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青の物語 ~その大陸で最も平凡な伝説~  作者: 広越 遼
第三章 ~陸の旅人~
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『南部猿』①

   第三章 ~陸の旅人~


『南部猿』




 やむを得ないとはいえ、ルーンは昨日の警備を途中で抜け出した。しかしそのことへの咎めはなかった。ザッツが目立つ登場をしたので、カジノ側も大体の事情を察してくれていたのだ。


 その日こそは本当に何事もなく一日が終わった。ルックの持ってきた依頼で船代は足りるのだが、アーティスでは自分勝手な都合で仕事を放棄する習慣はない。生まれは不明だが、ルーンも育ったのはアーティスだ。当然のように仕事は最後までやり抜くつもりだった。

 そしてもう一つ、ルーンの身に染まっているアーティスの習慣で、無駄な浪費を避けるというものがある。

 金銭的には余裕ができそうな状態だったが、無駄をする必要はない。

 ルーンの仕事はまかないも出るので、ザッツの隠れ家に戻る予定はなかった。


 仕事のあと食事も終わり、湯浴みを済ませ寝ようというころ、ルーンのもとを青い髪の青年が訪れた。

 宿の管理をしているミッツ家の三男が、直接それをルーンに知らせてくれた。


「どうするかい? また明日にするように伝えてもいいよ」


 人を訪問するには遅い時間だったので、ミッツ家の三男はそう提案してくれた。


「あ、大丈夫です。カイルは知り合いだから。着替えたらすぐに向かうから、待つように伝えてもらってもよろしいですか?」


 ルーンは寝間着に着替えており、そのまま部屋を出るのには少し抵抗があった。

 急いで着替えを済ませたルーンは宿の外に出た。宿には待合室はなかったし、もう寝入っている人もいるだろう。宿の中で会話をするは不適切だった。


 宿はカジノの二階にあり、外へ出るとすぐに外付けの階段がある。二階を造ってから階段を造り忘れたことに気付いたのではないだろうか。間に合わせで作ったかのような、雑な造りの階段だ。

 暗く急な階段をルーンは一段一段降りる。ビーアが頭の上で一鳴きする。その声を聞きつけたのか、物陰から街路灯の灯りの中へ、彼は出てきた。


「こんな時間にお呼びだしして申し訳ありません」

「ううん。何かあったの?」

「大したことではないのだが、昨日の買い出しのときにしたお話の続きをと思いまして」


 それなら彼にとっては人に聞かれていい話ではない。

 ルーンは彼の秘密を昨日会ったときから見抜いていたのだ。そしてそれを二人で行った買い出しの際に、彼にも伝えていた。

 カイル。その名前はアーティスにいるシュールの幼なじみと同じ名だ。しかしその名前は全くの偽名だったのだ。


 青の暗殺者ヒルドウ。


 彼はシャルグの実弟だ。ルーンにはルックが気付いていないのが不思議だった。顔も雰囲気も、シャルグと血がつながっているのは一目瞭然なのだ。


 どうして偽名を使ってるの? と、買い出しのときに聞くと、ヒルドウは見抜かれるとは微塵も思っていなかったようで、愕然とした表情をした。


「本当に大したことではないのですが、口止めをするだけで、私はあなたの質問に答えてなかった」

「あはは、そんなことのためにわざわざ来てくれたんだ。大丈夫だよ。何かの任務なんでしょ? ザッツを狙っているような感じじゃないし、無理して聞かないよ」


 ルーンにとっては、暗殺者ヒルドウがどんな任務についていても関心はなかった。さすがにクロックの恩人ザッツを狙うとなると問題だが、ヒルドウは同郷人なのだ。アーティス、つまりライトの不利になることはない。

 そしてシャルグの弟なのだから、ルーンにとってヒルドウは仲間も同然だった。


「そうでしたか。ちなみにルーンは、私のことを誰かに相談しましたか?」

「そんなことしないよ。ヒルドウの任務の妨げになるかもしれないじゃん」

「ありがとう。実はリリアンと今朝手合わせをしてね、すぐに小太刀が私の得意な武器だと見抜かれたんです。それと昨日はお話しませんでしたが、もう一つ問題があって、ルーンにお願いしたいことがあるんだ」


 ヒルドウにとっては、言葉というものは意志を伝える道具でしかないのだろう。丁寧な口調もぞんざいな口調も、そのどちらでもない口調も、意識していないときの彼は、ごちゃ混ぜにして話す。


「問題? 私にできることなら協力するよ?」

「実はザッツがクロックの看病を自分がすると言い出しまして、しばらくクロックはあの隠れ家にいることになりそうなんです」

「そうなんだ? ザッツってほんとにいい人だね」

「ええ。まれに見る人格者ではないかと思う。ただですね、私クロックとは面識があるんです」


 ルーンは意外な話しに目を丸くした。クロックは今まであまり人と関わる人生は歩んで来ていない。そう聞いていたのだ。


「以前クロックの母親を狙う依頼を受けたことがあるんです。成功はしなかったが」


 クロックの母親ということは、例のルーメスを呼び出してしまった闇の大神官だ。

 ルーンはそれを聞いて、とあることを思い出した。


 あの戦争が始まる前に、ビースの依頼で治水を張ったことがある。シュールたちが小山ヒルティスにルーメス討伐へ向かっていたときだ。

 そのときビースは依頼で怪我をした戦士がいるのだと、治水を頼んだ理由を語った。そして顔を見ないで治療をしてほしいと、変わったお願いをされたのだ。

 わざわざ普段頼らないルーンの治水を頼ってきたのだ。ビースにとって重要な人なんだろうと思っていた。

 そしてルーンがひと目でヒルドウとシャルグの血のつながりを見抜くかもしれないと、ビースは悟っていたのだ。

 悟られて何かまずいわけではもちろんない。ただビースは他の人ができるだけ情報を多く持たないようにする人だ。

 ルックもシュールも一目を置くビースを、ルーンはそういうふうに捉えていた。

 そして闇の大神官を相手に生き延びて戻ったヒルドウを、ルーンは知らずに治療したのだ。


 ルーンは確信を持った訳ではないが、なんとなくそんな事情を悟った。


「つまりヒルドウの正体をザッツに話しちゃうかもしれないんだ。私からクロックに言えばいいの?」

「ええ。今日はもう遅いですし、私も戻らないつもりなので、明日仕事が終わってから頼めるか?」


 ルーンはヒルドウの話し方が不自然で笑えた。

 ヒルドウは笑うルーンを不思議そうに見ている。その目はやはりシャルグの目ととても似ていた。




 ルーンはヒルドウが追放されているという話は知らなかった。そのためいくら勘のいいルーンでも、ヒルドウの本当の思惑までは気付かなかった。アーティスを追われたヒルドウが、ザッツの従者に粉しているのには、ルーンですら違和感を感じない隠れた理由があったのだ。

 違和感を感じないのも当然のことだろう。ヒルドウはそんな素振りを微塵も見せていなかったのだから。

 これはヒルドウの演技が完璧だったためではない。

 ヒルドウも自分自身の本当の思惑に気付いていなかったのだ。彼やルックたちが、ヒルドウの本当の想いを知ることになるのは、まだ先の話だ。

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