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青の物語 ~その大陸で最も平凡な伝説~  作者: 広越 遼
第三章 ~陸の旅人~
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 残ったルックたちは宿の中庭を覗いてみた。中庭には数組の商人がいて、手合わせをするのに最適とは言えなかった。そもそもこの中庭は宿を利用する商人が商談をする場らしい。

 宿からあまり離れるともしものとき治水をかけるのも遅れてしまうので、なるべくなら宿の近くが良かった。しかし当然、商人たちには商人たちの都合があるので、贅沢は言えない。


 ルックたちは宿を出て町を回ってみることにした。ララニアは大きい町ではなく、計画的に作られた町だったので広場の類はなかった。


「仕方ないね。町の外に出よっか」


 ララニアは特に防壁がある町ではなかったので、ルックたちは宿の一番近いところから町を出た。


 ララニアの周りには荒野が広がっている。町の周りには南西にフエタラへ繋がる道、西にヒダンたちが商いをしている商路へ続く道しかなく、ルックたちが出てきたのは町の北側だった。北側には見渡す限り何もない。カンに入ってからは見慣れた灰茶の大地がただただ広がっていた。


「ここら辺でいいよね?」


 誰にというわけでなくルックは聞いた。誰からも異論は上がらなかった。


「ヒュー」


 ビーアが一鳴きしてルックの肩に降り立った。


「あ、一応説明しとくね。あの子は私の魔法で動かしてるんじゃないの。ルックが光の織り手・リージアにもらった魔法具なの。だからビーアも含めてルックの戦闘なんだよ」


 ビーアの動きに訝しげにカイルがルーンを見たので、ルーンがそんな説明をした。

 ロロは静かに一団から離れ、ルックと少し距離を取ってから向き合う。

 ルックは背中から愛用の大剣を抜いた。


 ルックの気持ちはすでに目の前の試合に集中していた。ルックとしてもロロほどの戦士と向き合うことは、めったにない機会だった。細木のように背の高いロロは、なんの構えもせずに佇んでいた。灰茶の荒野を背に、神話のような長衣をはためかせるロロは、しかしどこにも打ち込む隙が見えなかった。

 ロロもすでに準備が整っていたのだろう。ルックは大剣を下段に構えた。


「それではお願いします」


 カイルがそう言った瞬間、ルックは剣へとマナを集め始めた。ロロがいつ動き出してもいいように警戒を強める。距離はロロの足で十歩ほど離れていたが、そんな距離はロロにとってはないようなものだろう。

 ロロが右足をわずかに踏み出した。それと同時にルックは左に跳ぶ。一度の跳躍でルックの立っていた位置まで移動したロロが、ルックを追うため直角に地を蹴る。


「火蛇」


 ルックはロロの動きが一瞬止まるときを狙って、火の鞭を繰り出した。灰色に染まる刀身からは、予想通り火の魔法はとても強く放たれた。老木の幹のように太い火の蛇がロロを襲う。

 しかしルックが思っていた以上にロロの動きは速く、ルックが狙った一瞬の隙はすでにロロにはなかった。

 ルックは火蛇がかわされるのも待たずに大きく後ろへ跳んだ。

 ロロはライトよりもわずかにだが速い。そして厳しい妖魔の世界で戦いを学んできている。ライトより技量も上だろう。


 ルックは手の前に小さな球をイメージし、大地のマナを込める。離れるルックを追うため、ものすごい速度で接近してくるロロに、最高速で石投を放つ。それを見たロロは後ろに跳び離れつつ、迫り来る石投を手で払いのけた。ルックは地面に手を突き掘穴をうつ。ロロの着地点に突然大穴が空き、ロロがそれに落ちて行く。続け様にルックはその穴の中に隆地をうつ。そしてルックはロロが突き上げられてくるだろう大穴に向かってビーアを飛ばした。

 しかし、穴からロロは突き上げられてはこなかった。隆地すらも立ち登らない。変わりにルックの開けた大穴からは、大地の砕けるけたたましい騒音が響き渡った。

 ロロがなんとルックの隆地を抑えつけ、破壊したのだ。


 ロロが大穴の縁に手をかけ、ひらりと身を浮かせ出てくる。ビーアがロロに向かって突撃したが、ロロは冷静にその鳥の動きを見極め、ビーアのことを鷲掴みにして捕まえた。ルックは再び地面に手を突くが、それを見たロロはルックの魔法を待たずに小さく右に跳ぶ。そして慎重な足運びでルックに接近してくる。大地の魔法師と戦うすべを学ばれたのだ。

 ルックは地面から手を離し、大剣の構えを中段に上げる。ロロがゆっくりと近付いてくる間、ルックは剣にマナを溜め直す。


 突然ロロが動いた。手の中でじたばたもがくビーアをルックに向けて投げつけてきたのだ。

 動作が大きかったのでルックは難なくそれを避けたが、同時にロロが速度を上げて急接近してきた。

 正面から伸びてきたロロの掌底を、大剣を盾にして受け止める。

 とんでもない衝撃が腕に伝わり、ルックは両腕を弾かれた。ロロがすぐさまガードの解けたルックに体を寄せ、軽く開いた手の甲で胴体を打ち付けようとしてくる。

 ロロの手がルックの胴体へ届く間際、自由になったビーアが飛来した。ロロの手は割って入ったビーアを強かに打ちつけ、しかし高速で飛んできたビーアを弾き返すことはできなかった。

 ロロはすぐに次の動作に移ろうと身をかがめたが、ルックも体勢を立て直していた。全力で剣を振り下ろす。ロロは柔らかい動作で手のひらを打ち出してくる。ロロの手のひらはルックの大剣を持つ手首に触れた。振り下ろす大剣よりも速くルックは手首を打ち付けられたのだ。ロロは手のひらで軽く触れただけのように見えたが、ルックはその途端に剣を取り落とした。ルックは驚きながら再びロロと距離を取るため跳び離れる。


 ルックは腰の青い鞘から長剣を引き抜く。ビーアが細かくロロにまとわりつき、その時間を稼いでくれた。

 再びビーアがロロの手に捕らえられた。

 先ほどと同じようにロロが静かな足取りで距離を詰めてくる。

 ルックは慣れない長剣での戦いは避けたかった。しかし考えても打開策は見つけられない。

 時間を稼ぐため大規模な放砂を生みだし、ルックは数歩分右に移動する。


 光明が差した。

 分厚い放砂はお互いの姿を隠すが、ルックにはロロの位置が正確に分かったのだ。

 ロロの手の中でヒューヒューとビーアが鳴いているのだ。

 ロロは音の危険を失念しているのだろうか。

 ルックは冷静に罠の可能性も検討したが、放砂が辺りを覆った瞬間にロロも位置を変えた。それは彼が自分の位置を相手に分からないようにするための行動だったはずだ。


 これは間違いない。千載一遇の好機だ。

 ルックは石斧を作り上げ、それをビーアの声のする方へ投じた。ロロに当てるわけにはいかないため、正確には声のする手前の地面を狙った。

 斧が地面を突き刺した瞬間に、魔法で生み出された放砂が晴れた。

 ロロは手前の地面に音を立て突き刺さった石斧を、驚きの目で見下ろしていた。

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