③
それから五日が過ぎ、任期を終えたルーンが宿に戻ってきた。
ルックはこの五日する事がなく、新しい剣の素振りをして過ごしていた。やることも定まらず一人でいるのは退屈で、ルーンが戻ってきてくれたのはありがたかった。ルーンはザッツの隠れ家に向かうだろうと思っていたのだ。
「ミッツ家の警備はどうだった?」
素振りを終えて宿でルーンを迎えると、ルックは開口一番そう聞いた。ビーアが嬉しそうに鳴いて、ルーンの頭からルックの肩に飛び移ってくる。
「すっごい楽だったよ。ハシラクの鉱山警備みたいな感じだった」
まだアーティーズを出てから二月も経っていなかったのに、ルックはアーティーズの隣町の名をとても懐かしく感じた。
「ルック。ずっと宿で留守番だったから退屈だったでしょ。私宿にいてあげるから、どこか行ってきていいよ」
ルックはルーンのその発言には驚いた。そのためにわざわざルーンはこっちに戻って来たようだ。ルーンがここまで気づかいができるのだとは思っていなかった。戦争が終わってからの一年も、ルーンと一緒に暮らした時間は長くない。ルックは一年、ほとんど何かの依頼を受けていたのだ。一緒に依頼を行ったのもあのシェンダーでのルーメス退治一度きりだ。
だからここ一年は早く家に戻ったときと、王城の庭でライトと話している短い時間しか、ルーンとのやりとりはなかった。アーティーズを出てから二月弱はほとんど一緒にいたが、その間もルーンと二人で長く話したときはない。
ルーンが気づかいをできるようになったのか、それとも自分がそれに気付けるようになったのだろうか。
ルックは少し考えてからルーンの発言に答えた。
「それなら少し話そうよ」
ルックの出した結論が意外だったようで、ルーンが驚いた顔をした。
「どうしたの? 珍しいね」
「ルーンと二人でゆっくり話す機会なんて滅多にないからね。考えてみたら、伝令でシェンダーに向かってたとき以来なんじゃない?」
「あー、そうかも。ルックっていつも忙しそうだったもんね」
ルックはルーンの言葉には首をかしげた。確かにこの旅のための準備にやることは無限にあった。しかし忙しいと感じたことはない。
「そうなのかな? 自分じゃ分かんないな」
自分では意識したことない自分が、ルーンの中にはいるのだろう。そう思うととても不思議な気がした。自分で思う自分も、ルーンから見た自分も、どちらもやはり自分なのだ。
それはなんとも言い難い感覚だった。ルックにはその感覚を、やはり不思議という言葉以外では表せなかった。
ルックはルーンの目から見た自分をもっと知りたくなった。
ルーンとは元々幼なじみだ。ルックにとってはライトと同じく、この世で一番気兼ねなく話ができる相手だった。話はとても弾んで、その日一日はこの五日間で最も早く過ぎ去った。
次の日の朝ロロが帰還した。ロロは仕事を滞りなく終えたようだった。
「さすがに早かったね。商人はいい人たちだった?」
「ああ、みんな、優しかった」
ロロの口調は柔らかかったが、ルーンがそこに何かを感じたらしい。ルックの隣に座っていた彼女は、まだ立っている長身を見上げながら首をかしげた。
「何かあったの?」
「何か? ルーン、どうした?」
「勘違いかな? なんか出てく前よりもしっかりしたって言うか……。
うーん、ごめんね、気にしないで」
言われてみると確かにロロは影が薄れたように見えた。ナリナラたちともう会えないことを知ったロロは、時々ふいに遠い目をしたり、自分の行く道に迷いを持っているように感じたのだ。
しかし、今のロロからは目的をしっかり定めたような、どこか腹の据わった雰囲気を感じた。
それからルックはロロに最近の事件を全て語った。ヒッリ教のことや、クロックの左腕が動かなくなったことや、南部猿の討伐のことだ。そしてクロックは左腕が利かないのに旅を続けるのだと言うと、ルーンのしていた予想が正しかったと分かった。
「俺、クロックのところ、行く。左腕動かない、すごい危険だ」
三人と一羽は宿を引き払い、預けていた荷車を引いてザッツの隠れ家へ向かった。ロロが反対をしていようといまいと、どの道合流はするつもりだったのだ。
ザッツの住処に着くと、そこにはリリアンとクロックとザッツとヒルドウ、全員がいた。ロロが帰還したことをすでにクロックが感知していたようで、わざわざ彼らは居間に集まって待っていた。
「おかえりなさい。彼が私たちの仲間のロロよ。ロロ、こっちがクロックの友人でザッツ。その従者のカイルよ」
リリアンは無駄話は一つもせずに、ロロとザッツとカイルを紹介した。
「でかいな! アルテス人か? さあ、見ての通り何もないところだが、とりあえずは座ってくれ」
ルックたちはザッツの勧めに従い、色の落ちたカーペットに直接座った。そして座ってすぐにロロがクロックに言う。
「クロック、左腕、残念だった。俺、お前が旅を続けると、聞いた。それには俺、賛成できない」
とても真剣な口調だった。しかしクロックは茶化すようにそれを笑った。
「ロロ、君の心遣いはありがたいよ。けど俺は右腕だけでもそう弱くはならないようなんだ。おそらく男爵クラスのルーメスとも戦えるよ」
ロロと出会ったとき、まさにクロックは右腕一本で男爵クラスと戦っていた。そのときはもしロロがいなかったら、クロックは死んでいたかもしれない。到底その言葉は信じられなかった。しかし意外にもリリアンがそれに頷く。
「ここしばらく私とカイルでクロックと試合をしていたのよ。もう少し鍛練を積めば前以上の戦士になれそうよ」
ルックは一瞬あの技法をクロックに教えたのかと思った。しかしどうやらそういうわけでもないらしい。
クロックが右肩を大げさに竦める。
「南部猿みたいに大群で襲われたら両腕が使えないのは不利だけどね。ルーメスが一体だけなら、俺は確実に戦力になれると思うよ」
事が仲間の命に関わるので、それでもロロはすぐには納得しなかった。しかしとりあえず南部猿討伐にはクロックは参加しないとのことだったので、この件は保留にしたようだ。
その日一日は仲間全員ザッツの隠れ家に泊めてもらった。寝具もろくにない住処だったので、クロックとザッツ以外は居間で寝ることにした。
季節は暖季にさしかかろうとしていたが、カンの南部は冷える。リリアン、ルック、ルーン、ロロ、カイルの順番で寄り添って眠ることになった。
明日はサニアサキヤの別邸に向かい、もしかしたら明後日にも南部猿討伐に向かっているかもしれない。
ルックはできる限り南部猿が手ごわくないことを祈った。




