、この泉の水が使われていることは多い。白く輝く泉の水は確かに神々しく見える。しかし実際それはただ自然の摂理によって光っているだけで、特別な意味はない。近年ではそう知られている。


 今この泉のある広場には、五十匹ほどの猿が陣取っていた。

 人間にとっては無価値なものでも、猿にとってはそうでないのだろう。猿たちは泉を守るかのように、キーキーと威嚇するような鳴き声を上げ、攻撃的にルックたちを見ている。

 ここが群れの巣ではないようで、次々に森の中から猿が集団に加わっている。


「リキア軍団長はよほど運が良かったようね」


 リリアンがつぶやいた。

 ここで仲間の死体を回収したということは、この群れには出くわさなかったということだ。一人で来たから警戒されなかったのか、それとも猿たちが狩りに向かっている最中だったのか。


 ルックは長剣の剣帯を締め直し、背中から大剣を外した。鞘を来た道へ放り、大剣へとマナを流し始める。開けた場所なら扱い慣れた大剣の方が有利だと考えたのだ。

 恐るべきことに、猿は全員手に何かしらの武器を持っていた。そして一匹一匹と数が増えていき、ざっと見た限りで八十は数が揃っているようだ。向こうの木の上にも数匹の猿が見えるので、見えない所にもまだかなりの数がいるだろう。


 勝てるのだろうか。


 ルックの頭に弱気な考えがよぎった。ルックは慌ててその考えを脇に追いやり、状況を分析し始めた。

 猿は武器を持ってはいるが、力も速さもルックたちには及ばないだろう。人間ほどには大きさはないので、武器にさえ気を付ければそう脅威はないように見える。しかし数は大問題だ。猿たちにはこの森の中で立てない場所はない。ルックたちがどこに陣を張ったとしても、四方から攻撃されるのは間違いない。さらに猿には木の上から攻撃することもできる。戦いは平面的ではなく立体的なものになるだろう。

 四人で背を預け合って戦う絵も想像してみたが、それでは頭上からの攻撃に対処しきれるかどうか。


 ルックはそこで致命的なミスを犯していたことに気が付いた。

 ルックはカイルの戦力がどのようなものなのか把握していなかったのだ。リリアンが対等の実力者だと言っていたが、どのような戦闘スタイルなのかが全く分からない。今からそれを確認する時間を、果たして猿たちが与えてくれるだろうか。


「カイルは大地の魔法師だよね? 魔法はどのくらい使えるの?」

「いえ、魔法は使えません。例外者なんです。ですが投擲が得意なので、多人数との戦いには困ったことがありません」


 ルックにはその投擲もどの程度のものか分からなかったが、カイルの言葉には自信がうかがえた。この状況で自信が見えるようなら、背中を預けても問題ないのだろう。やはり四人でそれぞれ四方を受け持つのが良策な気がした。


「リリアン。リリアンは何かいい作戦はある?」

「これといって。あの泉に水魔を立ち上げて、猿が驚いた隙に切り込むのはどうかしら?」

「それはいいかもね。そのあと猿が冷静になって反撃してきたら、四人で背中を守り合って防戦をしよう。樹上からの攻撃はビーアがお願い」


 ルックの言葉にビーアが高く鳴いた。それに反応したのか、猿の一匹が長剣を掲げて襲いかかってきた。

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